第一章 妖霊星の宴 1.
1.
日が傾きかけた若宮大路を、直義は小走りに駆けていた。
屋敷とも目的地とも反対方向へ。否も応もなく追い立てられて。
背後からは無数のバサバサとした羽音が迫っていた。
(何の因果だ、これは)
最初は一羽の鴉だった。
大きな黒々とした姿態。赤い目で直義をねめつけると、鋭く長い嘴を開け、カアーッと高く啼いた。
すると、呼応するように鴉が四、五羽集まってきた。
(近頃、鴉が増えたと誰か言っていたな)
直義は、漫然とそれらを見ていた。
鴉が増えようが増えまいが、直義の務めには左程関係がない。
気にせず先へ進んだが、周囲へ集うように増えてくる、異様な数の羽音に、直義は立ち止まらざるを得なくなった。
空から降りて来るのは、小さい黒の塊だけでなかった。
鷹や鷲を思わせる大きい鳥の影も現れ、どんどん道を塞ぐように連なっていく。
(……幾ら何でもおかしいだろう)
直義は咄嗟に足の向きを変えた。
来た道を戻ろうとするが、そちらも既に黒い幕に覆われたようになっている。
明らかに尋常ならざる事態だった。
直義は舌打ちしたい気分で、事の始めを思い返す。
(元々が異常な話だった)
先刻、直義は領地である足利荘*から、鎌倉の屋敷に戻ってきたばかりだった。
とりあえず報告をと、当主である兄、高氏に取次ぎを頼むと、義姉の侍女が出てきて、
『高氏様は、得宗殿の催す宴に赴いたまま、まだ戻ってきません』
と、告げられた。
現在、鎌倉で『得宗殿』と呼ばれるのは、得宗家九代目の北条高時のことだった。
高時は十四で執権の座についたが、着任当初から政務そっちのけで闘犬、田楽などに血道をあげて、周囲にもそれを強要した。
北条家内部の紛争から、現在は執権の座を退いているものの、高時は自らを『得宗』と称し、依然として御家人を、時には現在の執権をも翻弄していた。
一方、足利家は、鎌倉幕府を守る有力な御家人で、得宗家を含む北条氏とも密接な繋がりがある。
直義の一つ上の兄、足利家の当主である高氏は生真面目で、和歌や謡という、どちらかといえば雅な趣を好んだ。
そんな高氏が、仰々しい騒々しさを好む高時と、気が合うはずもなかった。
(あそこまで正反対では是非もない)
高氏は毎度、高時の退屈しのぎとして呼び出され、揶揄され、飽きるまで罵倒されるのが倣いだった。
(此度もどうせそんな所だろう)
兄が戻ったら知らせてくれと言い置いた直義は、部屋で一休みするつもりだった。
しかしそこへ、小者が『得宗館に怪異が現れた』と聞き及んできた。
「なんでも、宴席へ招いた田楽一座の中に、妖しい輩が紛れていたとのことです。得宗殿は人払いして、異形と踊っていたそうな」
直義は眉を顰めた。
真偽はともかく、いかにもあの得宗殿にはありそうな話だった。
(普段ならお好きにすればよろしかろうと放っておくが……)
足利の当主がいる場所へ異形の群れが現れたなどと聞いては、放っておくわけにも行かなくなった。
旅の後で身体はだるかったが、得宗の屋敷は、足利館からそう離れてはいない。
「少し見てくる」
小者は血相を変えた。
「お、お止め下さい! 直義様」
執事殿に知らせるまでお待ちを!――の声を振り切り、直義は徒歩で得宗館に向かったが、道の途中で断念せざるを得なくなった。
(成程、噂になっているようだな)
物売りから雑色、童など、物見高い連中で得宗館周辺は大変な混雑だった。
身分を振りかざして、強引に分け入るのも、一人では面倒である。
ならば、八幡宮の方角にある通用門から入るかと、道を外れたところに、鳥が襲い掛かって来たのだ。
足を速めたが、背後からは、幾万の羽を束ねたような闇が追い縋ってくる。
細い道では心もとないと若宮大路に入ったが、いつもは道端に広げられた市や、参詣人でにぎわう通りには、人っ子一人見えなかった。
――背筋にひやりとした汗が伝った。
今更ながら『怪異』に巻き込まれたことを直義は自覚した。
―――――――――――――――――――
*足利荘…下野国足利郡、現:栃木県足利市
新しい話です。
鎌倉末期の話です。
馴染みない時代だと思いますので(あんま人気ないよね…(゜゜;))、
分かりにくい箇所があれば、ご指摘いただけると助かります(^_^;)
よろしくお願いします。