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刻の守護者 〜乙女的大河絵巻〜 作者:いっちー

第二章

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犬神憑きの少年と、その兄弟(6)

 時は半刻遡る。
 制服に着替えたあまねは、その上に用意されていた、桃色の上掛けを羽織ると、外に出た。
 あの白い獣が頼朝であるならば、彼を祟りから守るのがあまねの仕事である。そのためにもまずは話して、接点を持たねばなるまい。
 しかし、彼はなかなか見つけられなかった。
 気配は邸宅内にあるとはいえ、姿が見えない。
 それもそのはずで、「犬」のイメージを強く持っていたあまねは、彼が木の上で寝そべっているとは思いも寄らなかったのである。
 彼は、東の対の中庭、幹の太い銀杏の木の上で見つかった。真剣に邸の方を見……時折、ぴくり、ぴくりと、何やら音を拾った耳が動く……。
「あのぉ……」
「いっ!?」
 木の下から声をかけると、ビクリ、と頼朝は飛び上がった。と、その拍子に、盛大な音を立てて木から落ちた。
「だっ、大丈夫ですか!?」
「ひいっ、触るなっ」
 驚き慌てて駆け寄れば、彼は尻尾を後ろ足の間に挟んで、身構えた。
 間の抜けた空白。
 ――ややあってから、彼は目をぱちくりさせて、あまねを見た。
「…………な、何ともねえ?」
「あ、今はこれ付けているので大丈夫だと思います」
 言って、あまねは、左腕を差し出し、ブレスレットを示した。
「は?」
 その、余りに簡素な説明に、頼朝は納得できない様子だった。が、彼はさきほどの醜態を打ち消すかのようにゴホンと空咳をすると、あまねの脇に寝そべった。
「んで? 何でお前、こんなところに?」
「えっと……ありがとうを言いたくて」
「はあ?」
 頼朝の訝しげな表情が、更に険しくなる。
 あまねは頼朝の隣に腰を下ろすとはにかんだ。
「これ、大切な人に貰った大事なものだったんです。だから。……ありがとうございました」
 思わぬことだったのだろう、直球過ぎる謝辞に、頼朝はぽかんと口を開けた。ついで、慌てて、そっぽを向く。
「べ、別に。たまたま落ちてたの、拾っただけで」
「でも、直してくれてますし」
「だから、たまたまだ! たまたま知り合いに職人がいたんだよ!」
 唾を吐いて、頼朝はまくしたてた。
 あまねがきょとんとしていると、彼は次第に冷静さを取り戻していった。
「っつーか、要件ってのは、それか? なら、さっさと部屋に戻れよ。冷えるぞ」
 それから、辺りを見渡すと、自嘲するように鼻を鳴らした。
「それに……オレの周りは色々、物騒だからな。――――って、お前は大丈夫なんだっけ」
「あ。今は大丈夫じゃないです。これで抑えてるので」
「……ああ。そういうことかよ」
 再びあまねがブレスレットを見せつければ、頼朝は頷いた。
「ま。今、オレも血ぃ流してねぇし、そうそう襲ってはこねーと思うが……いつ、何が起こるか分かんねぇ。大事とって、さっさと部屋に戻れ。んで、さっさとこの家から出ていけ」
「え……」
 ついでのように告げられた退去命令にあまねは息を飲む。頼朝は吐き捨てた。
「義平に何を言われたかは知んねぇけど。オレの狗をどうこうしようなんて考えるんじゃねーよ、ってことだ」
 言って、彼は気まずそうにそっぽを向く。
「オレは、今のままでも何一つ困っちゃいねーの。オラ。さっさと戻れ。こちとら暇じゃ――――」
 と、クルリと踵を返した彼に、あまねがトンッと両手で触れた。
「うえあっ!?」
 頼朝は思い切り、吹っ飛ばされた。
 あまねの足元に横たわる、取り外されたブレスレット。
「………………て、んめぇ」
「ご、ごめんなさい。ま、まさか、そんなに吹っ飛ぶとは思わなくて」
 地に蹲った頼朝を、呆気に取られて眺めていたあまねは、慌てて頭を下げた。
 頼朝の青筋が、更に深く刻まれる。
「ほう。吹っ飛ぶっつーのは分かってたんだな」
「え? あ、はい。あれ?」
 身を起こした頼朝は、今にも噛みつきそうな勢いで、あまねを見上げた。
「良ーい度胸だ。覚悟はできてんだろうな」
「あ、はい。してきました」
「――――――――あ?」
 あっさりとした返答に、頼朝の目が点になる。
 あまねは、力瘤を作るように両腕を曲げて、頷いた。
「いざとなったら、こうしますから」
 頼朝はポカンと口を半開きにしてあまねを見る。
 あまねには、確信があった。
 彼が、敢えて傷つけるような言葉を使う理由は……自分の危険に巻き込みたくないが故だと。ちょうど、念力のコントロールができず、人を遠ざけていた弟がこんな感じだったのを、あまねは思い出す。
「自意識過剰。……オレは、お前のことなんて、これっぽっちも気にしてねっつの」
