三話。日常ブレイカー。
「あの…」と。
普通に会話をしてみようと思った。
「僕の家…ですよね。」
敬語のときは僕が一人称の僕だった。
「はい。圭ちゃんのお家です。」
「…圭ちゃん…?」
「圭ちゃん。」
…駄目だ…少しおかしい…。
朱音さんのプレゼントとはこの人のことか。
考えてみればパソコンなんていう普通極まりないプレゼントをあの御方が用意するわけがない。
そしてこれはメイドみたいな感じか?服は普通だけど。
何かが、少しおかしい。
「えっと…誰…ですか?」
「奴隷です!」
会話にならなかった。
全てがおかしかった。
バタン。と、無表情ノーモーションでとりあえずドアを閉めてみる。
予想の遥か右上を飛んでいった。
とりあえず普通に斜めに肩に掛けてるポーチから普通に携帯を取りだし普通にアドレス帳のボタンを押して普通に「上条朱音」を選び抜き普通に通話ボタンを押してみた。
プル、ピッ。
ワンコールどころか一秒も経たないうちに通話が始まった。
「やぁやぁ!そろそろかかってくるだろうなと思ってたんだよ!」
「僕の家に奴隷がいます。」
「言葉のあやだよ。」
ガチャリ、とドアが開き、「歳上のお姉さん」らしき女性が笑顔でタオルで僕の汗を拭こうとした。
「あ、ちょっ、あの…」
悪い気はしなかったので拭いて貰った。ニコニコしている。
「朱音さん…。とりあえず平静を保ってどこから突っ込むべきか考えた結果なんですけれど、僕の家にはよくトモダチが来ます。トモダチが来るんですよ。なんかこの状況でこんなところを最初に苦情する時点で既に普通では無いんですけど僕は普通というものに憧れるんですよ。この綺麗なお姉さんと2人暮らしの高校生というのは明らかに普通では無いことです」
「母親関係と言えば良いんじゃないかな?」
「それは血の繋がりがある僕が自発的に使っても文句は言われませんが、赤の他人である朱音さんがそれを使えと言うと、いささか人格が問われると思いますよ」
「帰れと言ったら泣くと思うよ」「トンデモナイプレゼントをよこしましたね」
「まぁ上手くやってくれ」
「クーリングオフの紙ってどこで貰えましたっけ」
「適当に作文用紙に書けば良いんじゃなかった?」
「そうですか」
プチッ。ツーツー。
ニコニコしている栗色の長い髪が風で優しく揺れている女性に聞いてみる。
「…奴隷、ですか…」
「はい!やれと言うならホワイトハウスに侵入して大統領の前で全裸ブリッジを決めて帰ってきます!」
なかなか強烈なお姉さんだった。
*
神谷なつき
と言うそうだ。
歳は聞かなかったが、大体僕より3つくらい上だろう。
20歳前後。
栗色の長髪。いかにも物腰柔らかそうな、いかにも柔和そうな、いかにも優しそうな、いかにも頼りにされそうな、いかにも素敵なお姉さんだった。
好みだった。
そして、僕の奴隷だった。
頼めば逆立ちでユーラシア大陸を横断するらしい。
アホか。
「奴隷なんてやめてくださいよ」
「朱音さんが圭ちゃんは加虐志向の変態野郎だから奴隷って言えば喜ぶと言っていましたよ?」
「…どこから突っ込めばいいんでしょうか…」
「え!?」
絶対に勘違いしている。
「とりあえず朱音さんの観察眼については後から本人と議論させてもらうとして、最初の命令です。神谷さん」
「なつきです」
「なつきさん。暇をあげます」
朱音さんの言う通りに泣きそうになった。
速業だった。
「いや、うそですうそ。冗談冗談。」
「…良かった。」
あぁ、本当に美人だ。
「じゃあ今度は本気の命令です。奴隷をやめてください。」
「え?そうすると私は肉ど━」
「ストップ!ストップストップストップ!え!?え!?今何て!?今何て言おうとしました!?絶対あり得ないレベルのNGワードがあなた様の口から吐き出されるところでしたよね!?ダメ!!そんなこと言っちゃダメ!」
「じゃあ言い方を変えて加えてオブラートにまで包んでみます。…男性の生理現象処━」
「ダメダメダメだーー!色々ダメだー!変わりませんよそんなもん!!良いですか!?朱音さんから聞いてません!?僕はこんな体になってしまったがために、普通というものに凄く憧れるんですよ!今現在の日本にあなたみたいな綺麗な美人な女性を奴隷として抱え込んでる男なんて普通とは天と地どころかマントルと冥王星よりかけ離れてるんですよ!だから僕の奴隷なら今すぐ奴隷をやめてください!これ命令!」
「美人で…綺麗な……」
当の本人、すなわち神谷なつきさんは話しの途中からキラキラした目で夢の世界に旅立っていた。
ていうか今さらすぎるのだが、奴隷なのに、御主人、いわゆる田中圭太の名前を圭ちゃんと呼ぶのかなんて思った。悪い気はしない。
しばらく正座で向き合って、なつきさんが夢の国から帰ってくるのを待っていると、間もなく帰ってきた。
「奴隷じゃなければ、何になれば良いんでしょうか?」
「普通で良いんですよ。これ以上の異常なんて真っ平ごめんなんです。」
本当に。勘弁してくれ。
「じゃあ、どんなポジションに立てば良いんでしょうか?」
ポジションか。
「そうですね…。特にこれと言っては…。普通で良いですよ。普通で。」
「恋人とか?」
おっと。
開いた口が塞がらない。
染まった頬が鎮まない。
この人は根本的に人と考え方が違うらしい。
「冗談ですよ。」
冗談だった。
ビビり損だった僕は取り繕うように言う。
「トモダチで良いですよ。僕の学校のトモダチに見つかったときはさすがにそのまま言うわけにはいきませんけれど、それについては追々考えましょう」
「わかりました。あと一つ良いですか?」
「どうぞ」
わざとらしく左手で指す。
「圭ちゃん、好きです」
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