act.3 狙われた、唇<2>
時すでに遅し。
尋常でない二人の仲の良さを知るだけに、やっぱりな、という気持ちもあった。
碧の口から発せられた言葉に対して驚愕、というより脱力感の方が大きいのはそんな理由からだ。
予想を上回る速さで筒抜けになっていたその情報。
単なる無駄足になってしまった状況を恨み、嘆きつつも、溜め息一つでそれらを振り払ってその場を離れようとした。
「帰んの?」
上がった口角と笑いを含んだ目元が、言葉以上に挑発の含みを持つ。
「うるさい」
「お前ね。前から言おうと思ってたけど、先輩に対して態度悪過ぎ」
「挨拶代わりに女にボール蹴り込んで来る奴に、先輩面されんのは納得出来ないんだけど」
「ボール蹴り込んだのはお互い様だろ」
べぇと小さく舌を出す。
小学生かと思わせるような切り返しと反応に、キレ気味になったのをぐっと堪えたあたしは偉かった。
黙殺して廊下を引き返した正面、宙がこちらに気付いて目を丸くする。
それもこれも・・諸悪の根源は、ヒトの迷惑を顧みないお前だ!
「マリン!オレに会いに来てくれたの?」
「出来れば来たくなかったんだけど!」
喜び勇んで小走りに近付いてきたバカ兄貴にボディーブローを一発。
「マリ・・ン・・?」
「自分のやったこと胸に手ぇ当てて反省しろっ、バカ!!」
蹲る宙に本日最大級の「バカ」を叩きつけ、階段を駆け下りた。
「如月さん?」
階段を完全に降り切る前に壁に響いた柔らかい声。
踊り場の上、手摺りから半身を覗かせて女の先輩がこちらを見ていた。
肩まで真っ直ぐ伸びた黒髪の片側を耳に掛けた、腕にしている黒革のブレスからすると、二年生だ。
「如月マリンさん、だよね?」
「・・はい」
「ちょっと、いいかな?」
小さく頷き返すと、先輩に連れられて放送室に足を踏み入れた。
室内に置かれた重厚そうな機材は、テレビ番組などで目にするレコーディングスタジオやラジオ局を思い出させる。
閉め切られていた部屋特有の、もやっとした空気が肌に纏わりつく感覚に腕を抱いた。
「何か」
「一度話がしたかったの。ここ、座って?」
差し出された椅子に座ると正面で足を組んだ先輩が、じっとあたしを見る。
――未遊、こういう人を美人、って呼ぶんだよ。
減らず口の男を“美人さん”と称したクラスメイトに教えたい。
校内でも上位を占める綺麗どころだろう目の前の女性は、一つ上とは思えないくらい大人びていた。
「一年生に王子様、なんて呼ばれてる女の子がいるって聞いてね。会ってみたかったんだけど・・ホント綺麗だね」
“綺麗”だなんて自分に不釣り合いな表現をされたことに、眉を顰め首を傾げる。
「・・そうですか?」
「背が高くてスタイルいいし、短い髪も、よく似合ってる」
やや険しくなったこちらの表情なんて眼中になし、といった様子で髪へと指が伸びて来る。
うっとりとした眼差しであちこちなぞるように見られる雰囲気が、これは、なんだかヤバいかも、と警鐘を鳴らしていた。
「・・ありがとうございます。先輩?すいませんが部活があるので、これで」
一方的に切り上げて椅子から立ったあたしの手は、先輩に掴まれた。
「・・・先輩?」
「じゃあ、キスだけさせて?」
「・・・・・は?」
やっぱりか。と思った時にはもうすでに。
首に回された腕に顔が引き寄せられて。
恍惚とした色気大放出の先輩との距離がぐっと縮んで。
男が見たら生唾モノなんだろうな、なんてまたも男性的な視点で冷静に評価を下す一方。
――ファーストキスの相手が同性って・・アリ?
置かれた自分の立場に我に返り、どうにも出来ないあたしは固まった。
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