第2話:魑魅魍魎(ちみもうりょう)、登場
俺の歳は17、綾乃は16で瑠奈も16。
俺はこの3人の中で一番頭が悪いため、公立には落ちた。だからここ、【蒼香学園高等学校】に通っている。この学校はいわゆるマンモス校であり、公立が受からなかった奴の大半はここに流れるらしい。
因みに綾乃も瑠奈も中学生の偏差値を見ると平均72という化け物じみた数値を誇っていた。
う〜む、瑠奈はともかく綾乃まで頭良いのは納得行かん。 そんなことを考えていると、もう校門前である。
「ふぅ、なんとか遅刻しないで着けたな」
「お兄ちゃんが欲求不満だったなんて……」
「まだまだ未熟だね、竜兄」
うるせぇ・・・
俺が普通の会話をしているのに、未だ朝のことを引きずってるのか。2人の妄想癖は置いといて、俺は1人校門の中へと入っていった。
中に入ると生徒会執行部が挨拶運動に励んでいた。
「おはようござい……って竜也か」
「ちゃんと最後まで言えよ、悪友その1」
「名前で呼べよ…」
「分かった。1」
「違うわぁ!」
五月蝿いなぁ。仕方ない、名前を言ってやろう。
あれ? うーん、うーん。・・・。
「すまん、真面目にお前の名前を忘れた」
「じゃあヒントをやろう!」
いや、いいよ。素直に名前を述べてくれ。
そんなことを言いたい俺を無視して悪友その1はヒントを言う。「ヒント:2年生になって初めて声をかけたのは誰ッ!?」
悪友その1よ。それはヒントでは無く解答だ。ヒントってのはちょっと遠まわしに物を言うもんだぞ。
ん? 待てよ。何となく思い出して来たぞ。
「そうだ、魑魅魍魎だ」
「…ぶっ飛ばすぞ」
「冗談だ、海斗」
もはや発狂寸前になっている海斗をなだめる。するとやっと現実に戻ったのか、綾乃と瑠奈がスカートをヒラヒラさせながら小走りで近づいて来た。
「もう……、勝手に行かないでよお兄ちゃん」
「これあげるから落ち着いて、竜兄」
息を切らしている綾乃の肩に手を置き、瑠奈が渡して来た雑誌を手に取る。
【PLAY BOY】
・・・。
いるかこんなの!
「あっ! 28分だよ!」
「何!?」
綾乃が腕時計を見て叫び、それを聞くや否や海斗を除く3人はそれぞれの教室へと散っていった。
自分の教室に入ると、まだ先生の姿は見つからなかった。どうやらギリギリセーフだったようだな。
「おぃーっす! クラスメートA〜Zの諸君!」
クラス全体に響き渡る声で挨拶をし、自分の席にどっかと座った。座ると同時にゴリラ…もとい担任が入って来た。色黒で毛むくじゃらで腕力が以上にある担任だから困ったもんだ。あいつのアイアンクローで俺の友人が何人気を失ったことか。
まぁあいつのイスに画鋲をコーティングしていた俺らも悪いのではあるがな。
そしてゴリラが出欠を取っている最中、海斗がクルクル回りながら教室に入って来て問題発言をする。
「グッモーニン、ゴリラァ!!」
その一言によりクラスの大半は笑いの臨界点を突破した。なんとか耐えた者でも肩を振るわせている。
当然海斗は担任に廊下へ連れ出される羽目になり、首根っこを掴まれた。
「ノォォオ! 助けろ、マイフレンド!」
「自業自得だ、大人しく成仏しろ。骨は拾って、また捨ててやるから」
「マンマミーア!」
手からファイアボールを出せるおっさんの真似してんじゃねぇよ。
ゴリラに拉致されしばらく騒いでいた海斗だが、過去最高の絶叫と共に静かになった。
戻って来た担任の上着に赤い何かがついてるのは見なかったことにしよう。
海斗が戻って来ないまま午前中の授業は始まり、俺は窓際に座っていたため現実逃避も兼ねて校庭を見下ろしていた。
すると見慣れた女子がこちらに手を振っている。綾乃だな。
軽く手を振り替えし、先ほどからベランダの端をうろちょろしている奴を見る。
「やほ、竜兄」
「瑠奈!?」
俺は周りにいるクラスメートらに聞こえ無いよう小さな声で話す。ま、後ろの席の奴らにはモロばれなんだけどね……。
「お前授業はどうした」
「教師に手帳見せたら泣き出して自習になっちゃった」
手帳怖ぇ!
何書いてあるのか非常に気になるところだが、見たら俺まで泣きそうだから止めておこう。
「あ……」
「ん? どした?」
すっと死角に入り姿が見えなくなった。 なんだアイツと思って前を見ると、ゴリラが俺の前に立っていた。
「バ、バナナは持ってませんよ…?」
その後俺は軽やかに頸動脈を締められ、ドリームワールドへと強制的に送られてしまった。
「いててて……」
4時限目の授業が終わり、今は昼食の時。締められた首に残っている痛みをさすりながら弁当を取り出し……。
あれ?無い。忘れてきたのか?
うーん。……食堂に行くか。 カバンの中から財布を取り出しズボンの後ろに入れ、教室から勢いよく飛び出した。
すると先ほど校庭で体育をしていた綾乃にぶつかった。
「あんっ、お兄ちゃん、ここは学校だよ…」
「……どこでそんな言葉を覚えた」
下ネタ発言、お兄ちゃんは許しませんよ。
「あそこだよ」
綾乃が指差す先、そこにはヘラヘラと笑っている海斗の姿があった。顔にはゴリラサイズの手跡が残っているが、やはり貴様だったのか。
ここはあえて無視しようとしたのだが、口パクで『ふぬけ』って言いやがったので鳩尾に右膝を叩き込んだ。
「もぅお兄ちゃん、暴力はダメだよ」
「これはお前のためなんだがな」
妹には健全に生きて欲しい兄としての愛情表現だ。シスコンでは無いのであしからず。
「そういや瑠奈は?」
「瑠奈姉なら、先に屋上で待ってるってさ」
「ふ〜ん。で綾乃、海斗に教えられた知識は今日中に忘れなさい」
床にうつぶせで倒れている海斗を踏みながら注意する。
「なんで?」
なんでって……。それは俺の本能が覚醒…じゃない。
「妹の道を正すためだ」
「ふむふむ。つまり野獣になっちゃうの?」
何をどう解釈したらそうなるのだマイシスターよ。
とりあえず俺はもう一度海斗を踏みつけた。ぐきゅっ! って凄い声を出したが恐らく大丈夫だろう。
「と! に! か! く! なんとしてでも今日中に忘れてくれよ」
綾乃の両肩に両手を置き、揺すって理解させる。
「あ、あわわ…。分かったよぉ、忘れる〜」
「よし。じゃあ俺パン買ってから屋上行くから。瑠奈にもそう言っといて」
本当は一緒に食べたくはなかったのだが海斗の魔の手が伸びている以上、綾乃と瑠奈の安全を考え、我慢するしかないだろう。
「うん…。分かった…」
目が回ったのか、おぼつかない足取りで階段を上がっていく綾乃。
何か不適切発言が出たら、全ては海斗の責任になるだろうな。