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刻の守護者 〜乙女的大河絵巻〜 作者:いっちー

第一章

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刻の守護者(1)

 木津(こづ)あまねは、制服のミニスカートを足の間に挟んで呼吸を整えると、自転車のペダルを蹴り踏んだ。
 小気味良い音を立て、心細い外灯の明かりに照らされた坂を滑り下りる。
 夕刻の薄暗闇に、白々と浮かび上がるその道の傾度は、限りなく四五度。
 頬を、痛い冷風が撫でた。風圧と寒さに目が潤む。
「自転車は降りて通りましょう」の看板に、小さくごめんなさいと呟いて、あまねは、寒さに疼く鼻水を啜った。
『すぐかえれあきらが』
 父から、危急を告げるメールを受信したのは、ちょうどホームルームが終わった時だった。
 漢字を変換する暇もなかったのか、文面には句読点すらなく、不自然に途中で切れていた。
 (あきら)とは、あまねの高校受験を控えた弟を指すに違いない。
 彼女は、弟の身に何かあったのだと、友人へ別れの挨拶もそこそこに教室を飛び出したのだった。
 学生鞄を放った前籠が、ガタガタ鳴く。
 無造作に突っ込まれたマフラーが、半開きの鞄から飛び出し、はためいていた。
 あまねは、ぐんぐん上がる速度に身を強ばらせながら、人気のない坂道に向かって、声を張り上げた。
「みなさーん! どいてくださーい!!」
 見当違いな言葉だった。
 が、「見える者」の目には、彼女の声にギクリとした幾つもの影に気付いたことだろう。
 道端に蹲っていた影たちが、ゆらりとあまねを見た。
 彼らは一見、どこにでもいるような、年若い男だったり、幼い少女だったり、腰の曲がった老人だったが、その衣服は血に汚れ、ぎょっとするような怪我を負っていた。
 もちろん面に精気は感じられない――――彼らは、不憫にもこの坂で亡くなった者たち――いわゆる、地縛霊だった。
 あまねは、親しげに片手を挙げると、重ねて叫んだ。
「お久しぶりです! 通りますよー!!」
 霊たちの虚な瞳に、にこやかに手を振るあまねが映った。
 と、一拍の空白の後、彼らは口々に甲高い悲鳴を上げると、蜘蛛の子を散らすように逃げだした。

暴走除霊車(ゴーストブラッシャー)

