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一章:いつもと違う朝(3)
 
「ただいま」
 
 普段よりもだいぶ早く家に着いた。その理由は、と聞かれれば、それは部活をさぼってしまったからだとしかいいようがない。部長にはまだ体調が優れないからと伝えておいた。嘘ではないのだが、やはり少々心が痛んだ。
 
 帰りは斉藤圭織――いや、圭織と一緒だった。彼女とは昼休み、放課後と互いに自己紹介のような他愛のない話をした。圭織は気は弱いだけで、悪い子でないのはわかっていたので、話は弾み、帰りの電車の中では互いに圭織、由里ちゃんと名前で呼び合うようになった。圭織も私と同じ方向の電車で、私の降りる駅よりも二つ前の駅だった。
 
『また明日ね』
 
 そう言われた時、私は何だか無性に嬉しく、顔がにやつくのを止められなかった。電車の中からホームにいる圭織が笑って手を振っているのを見て、心が安らぐのを感じた。
 
 しかしそれから家に着くまでの30分程の時間、思うのは後悔であり、つくのはため息だけだった。
 
 出来るだけ『いつも』と違ったことは避けるべきであった。『由里』の思考を思い描きながらもそれを実行に移せない、自分の意志の弱さに失望し、思いの外大きい自分の欲望に驚いた。
 
 『由里』はもっと凛と、冷静沈着でいるべきで、友達になろうと声をかけてもらったぐらいであんな無邪気で無防備な笑顔を振りまかないし、部活をさぼるなんてことはしない。親友を失っても強がって振る舞い、その悲しみを表には出さないような人間だ。
 
「おかえりなさい。学校どうだった?」
 
 明らかに不安そうに応えるお母さんに、私は反省したばかりなのにまたも、『由里の思考』と違うように振る舞ってしまう。
 
「久しぶりで少し疲れちゃったかも。部活も休んじゃったし。ちょっと部屋で寝るね」
 
 気遣って幾つか言葉をかけてくれるお母さんを背に、私はそのうちの幾つかに適当に相槌を打ったりしただけだった。そして自分の部屋に入るとドアの鍵を閉め、制服のままベッドに体を預けた。
 
「制服、しわになっちゃうな……」
 
 一度しわがつけば面倒なことになる。しかし、体を起こす気もなかった。さぼったとはいったが、体調不良ということに嘘はない。この『他人』の生活を過ごすのがこれほど大変だとは思っていなかった。
 
 そう、私は『由里』ではない。
 
 『由里』の記憶を持ち、『由里』の思考回路を把握し、『由里』本人が意識できない――私も意識できないのだが――深層心理をも持ち合わせている。
 
 しかし、私は『由里』ではない。その事実は動かない。
 
 どこをどう動かせばどう動くのか、違和感なく私は行動することが出来る。どういう時にどう考えるのか、よどみなく私は考えることが出来る。
 
 すべての『由里』の要素を内包し、外見はまさに由里の体そのものでありながら、私は『由里』でない。いうなれば一人の人間の中にもう一人の人格があるようなものだ。
 
 『由里』である部分が考え、動こうとしても、それを実行に移すかどうか決めるのは『由里』とは違う『私』であり、それを材料の一つに『私』が考え、どう動くのかをを決める。例外として、不意に出る行動はその限りではない。『私』の反射行動と『由里』の反射行動、その両方が存在し、その両方が起きたとするとそれは無意識のうちにすり合わせた、もしくは強く刷り込まれた行動がとられる。
 
 私は出来るだけ『由里』に合わせようとした。この体は『由里』のものであり、周りも『由里』と接しているのだ。家族も、先生も、クラスメートも――
 
 そこで私は重要なことに気付いた。
 
 そうか、圭織もその一人。圭織も、友達になったのは『私』じゃない。『由里』の友達に――。
 
 私はそこから先を考えるのをやめた。そして、他人の生活に疲れた体を休めるために深い眠りに落ちていった。
 
 夢の内容は、どうせあれだとわかっていながら。


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