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刻の守護者 〜乙女的大河絵巻〜 作者:いっちー

第五章

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交錯する、未来と過去(2)

 常夜灯の炎は、風になぶられて斜めに伸びた。
 その、ほの暗く照らす灯に、目を眇めて、寝具に潜り込んだあまねは紐解いた小冊子を食い入るように読んでいた。
(まさか、私……とんでもない時代に来てる……?)
 直愛から貰った冊子を読み進めるのは、至難の業だった。
 と言うのも、彼女が平安時代に関して知っていることと言えば、受験に使う歴史知識しかないのだ。
 紫式部に源氏物語、清少納言に枕草子、紀貫之に古今和歌集――古典は好きだった。
 あとは、漫画で知った安倍晴明の活躍だとか芦屋道満との対決――これは受験には絶対に出ないだろう――、寝殿造りに、十二単、空海・最澄、平将門の乱――将門様は、大手町の首塚にお参りに行ったことで知っていた。
 後期の政治形態は院政。
 藤原氏による摂関政治に代わり、天皇に位を譲りながらも、上皇として政治を行うことだ。そして、保元・平治の乱で平安な世は終わりを告げる……。
 この二つの乱について、あまねには何の知識もなかった。何故なら、登場人物が多すぎて、覚える気にもならなかったのである。

     一一五六年(保元元年)七月
       保元の乱発生。
     一一六〇年(平治元年)一二月
       九日事件発生。
       二五、二六日事件発生。

(これだ……!)
 あまねは、目を大きく見開いて、読み込んだ。
 一二月九日。
 忘れもしない、頼朝が犬神に飲まれてしまった時のこと、信西が信頼宅を襲撃した事件だろう。が。
(『信頼、義朝、三条殿を襲撃す』…………襲撃?)
 そこには、自分が経験したものとは違う過去が記されていた。
 信西が藤原信頼を襲ったのではなく、信頼が、源義朝と共に、信西を打った、とある。全くの逆だ。
(怨霊や、私たちが来たことで、過去が、変わった……って、こういうことなの?)
 あまねは、直愛の言葉を反芻した。
(……そもそも、私たちは、歴史の作り手である英雄を助けに来た)
 この場合の英雄とは、鎌倉幕府を創設した、源頼朝――あの、犬神憑きの頼朝だ。
(怨霊たちの目的は、私たちの未来に伝わる歴史を変えること。だから、今起こることは、私たちの未来に伝わる過去と同じなわけじゃない)
 何故なら、すでに怨霊はこの時代にやってきて、頼朝に祟っているのだ。
 ――――あくまで参照程度に。
 あまねはやっと、直愛の言葉の意味を理解した。と同時に、ガックリと頭を落とす。
 ここに記されていることが、一〇〇パーセント確実に起こるわけではないとも知ったのだ。
 ひたひた、と足音がしたのはその時だった。
 戸が開いて、唸るような風が室内に流れ込む。
 随分と風が強くなっているらしい……手を翳して灯火の炎が消えるのを防ぐと、あまねは顔をあげた。
 手拭いで身体を拭いながら、上半身裸の頼朝が部屋に戻ってきたのだった。……人型になってから、彼はいつも時間を見つけては、義平と朝長二人の兄に刀の稽古をつけて貰っていた。彼の頬は、運動を終えたばかりでほんのりと赤く染まっていた。
 頼朝は、さっさと寝着に着替えると、あまねの隣の布団に潜り込む。――犬神を封じた頼朝は、怨霊に対して全くの丸腰になってしまった。だから、あまねは前以上に彼の側に付き従わねばならなかった。――それこそ、寝食を共にするほどに。
「明日は猪でも狩りに行くか。今の時期は肉が引き締まってて、うまいぞ」
「うん……」
 頼朝の誘いに生返事で返すと、彼は、不機嫌そうに口をへの字にしてから、やがて、あまねの手にする冊子を脇から覗き込んだ。
「珍しい。何読んでんだ?」
 くん、と鼻孔を擽る爽やかな汗の香り。あまねははた、として頼朝を見た。思っていた以上に、近くに顔があった。
 理解のできない、焦燥感に、あまねの声は上ずった。
「星読み、の、方法と言うか……」
「へー。なんか、似たような文字使ってんだな」
 あまねが、しどろもどろに返事をすると、頼朝は腕を組み、一人でうんうんと納得した。
「――って、そうか。お前、宋から来たんだっけか」
「宋、って中国? じゃないよ。私は――――あー、えっと、宋じゃなくて、どっちかって言うと、この国に近くて」
「はっきりしねーな。海は? 渡ってきたんだろ?」
「渡ったような、渡っていないような」
 まさか未来から来ましたとも言えず、あまねはあやふやに答える。
 と、頼朝はむすっとして、これ以上尋ねるのをやめた。
「ま、言いたくねーならいーんだけどよ」
 言って、寝具に寝っ転がる。
「うう、何て説明したら良いか分からなくて……ごめん」
「意味の分かんねぇ奴だな」
 心底困ったようなあまねの頭を、彼は笑ってくしゃりとかきまぜた。
 会話が途切れる。
 あまねは、全身がぽかぽかと熱を持ち始めたのを感じて、おろおろした。
(何だろ。落ち着かない)
 頼朝も同じように感じたのか、手を離すとふい、とあまね背を向けた。
 あまねも、おずおずと本に目を戻す。
 気まずい沈黙が二人を包む。
 なかなか本に集中できなかったあまねだったが、突き落とされるように、活字に夢中になった。
 ―――死亡、の二文字が目に入ったのだ。
 あまねの背に、冷たい汗が流れる。

