プールへ行こう 第7話
「ところで…これは一体どういう状況なんですかね…?!」
回りをキョロキョロと見回しながらタイミングを計るが、どうしても小雪の方を見る事が出来ない壱春は必要以上に回りを確認する。
そんな壱春の顔を両手で鷲掴みにする美波は、そのまま壱春へと顔を近づけてくるが、壱春は反射的に顔を右へと向ける。
残念ながら右を見ると水着姿の小雪が立っている。
壱春はしょうがなく正面を向き直し、顔を近づけてくる美波へと再び質問をする。
「……用件は何ですかね? 」
「する事は決まってるよぉー………キス。」
「美波さん。そういう事はこういう公共の場でするのは少しまずいと思います。壱春先輩も困ってますし…2人きりの時にお願いしますね?? 」
とっさに壱春と美波の間に割って入る陸は、困った表情で笑顔を浮かべながら壱春に事情を話し始める。
陸に話を聞いている間も、まともに小雪を見る事が出来ない壱春。
一方の小雪は水着の位置を直しながらも、終始ニコニコと笑顔を浮かべ、美波は壱春の事をじっと見詰めていたかと思うと、急に顔を赤く染めて妄想に浸りだす。
小雪の着ている水着は、基本的なデザインのトライアングルビキニ、美波の着けているのは胸の重量感が強調されるホルターネックのビキニ。
「…という訳で壱春先輩、メドレーリレーで優勝したチームには賞品として人数分の旅館の宿泊券が貰えるみたいです。勿論その宿泊券を欲しがったのは…美波さんなんですけどね。」
そう言って頭をポリポリとかく陸は気づかれない様に横目で美波を見る。
その美波はいまだに妄想中で、精神は多分此処には無い事が一瞬見ただけで分かった。
まだこの施設内に入って1度も話していなかった小雪が、壱春に話しかけた。
「それでは、私が1番手の背泳ぎ、弟が次の平泳ぎ、美波さんが3番手のバタフライ…春君がアンカーの自由形ですっ!頑張りましょうね。」
満面の笑みで微笑む小雪をやっと直視出来た壱春だったが、そのせいなのか競技が始まっても美波の声どころか騒がしい観客の声も一切壱春の耳には入ってこなかった。
2番手の陸から3番手の美波へと進み、そして次はいよいよアンカーの壱春。
しかし、いまだに聞こえるのは自分の高鳴る心臓の音だけ。
美波が残り10mとなった時、飛び込む姿勢へと体勢を変える壱春の目に写るのは左足に巻いていた小雪から貰ったミサンガ。
「壱春先輩!!」
「春君っ!!」
その瞬間聞こえてきたのは、壱春の名前を呼ぶ陸と小雪の声…。
隣のコースを泳ぐチームのアンカーが一足先にプールへと飛び込み、美波はそれからほんの少し遅れて飛び込み台へとタッチし壱春が飛び込む。
『指輪っ…』
歓声に混じり不意に聞こえたその言葉。
相手の泳ぐ速さと自分の実力からして抜けるか抜けないかの微妙な距離を全力で泳ぐ壱春の目に写るのは、プールの底で光るモノ。
壱春は何故かその時、何の迷いも無くプールの底へと潜り、観客と他のコースの選手達は先頭争いで突然起こった面白い状況に一層の歓声を上げていた…。
「春坊ぉー…なにしてるのよぉーーっ!!? 3着になっちゃったじゃなぁーーいっ!!」
「……すんません。美波先輩っ!これが…お金に見えたんで……。」
「……………春坊のバカぁぁぁーーーっ!!」
プールから上がり、申し訳なさそうに空き缶の蓋を見せる壱春に、顔を真っ赤にした美波が何度も壱春の背中を叩いていた。
「陸に…小雪先輩も…本当にすいませんでしたっ!!」
美波に背中を叩かれながらも深く頭を下げる壱春に、小雪と陸は相変わらずの笑顔を向けていた。
「私はとても面白かったですし…気にしてないですよ春君っ!」
「それじゃ喉乾いたんで、壱春先輩の奢りで飲み物でも買いに行きましょうかー…美波さんに小雪姉さん? 」
「フフッ…そうですね。」
「春坊ぉー!!私はぁ、1番高い奴だからねぇーっ!? 」
「…手持ちのお金の範囲内でお願いします皆さん。」
膨れっ面のままの美波と、苦笑いの陸、そして小雪は競泳用の施設を出ていくが、その3人の後をついて来ていた壱春は入り口横の落とし物預かり所に右手に持っていたモノを届けた。
「何だか嬉しそうですね春君?? 」
「そっ、そうですか? 勿論悔しいっすよ!!」
入り口で1人待っていた小雪の、微笑みながら投げ掛けられたその言葉に、慌てて弁解しながらも同じく嬉しそうに微笑んでいた壱春。
壱春達がその場を離れてから数十秒後、リレーの時とは別の喜びの歓声が沸き起こっていた。
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