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三章:欲しかったのは(32)
 
「はあっ、はあっ、はあっ!」
 
 元々、運動するたちじゃないし、体力もかなり自身がない。体育の授業でもダメなグループに入る。正直に言うと、今この瞬間、まだこうして走れているのが奇跡に近いと思う。急激に体に負担をかけたことと、緊張からすでに息は上がり、肺がきれいな酸素を求めていた。床を蹴っている脚も、振っている手も、自分の体じゃないような感覚だ。
 
 私の意志で形成された私を守るシールドはもう二度、発動している。由里ちゃんの説明だと少なくとも二度、多ければ四度は発動できるというので、次の一撃は危ないとも考えられた。しかし、今の私になら四度はおろか、五度でもいけそうな気がした。
 
 私はなぜこれが発動するのかを詳しくしらないからそれは私の気分にしかすぎないが、由里ちゃんから聞いた概要を噛み砕いて言ってしまえば、要するに意志の強さが重要ということは、つまりは気の持ちようということだ。それなら大丈夫だ。
 
 まだ、由里ちゃんと知り合ってから少ししか経っていない。これからも一緒に学校に行ったり、遊んだりしたい。夏休みになったら一緒にどこかに遊びに行ったりしてみたい。海とか行って、花火とかしちゃったりして。新しく友達になった二人とか、よかったら愁也君やその友達なんかも誘ってみんなで。きっと、いや、絶対楽しい。
 
 どれだけ私の気持ちが軽くても私の足の速さには限界がある。だから後ろから追ってくるムカデの化け物にもまた追いつかれてしまった。そのムカデの体が私に近づいた時にまた優しい色をしたシールドが私の身を守ってくれた。それに弾きとばされた巨体が大きく後方にとばされた。
 
 気づけば由里ちゃんが私の目の前にいて、私の肩を支えて抱きとめてくれた。
 
「ありがとう。よくがんばってくれた」
 
 私はその言葉を聞き、由里ちゃんの体から受ける温もりを感じて体から力を抜いた。私の脚は過度の運動に崩れ、由里ちゃんに支えられながらその場にぺたりと座り込む。
 
 私も由里ちゃんに声をかけたかったが、息が上がっているせいでうまくしゃべれなかった。けど、私の言いたいことは由里ちゃんに伝わった自信がある。私は気づいた。由里ちゃんとの間にあるこの温もり、ここにヒントがある。いや、私の知りたかったことの答えがここにある。私と由里ちゃんとの関係を繋ぐ鎖の先はどうなっていたのか、その答えだ。
 
「あなたはここで伏せていてっ!」
 
 由里ちゃんはその言葉とともに私が走ってきた方に向き直り、手に持つ剣状の刃物を構えた。その先には私がここまで連れてきたムカデの化け物がいた。
 
 直進してきた敵に対してその刃を斜めに走らせる。振りあげていた左足が吹き飛び、一拍置いてから地面に落ちる。由里ちゃんはそれを確認することなくその刃物を振った勢いを利用してこちら側に向いていた。床を蹴って窓側になる左の壁に向かって跳び、その壁に脚を着いたときに由里ちゃんが相手をしていたムカデの脚をまた一つ切り落とす。その速さに為す術もないムカデの化け物は再び切られたところで分裂を始めた。
 
 先ほど由里ちゃんが切り落としたらしいムカデの脚の一部が私の方に向かって飛びかかっていた。私は頭にあるリボンをとっさに押さえた。しかし私の身を守るシールド発動することなく、代わりに壁を蹴った由里ちゃんの体が私の視界を横切った。
 
 由里ちゃんは教室のドアについているガラスにその刃物を突き立てた。中からガスが漏れだしたような音が聞こえ始める。
 
「手を!」
 
 私は由里ちゃんの声に従うままにして手を差し出した。由里ちゃんはその私の手を取ると刃物を後ろの動き出したムカデに向かって投げつけた。その刃物はムカデに突き刺さり、私は由里ちゃんに連れられてムカデの横を通り過ぎて二つ隣の教室の前まで走った。
 
 分裂能力を強制的に発動させられ身動きが取れなくなっているムカデの化け物がいる中に、由里ちゃんは空いた手を使って指した。その瞬間に二体のムカデの間に向かって一直線に大きな火が走り、さっきまで私が座り込んでいたあたりまでそれが届くと炎は方向を変えて教室の中へと吸い込まれていった。
 
 その火は一瞬にして色を赤から青に変え、その青い火が見えたのもまた一瞬、大きな爆発を起こした。私と由里ちゃんの所にも大きな衝撃や音、爆風が届いたが、それは目の前に現れたシールドがすべてを防いでくれた。
 
 辺り一面は煙に包まれた。私たちの目の前からシールドが消えると由里ちゃんは手でその煙を払うようにした。するとたちまちそこに風が起こり、立ちこめていた煙を散らせた。その先には文字通り、なにもなかった。抉りとられたような校舎とともに、あの巨大なムカデはその姿を消していた。
 
「勝った……の……?」
「そう、そして二人とも生き残ってる」
 
 私は右手に握る由里ちゃんの手をぎゅっと握りしめた。すると、由里ちゃんも同じようにしてぎゅっと握り返してきた。
 
 これが新たな答え。新たな絆。私と由里ちゃんの間にあるのはとても頑丈だけど、ひんやりとした、どちらかが離してしまえば繋がりが切れてしまうような鎖なんかじゃない。ちょっぴり耐久性には疑問が残るけれど、温もりのある、意志次第ではどこまでも強く握ることのできる手と手の繋がりだ。手と手の繋がりはどちらかが一方的に手を離そうとしても簡単には離れられない。もう片方が離したくなければつなぎ止めていて、説得することもできる。これ以上ない、最高の絆だった。
 
 私はそれに満足し、由里ちゃんの方を見てほほえんだ。由里ちゃんも似たようなことを考えてくれているだろうか。すると、由里ちゃんも私のほうを向いていて、笑い返してくれた。
 
 一見これで綺麗に終わりかとも思ったけど、私にはまだやることがあった。


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