第3話:竜兄の苦悩
学生達の戦場である【食堂】。我先にと片手に金を掴んで商品の名前を叫んでいく。
食堂で働いてるおっちゃんやオバサンたちは総動員されても対処できないほどに入り乱れている。商品の奪い合いになると不良も良く分からない発言もしたりする。例えばさっき…
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「バカやろぅ! パンが上手いから焼きそばパンが売れるんだろうが!」
「はっ! 焼きそばが上手いからこそ焼きそばパンが売れるのさ!」
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なんてやり取りがあった。このドレッドヘアのいかつい兄ちゃんとスキンヘッドのゴツい兄ちゃんの焼きそばパンにかける熱き心は十分伝わる。
だがそれだけのために乱闘を起こそうとするのは如何なものか? 今にも取っ組み合いを始めようとしたとき、どこからか突如ゴリラが乱入してきて二人を瞬殺したことは言うまでもなく。
不良二人はどっちも80kgはありそうなのに張り手一つで5mほど回転しながら宙を舞ってたし。・・・ゴリラ恐るべし!
そういや某戦闘民族が月を見てしまい、猿かゴリラみたいに変身するよな? だからアイツはその末裔なんじゃないか、なんて噂があったりなかったり。どっちにしろ迷惑千万だがな。
さて、色々話しているうちに戦士(生徒)の数も少なくなっている。早くパンを買って綾乃と瑠奈の所に行かないと、何を言っているか分かったもんじゃない。
えーっと、パン、パン…。
・・・。
一つも無ぇ…。
必死にガラスケースの中にある昼飯を探していると、食堂のオバサンが話しかけてきた。
「あら残念ねぇ、もう全て売り切れちゃったわよ」
「マジっすか?」
くっ、このままでは俺の胃液が胃を溶かして養分にしてしまう。かと言って綾乃たちにせがむわけにもいかんし…。仕方ない、飲み物だけで紛らわすか。
というわけで俺は缶コーヒーを買い、綾乃と瑠奈用にお茶も買って食堂を後にした。階段をダッシュで上がり、屋上の扉に手をかけようとしたら勝手にドアが開いた。
ちょっと驚いていたら外から人が入ってきた。入って来たのはサッカー部の部長で、将来性ありと言われている先輩だった。
この学園に限らず、他校から告白しに来る子が後をたたないとか。羨ましい限り。しかし妙に全身が真っ白で生気が無い。まるで生きる屍みたいになっている。
どうしたんだろ?
今にも死にそうな先輩の横をすり抜け、綾乃たちがいるところを探す。
あ、いたいた。
「遅いよお兄ちゃん」
「すまん。食堂の熱き戦いに心を奪われてな。ほれ、お茶だ」
両手に持っているお茶を二人に渡す。
「ありがと〜」
「ありがと」
ん? 瑠奈の機嫌が悪いな。
「どうした瑠奈。機嫌悪そうだが」
「ちょっとね。さっきこんな事があったの」
瑠奈に色々話されたことを要約する。瑠奈と綾乃が話してると先ほどの先輩が瑠奈に付き合ってくれと言ったらしい。
うんうん、青春だねぇ。すると瑠奈はこういったらしい。『私の視界から数秒以内に居なくなって下さい』
・・・うわぁ、えげつねぇ。
さっき横を通った時、ウルトラマリンの香りがしたからかなり気を使ってきただろうに、その先輩へ凄いこと言うよなぁこいつ。
「お前さぁ、もうちょっと言葉選べよ」
「敬語使ったよ?」
ああ、確かに使ったな。その点は合格だ。だが、男の子の心は繊細なんだぞ。特に高校生は。
「まぁ良いや。とりあえず飯食べてな」