 頼朝は顔を背けると吐き捨てた。ぷつり、と会話が途切れる。
 暫しの沈黙。
 やがて、彼は、ギリリ、と歯を剥き出しにすると、忌々しげに呻いた。
「……………………できるわけねーんだよ」
 彼はあまねを見た。自嘲の笑みを零す。
「これは。これを、祓うことなんて。お前がどんだけすげー女か知らねぇけど、できるわけがねーんだ。今までだって、そりゃぁ、いろんな陰陽師だか、坊主だかがオレを診て、諦めてったんだぞ。それが、お前みてぇな、抜けた奴にどうこうできるはずが――――」
「はい。でも、私、一緒にはいられますから」
「―――――――――は?」
 あまねは、力強く頷いた。
 そして、彼の、その投げやりな様子は、弟だけでなく、あまね自身にも身に覚えがあった。
 ……特殊な力のせいで、友達ができなかった時、恨めしくて、寂しくて、助けて欲しくて、でも言えなくて――――そんな、幼い日を、あまねは思い出していた。
「あなたのおっしゃる通り……私、祓魔師とかじゃないんで、あなたの狗を祓うとかは、確かにできません。でも、こういう体質だから、あなたと一緒にいても怨霊に取り殺されたりはしません」
「ちょ、ちょっと待て。お前、何の話をしてる?」
「はい?――えっと、だから、一緒に遊んだりはできると思うんです。頼朝さん、一人ぼっちなんでしょう?」
「ぼっ―――――――――」
「私も弟も――あ、私、弟がいるんですけど――ちょっと特殊な力があって。そのせいで、なかなか友達ができなかったんです。だから、頼朝さんの寂しさは何となく予想できるって言うか」
 色を無くして、立ち尽くす頼朝に、あまねは力づけるような明るい笑みを浮かべると、髪を揺らして首を傾げた。
「一人ぼっちは、寂しいですもんね?」
「寂しくねぇよ!!」
 すかさず、森を轟かせるような怒声が応える。
 そこでやっと、あまねは、自分が思い違いしていたことに気付いた。
「え? あれ? 違いました?」
「一緒にするんじゃねぇよ!! てめぇ、さっきから馬鹿にしてン―――――――――どふあぁああああああああっ」
 彼女を、鼻先で小突こうとした頼朝は、逆に吹っ飛ばされた。今のあまねに触れればどうなるか、すっかり忘れていたらしい。
 あまねは、余りにも思い切り吹っ飛んだ頼朝に、仰天した。
「だっ、大丈夫ですか!?」
「ああ、くそ! 腹立たしいな、おま――いや、ちょ、ちょっと待て。大丈夫だ、近寄ン――――――ぐえっ」
「きゃっ、よ、よよ、頼朝さん――――!?」
 手が触れる。
 彼は再び、地に叩きのめされる――――ピクピクと地に沈んだ頼朝に、あまねは、勢いよく、何度も、深々と頭を下げた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!」
 涙目で、尻尾を逆立た頼朝は、怒りに肩を振るわせた。……が、馬鹿らしく感じたのか、彼はふっと力を抜くと、大地にゴロリと肢体を投げ出した。
「もう、いい。とりあえず、それ付けろ」
「は、はい!」
 ブレスレットを腕にまきつけ、駆け戻れば、頼朝は突然、吹きだした。
「え? あ、あの……?」
「…………意味分かんねぇー女」
 声を押し殺して笑っていた彼は、やがて尻尾で地を叩いて笑い転げた。
「思った以上の収穫だわ。ね、朝長」
 ……と、邸の方からやってくる影があった。義平と……あまねは、見知らぬ三人の男性に首を傾げた。頼朝は、何事もなかったかのように笑いを引っ込めると、鼻を地面に押しつけ、ふんと鼻を鳴らす。
 義平は、まず壮年の男性を示して「父よ」と、紹介した。
「こ、こんばんは!」と、あまねは、勢いよく頭を下げる。続いて、澄んだテノールの声が言った。
「次男の、朝長だ」
 その長身と落ち着いた様子から、てっきり義平の兄かと思っていたあまねは目を丸くした。
「で、これが平重盛って言って…………」
「これ、って、おま、何やその言い草!」
 えんじ色の直衣を着た、背の高い三白眼の青年が、すかさず声を上げた。
「――まあ、私の奴隷と言うか」
「ほう。おのれは、友人を奴隷扱いするんか」
 軽妙な調子で言い返し、青年――重盛が、義平の胸ぐらを脇から掴み上げる。
 目前で繰り広げられる何処までが本気か分からない応酬に、どう切り返したものか戸惑っていると、頼朝の父――義朝はスッと音もなくあまねに近付いた。
 すぐさま義平も重盛とのやりとりを切り上げ、朝長と供に後ろに続く。
「あまね殿。義平から貴女のことは聞いた」
 重盛が苦笑を噛み殺し、頼朝が不機嫌そうにそっぽを向く前で、義朝は優雅な身のこなしで地に膝をつくと、頭を垂れた。
「我々は貴女を歓迎する」
お読み下さり、ありがとうございます。
週2更新予定です!
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