act.5 聖なる夜に<6>
確か時刻は11時前だったはず。
「何やってんの!?」
窓から叫んだ口元には、携帯を当てたままだった。
同じく携帯を耳に当てたままの碧が、直に耳元で響いただろう絶叫に手に持ったそれを遠くへ引き離していた。
『・・声でけぇ』
「すぐ下りるから!待ってて!」
窓を閉めるのも忘れて、コートを一枚羽織っただけで部屋を飛び出した。
身を隠すようにガレージに潜んでいた碧を目にしてもまだ、信じられなかった。
バサバサと脱いだコートについた雪を振り払いながら。
「靴下くらい履いてこいっての」
あたしの足元にまで注意の行き届く余裕を見せる。
「ねぇ・・何してんの・・合宿は?」
「終わってから抜け出して来た。その甲斐あってやっとパジャマ姿拝めたし、本望?」
「バカッ!!!」
大振りな雪の舞い落ちる中を、傘もささずにここまで。
髪が濡れそぼっているのも、当然だ。
「風邪ひくって!!」
起毛素材のコートの袖で濡れた髪を必死に拭った。
気休めにしかならないけれど、そうせずにはいられない。
「途中走ったし、体は結構あったまってるんだぜ?これでも」
「そーいうことじゃなくてさ」
「まぁいいじゃん」
大人しくされるがままにしていた碧が、肩にコートを引っ掛けたままであたしを抱き寄せる。
首筋に埋まった顔が冷たかった。
「こんないい感じのホワイトクリスマス、逃せるかよ。日付変わるまでには辿り着けると思ったから」
無茶苦茶だ。
電車やバスを乗り継いで、時には走ったりして。
わざわざやって来くるなんて。
「ハードル・・そんなに上げないでよ」
一方的に、喜ばせることばかりしないで欲しい。
嬉しいけど。
あたしは何も返せない。
ニットの背中とコートの間に回した腕を、力一杯引き寄せるくらいしか。
「一晩あっためてもらえれば、十分」
「・・・“今はまだしない”って宣言してたよね、確か」
「あぁ、しねーよ。抱き締めながら一緒に寝るだけ。・・だから今晩、お前の部屋に泊まってもい?」
耳元で甘い声で囁けば、あたしが頷くとでも思ったんだろうか。
回していた腕を胸の隙間に差し入れて、押し返した。
「ダメ」
「・・また即否定かよ・・」
「だって合宿抜けだして来たんでしょ。バレて退部にでもなったら責任持てないし。・・帰りは修兵に送り届けてもらうようにお願いする。・・だったら早い方がいいよね、車が走れる内に。あたし話してくる」
碧の温もりから離れてガレージを出ようとした。
そう来たか・・ぼそっと呟いて落胆した様子に、足が止まる。
――違うのに。
電話かメールか散々悩んで伝えたかったのは。
部屋から碧の姿を見て真っ先に思ったことは、言おうとしていたのはそんなことじゃない。
「・・マリン?」
振り返って碧の元へ駆け寄った。
「ごめん」
勢い良く首に抱きついて、頬を擦り寄せた。
「すごく嬉しいって気持ち、どうやって表現したらいいのか分かんない。ケーキも、こうして会いに来てくれたことも。ホントに嬉しくて・・・」
絡めた腕を少しだけ解いて、間近にある月色の瞳を覗きこんだ。
「大好きだって・・・それだけ。分かって欲しい」
あたしから触れた冷えた唇。
言葉や態度で届け切れない部分を全て詰め込むように、深く長いキスをした。
抱き返してくる腕がこれまでになく力強く感じる。
いつの間にかに主導権が移り替わっていたキスが終わる頃には、彼の顔も満足気だった。
「お前にあんなキスさせる程・・想われてんだ、オレって。すげ、めちゃくちゃ伝わった。・・ありがとな、マリン」
――ありがとな。
碧の声が胸にじんわりと広がる。
伝えるってすごく大切だ。
想うだけじゃ届かない部分を補う、欠かせない要素。
言葉にして気付く気持ちもたくさんあった。
態度に出すなんて恥ずかしいだけだと思ってた。
あたしには、何もかもが足りなかった。
誰かを想う特別な感情も。
気持ちを言葉で伝えたいと思う欲求も。
伝え切れない言葉を態度で示す勇気も。
教えてくれたのは、示して見せてくれたのは。
足らないものを満たしてくれた、この男。
「メリークリスマス。マリン」
「メリークリスマス・・碧」
「「 大好きだ 」」
想うたび、伝えればいい。
蕩けるような甘い言葉も、喧嘩腰の辛辣な言葉も。
求め合い、ぶつかり合いながらも乗り越えていくのに必要なのは。
その時々の気持ちを乗せて、大切な人へ伝えること。
「もう少しだけ・・一緒にいたい・・」
素直になれる優しい時間が、この雪と共に全ての人たちへ降り注いでくれますように。
◆◆ END ◆◆
長い間お付き合いありがとうございました!
じれじれモードで進んできた二人、今後が気になるところではありますが。
以上でaquamarineひとまず終了。
半年後くらいに続編が公開出来れば、とも思いますが。
またそれは後日。
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