 祓魔を生業にする者たちは、あまねを密かにそう呼んでいた。
 その由来は、この世ならざる存在を問答無用で吹っ飛ばす――拒絶する、あまねの能力にある。
 力の弱い霊などは、あまねに数メートル近付いただけで、あの世まで吹っ飛ばされてしまうからたまったものではない。
 理由があって留まり続ける地縛霊にとっては、彼女は天敵以外の何者でもなかった。
「へ?」
 大名行列宜しく、壁に張り付いて息を潜める霊らの間を走り抜けたあまねは、ふいに、前方に蟠る影に気付いた。
 闇よりも暗いそれは、怨念の塊である。
 底冷えする呻きが憎しみを吐く。
 それは、触れるだけで病を得てしまいそうなほど、邪悪な気配。
 ――悪霊。留まるだけでなく、人に害なす不善の者。
 それは、窮屈そうに身体を捩ると、あまねを見た。
 恨めしげに、哀しげに、それは何事かを訴えてくる。か細く、啼く。
 あまねは焦った。
「だ、駄目です! 退いてください、じゃないと――――」
 善悪関係なく、問答無用で消し去ることを、あまねは好いてはいない。
 悪霊には悪霊になってしまう理由があるに違いなく、それにも関わらず、ぶっ飛ばす! では余りにも酷い、と思うのである。
「あ、あああっ、駄目っ! よ、避けてくださいいいいいっ」
 後輪のブレーキをかける。しかし、勢いづいた自転車は、急には止まらない――
「危ないっ!!」
 ――と、その時だった。
 聞き覚えのない声が右の鼓膜を掠った瞬間、あまねは腹部に重い衝撃を感じた。
「へ!?――きゃあああッ」
 コンクリートに叩きつけられる――包まれた浮遊感に恐怖が過ぎた。
 が、訪れたのは、痛みではなく、予想外の柔らかさだった。
「く……っ」
 あまねの下で、低い呻き声があがった。
 状況を飲み込めずにいた彼女だったが、下で身動ぎする人物が、自分を自転車から引きずり下ろしたのに気付いて、慌てて上から退こうとした。
「君は動かないで」
 が、力強い腕に止められてしまう。
「い、一体何が……」
 あまねは、目を白黒させて、庇うように自身を抱きしめる人物を見た。
 険しい表情で前方の悪霊を見据えるその人は、颯爽とした青年だった。
 年の頃は二十五、六ほどだろうか。
 筋の通った高い鼻に、引き結ばれた薄い唇、凛々しい眉の下の、くっきりとした二重瞼は、目尻の方が下がっていて、優しげな印象を湛えていた。が、編み込みブーツに、黒地の革手袋、羽織った丈の短い黒の革ジャンは、どこか物々しくもある。
「ひふみよいむね、こともちろらね、しきるゆいとは、そはたまくめか」
 聞き慣れない言葉を呟くと、彼はきつく目を閉じ胸の前で手を組んだ。
 と、同時に、淡い輝きが両の手を包み込む。
 地面に広がる、光輝く複雑な紋様――そこでやっと、あまねは彼の正体に気付いた。
 祓魔師。
 彼は、目前の悪霊を調伏している最中だったに違いない。
 青年は、カッと刮目すると、左の腕を引いた。
 光は飴細工のようになめらかに伸び、矢を象る。
「彷徨える悪しき者よ! 今すぐ、この地より立ち去れ!!」
 腹に響く凜とした声と共に、彼は光の矢を放った。
――――――が。
「あれ?」
 初めこそ力強く煌めいていたそれは、パスンッと、空気の抜ける情けない音をあげて収束した。
 青年の、自信に満ちた横顔から、サッと血の気が引く。
「え? え? 嘘?嘘?!」
 ぎょっと自身の両手を見遣る彼に、自由を取り戻したのだろう暗い影が迫る。
 外灯の光が遮られ、夕闇が二人を飲み込んだ。
「くッ……この子だけでも」
 ハッと顔を上げた青年は、低く舌打ちすると、あまねを抱きしめる腕に力を込めた。
 命を汚す、影の腕がにゅっと二人に伸ばされる――と、それは、ピタリと動きを止めた。
 今まさに二人を祟ろうとしていた影に、あまねはそっと触れた。
 訪れるだろう衝撃に、身体を強ばらせていた青年は、想定外の、時が制止したかのような空白の時にきょとんとする。やがて。
 ――――バリッ!
 電気がショートしたかのような音が破裂して、目前の黒い影は、跡形もなく弾け飛んだ。
「―――――――――え?」
「……もう、大丈夫だと思います」
 あまねは、悪霊に対し後ろめたいものを感じつつ、青年が無事である安堵に、胸を撫で下ろした。
「君は……」
 ポカン、と形の良い唇を半開きにする青年は、ゆるゆるとあまねを抱く腕を緩めた。
 目を瞬かせてから、問を口にする。
「君は、同業者?」
 彼が小首を傾げると、うなじ辺りで束ねた一房の茶髪が、猫の尻尾のように揺れた。
「はい?」
 青年に倣いあまねも小首を傾げる。
 ついで言葉の意味を理解すると、あたふたと首を振った。
「ちっ、ちちち、違います! 同業者なのは、私の父で――――――ああー!!」
 と、言葉の途中で、彼女は素っ頓狂な悲鳴を上げた。
 壁に激突し、大破した自転車が視界に入ったのだ。
「自転車がっ! 急いで帰らなきゃならないのに!!」
 青年の腕から抜け出すと、あまねは自転車に駆け寄った。
 相棒は見るも無惨な姿に変わっていた。
 籠は潰れ、ハンドルポストから下はあり得ない方向にひしゃげていた。
 カラカラと空しい音を立てる後輪、数メートル先には外れた前輪が転がる……どう努力しても、これに乗って、家には戻れない。
「置いていく訳にもいかないし……」
 投げ出された鞄を拾ったあまねは、それを胸に抱くと、途方に暮れた。
 急いで帰らねばならない。
 けれど、自転車をこのままにしておくわけにもいかない。
 が、車輪が外れているのだ。引いて行くのも一仕事に違いない。
「送らせてくれないかな。命を救ってくれたお礼だ」
 と、あまねの横をすり抜けて、自転車に歩み寄った青年が、壊れた自転車を軽々と肩に担いで言った。
「とんでもないです! むしろ、私のせいで危ない目に遭わせてしまったと言うか……」
 申し訳なさに、あまねの声は段々と小さくなる。
 調伏しようとしていた青年を、前方不注意で邪魔をしたのは自分だったし、加えて、あまねを悪霊から庇おうとしてくれた彼を危険に追いやったのは――彼の呪が発動しなかったのは、あまねの特殊な力のせいだ。
 何と言うべきか、言葉を探していると、青年が歩き出した。
 あまねは、慌ててその背を追い掛けた。
「その……た、助かります。ありがとうございます」
 好意に甘えることにして、彼女は頭を下げた。
 肩越しにあまねを振り返った青年は、「どういたしまして」と、愛嬌たっぷりに片目を瞑ってみせた。
お読みくださり、ありがとうございます。
更新頻度は週2くらいを目標にしています。
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