scene:1
薄暗い森の中、静寂を破ったのは少女の甲高い悲鳴だった。
その後に続くのは、パキパキと乾いた枝を踏む足音に、荒く弾んだ呼吸。
背の高い樹木が生い茂る森は、木漏れ日が差すだけで十分に陽の光が届かない。そのお陰で下草は育ちにくく、手でかき分けなければ進めないような茂みも少なかった。
そんな森の中を、全速力で駆け抜ける3人の影。
「スライムだけ狩る筈だったのに……司さん、地図間違えたでしょう!」
いかにも魔法使いというような、大袈裟なマントに身を包んだ眼鏡をかけた青年が、前を行く鎧の青年に向かって叫んだ。乱れた呼吸に顔を歪ませ、恐怖と疲労のせいでその声は上ずり、怒りの色が滲む。
必死の形相で走る理由は、その少し後を追う者の姿を見れば一瞬で理解できた。
全身が不自然なほど真っ白な、二足歩行の大きなトカゲ。
180㎝以上はあるだろうか。背の高さなら、「司」と呼ばれた鎧の青年といい勝負だ。濃い茶色の髪に琥珀色の瞳をした少女が、その目に涙を溜めながら振り返り、再び悲鳴を上げた。森を探検するには不都合の多そうな、フリルのたくさんついたスカートを翻して懸命に走り続ける。
一見すると、新米冒険者たちが狩りの途中でヘマをして、モンスターに追われているような光景なのだが、しかし、実際は違った。
数時間前までは、確かに彼らは地球という惑星の日本という国で、いつも通りに退屈で平和な日常を謳歌し、1日を終え眠りについたはずだったのだ。
それがどうしてこんな目に逢っているのか。
「も……もう無理、走れません」
「俺も」
少女と眼鏡の青年が、もう限界だと走る速度をガクッと落とした。足がもつれ、走るどころか歩くのがやっとの状態だ。それに気づいた司が、慌てて二人の元へ戻り手を引いた。
その間にも容赦なく迫りくる大トカゲは、みるみる距離を詰める。
「こうなったら、た、戦うしかっ……」
「司さん、無理ですってば!」
「やってみなきゃ、わかんないでしょ」
すぐに追いつかれるだろうと観念した司は、背中の剣を抜いて構えたが、膝はガクガクと小刻みに震えるし剣は予想以上に重たい。
「うわぁ、近くで見るとホント気持ち悪い! アルさん、あんたそんな魔術師みたいなカッコしてるんだから、何か魔法撃てないの?」
司に問われた眼鏡の青年は、情けなく眉を下げ無言で首を横に振る。
「ネネは?」
「ゴメンナサイ、私も何もできません」
いっそ清々しいほどにお手上げのポーズを取った少女を見て、司は「ううう」と、悲しそうに唸った。そうこうしている間に、目前まで迫った大トカゲが長い舌をチロチロさせながら両手を振り上げる。
「ぎゃぁぁぁ!」
成す術もなく涙目で身を寄せ合う、3人の絶叫が森にこだました。