綾乃が自分の隣をポンポン叩いているので、綾乃と瑠奈の間に座る。
「あれ? 竜兄のは?」
「あぁ、カバンの中に無かったから多分忘れて来た」
「ちぇ〜、お兄ちゃんのお弁当楽しみだったのにぃ」
俺の家では弁当は各自作ることになってるんだ。俺は朝に弱いから昨晩に作っておく。だからたまに忘れてしまうのさ。
ま、持って来ると来るで綾乃と瑠奈に大半食われるんだけどね。グスン。
「あ、そうだ」
綾乃が急に何かを閃いた顔になった。
あ、やな予感。
「はぃ、あ〜ん♪」
自分の弁当に入っているダークネスな色をした卵焼き(?)を箸で取り、俺の口元に運んできた。やっぱりこういう展開か・・・。
因みに、料理の腕を比較すると
瑠奈>俺>(中略)>>>>(省略)>>>綾乃
くらいだな。とりあえず神、いや悪魔の領域に入っていることだけは確かだ。食べた瞬間、死神が見えること間違いない。
「はぃ、あ〜ん♪」
「いや、遠慮させてもらう」
口を固く閉ざし、満面の笑みの綾乃とは反対側を向く。すると、瑠奈が笑ってご飯を差し出してきた。
「ほら竜兄、私のなら大丈夫でしょ?」
「ま、まぁな」
確かに瑠奈の作る料理は上手い。さすが家庭科5だ。だが、瑠奈のだけ食べて綾乃のを食べないなんて兄としてはやりたくない。というか妹たちから分けてもらう訳にはいかない! というわけで……。
「戦線離脱っ!」
「あっ!」
「逃げたぁ!」
ベンチから勢いよくスタートダッシュをして逃げだす。ふふ、蒼香学園のジャッカルと【自称】している俺には追いつけんさ♪ なんて余裕から首だけ後ろを向けて走ってみる。
「待ってよお兄ちゃ〜ん」
弁当を持ちながら走ってくる綾乃。あれ? 綾乃は走って来てるのに瑠奈は座ってるまま。そうか、追いかけるなんて事はしなくなったんだ。奴も大人になったということだな。なんて思っていると瑠奈は両手を口元に持っていき、叫ぶ。
「竜兄は足フェ」
俺は瑠奈が言い終わる前に華麗な弧を描いてUターンをし、もはや瞬間移動に近い速さで戻って瑠奈の口を手で軽くふさいだ。
「何叫んでんだよ瑠奈ぁ!」
フェの後にチなんて言われたら大変なことになる。すると瑠奈は俺の手からもぞもぞと口を出した。
「ぷはっ。アハハ、こう言えば戻ってくると思ってさ♪」
・・・くそぅ。この俺が瑠奈の手のひらで転がされるとは。俺はとりあえず瑠奈から完全に手を離す。
「でも本当のことじゃない」
「ちがぁ〜う!」
瑠奈のその発言により周りにいる人、特に女子は何人か退いた。いや、ドン退きした。あぁ、入学当初から綿密に組み立てて来た『俺に対してのイメージ』が音を立てて崩れ去っていく・・・。
「やっと追い付いたぁ。はい、お兄ちゃん♪」
「また逃げたらもっと凄いこと言うよ、竜兄♪」
ぐ・・・。綾乃も俺と瑠奈がいるベンチへと戻って来た。
そして後ろからは綾乃が、前からは瑠奈がそれぞれ箸を伸ばしてくる。前門の虎、後門の狼とはこのことかっ!
俺は心の中で必死に『南無三!』を唱え、瑠奈の料理で綾乃の料理を中和出来ることを祈り、口の中に入れた。
一噛みした途端……―――――――。 俺は血と黒い煙を吐き出しながら豪快に倒れた。
「あぁっ! お兄ちゃんが口から煙を出して倒れたぁ!」
「……なんで煙が出るの?」
コンクリートの冷たさを頬に感じ、薄れゆく意識の中瑠奈が持っていた弁当が目に入った。その弁当の端にはデッカく『綾乃』って書いてある。
・・・中和どころか破壊力が増したのか。
そして俺の意識が無くなる時、網膜に焼き付いた最後の1コマ。それは俺を見下すように笑う瑠奈の顔。
・・・貴様、確信犯かぁ!