頭殿、せん方なく、
やがて打ち落としまいらせて、
衣を引きかづけ、出でさせたまいぬ。

 ……朝長が死ぬ。
 それは、都を追われた源氏一行が、岐阜県大垣市の辺りに辿りついた、直後のこと……
 平治物語は語る。
 膝の関節辺りを矢で射られた朝長は、逃避行の無理がたたり、傷が悪化した。
「何とかして、供をせよ」と涙ながらに訴える父に首を差し出す。
 父は、どうすることもできずに、首を切り落とした――――
 あまねは、ゴクリと唾の飲み下した。
 からからに渇いた口中は、潤うことを忘れてしまったかのようで、舌が咽に張り付いた。
 記されていたのは、悲劇の連続。
 あまねの震える指先が、紙片を繰る。戦の行く末を追う。
「お前はさ……オレの犬神を祓ったら、その後はどうするつもりなんだ? どっか……行くのか」
 と、活字に飲まれていたあまねは、頼朝の声に我に返った。
「え? 何? ごめん、聞いてなかった」
「…………もう、いい。おやすみ!!」
 頼朝は顔を真っ赤にして、上掛けを頭まで被る。
 あまねはきょとんとした。
「あ、うん。おやすみ。また明日」
 ぶつくさ何か文句を言う頼朝を、構っている余裕はなかった。
 文字を追う。源氏が戦に巻き込まれるのは、一二月の二五日。
(あと、七日しかない……!)
 急かされるままに、思考が回転し始める。
 戦を避けねばならない。何とかして。
 幸い、本にあるような、平氏と源氏の確執はない。
 重盛と義平は仲が良い。
 二人の父に関しても、不穏な噂は耳にしたことがなかった。
 なんとかなる。――――なんとかする。
(明日、起きたらすぐに義平さんに相談しよう……)
 あまねは、決意を胸にきつく拳を握りしめ、枕に頭を埋めた。
 落ち着け、と念じる。まだ、時間はあるのだ、と。
 ――――――と。微かな気配をあまねは感じた。隣で頼朝がむくりと起きる。
 どうやら、気のせいではなかったらしい。
 足音が聞こえた。
 それはやがて、乱暴に乱れ、怒号と重なった。
 聞き覚えのある声……制止する女房たちの悲鳴を振り払い、廊下の震えは、あまねたちの横になる寝所の前で止まった。
「頼朝ォ、ここか! さっさと逃げぇい!!」
 必死の形相で飛び込んで来たのは、重盛だった。


 平治の乱の第二幕は切って落とされた。
 それはあまねの思いもよらぬことから始まった。――――藤原信頼が、「頼朝が二条天皇を呪詛している」と、訴えたのである。
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