四十七話。上條朱音。
クソ。
クソが。
クソクソクソクソクソくそくそくそが。
やられた。
全くもってやられた。
文化祭の日に被らないようにしたのはこのためか。
霧島唯が家にいなければならないからか。
神谷なつきを引き取ったのも、本当はこの為だったのか。
裏切りの小細工がバレないように。
アナーキーをチャッカマンと戦わせると言ったときに心配そうな顔をしたのは、アナーキーが裏切るのではないかという心配ではなく、自分の裏切りが成功するのかという心配か。
前夜祭のあの質問は戯れ言なんかじゃなくて、霧島唯の居場所を特定するためだったのか。
くそ。
下準備は、できていたってわけか。
く、そ、お、ん、な……!
「そのままだ」
僕はゆっくりと振り返る。
「磔のまま、下ろせ」
「ハッハッハ!なんだい少年!動揺してるのかい!?良いよ。全くもって構わない。立てなくなるまで囁いてあげるよ!身心共にガタガタのグズボロになるまで解答してあげよう!骨が抜けるまで優しく答えてあげよう!そろそろ覚醒士と他の能力者が般若のイタズラを破って、霧島唯宅に侵入する頃だろうね!ちなみに今私たちがいるところは、ドイツだ!」
僕は正面に見据える。
「回復系の能力者が前線にいた理由を教えてあげようか!?鈴木さんがいないからさ!負傷者を後ろへと運ぶ鈴木さんは、アンチロジックの覚醒士の運搬で出払ってるんだよ!」
観測者が言う。「私は、なにも聞いてない……!なにそれ……!なんなの!?探し物に手を出すなんて聞いてない!」
上條朱音は酷い笑顔を崩さぬまま、観測者にも答える。
「言ったろ楓ちゃん。ボスが隠してたんだよ!君らのボスに『隠せ』と言ったのは私だけれどね!」
「おまえは……」瞬きができない。「おまえは……」
「はっ!なんだい少年!裏切りの上の裏切りまでは頭が回らなかったのかい!人間過信が聞いて呆れるねぇ!」
僕を裏切って、アンチロジックを裏切った。
アンチロジックのボスと覚醒士と少数精鋭の能力者を巻き込んで、アンチロジックを裏切った。
「くさってるな」
「言うねぇ少年。君の中身のほうがよっぽど腐ってると思うけどね!どうだい!?肉を斬らせて骨を断つ!ハッハッハァ!真実を晒すことで別の真実を隠す。これが策というやつだよ!」
策士。上條朱音。
「少年!召喚魔法は使えないよ!君のジョーカーはまだ山札の中だ!手元に無ければどうしようもない!しかもそのカードを破り捨てる術を、アンチロジックの覚醒士が手に入れに行ってるんだよ!」
「そんなことで……」観測者は後ずさりながら言う。「そんなことで……ブレイク・ワーカーを倒せるとでも……?」
「博打だよ楓ちゃん。驚いてくれ、これは博打なんだよ。あのチート野郎に博打が打てるんだよ!素晴らしいことだろう!この世の絶対力と博打を打てるところまで、策を積み上げた!これ以上の高さが他にあるかい!?『最強』のあの男と、確率で勝負ができるんだよ!ハッハァ!しかもこの策には続きがあるんだよ!今さら聞かれたって、君らごときにはどうしようもないから教えてあげよう。霧島唯を手に入れて、般若の能力を破壊したあと、私はまた裏切るんだよ。衰弱しきったアンチロジックを殲滅して世界を救って、私も晴れて人間に戻る!素晴らしいエンディングだろう!」
素晴らしいエンディングだと?
アンチロジックが解体して、世界が救われて、能力者は人間に戻れて、そして。
霧島唯だけが不幸になる結末が、素晴らしいだと?
「……くたばれ」
「私がくたばる時は、全てを終えて、霧島唯の能力によって、だね」
きっとそれは。
最高の策。
これ以上、あの男に近づくことはできないところまで来た、最高の策。
「少年。なぜホールに入ったときに君を私刑に嵌めなかったというとね、ただ単に般若面がチャッカマンと戦い始める必要があったからさ。チャッカマンと戦っているとき、彼は周りにチョッカイを出せないどころか、探知もできない。だから般若面が上に登った後に、鈴木さんはアンチロジックの覚醒士を飛ばした」
「もういいですよ……」
僕は俯く。
「もういい」
僕は続ける。
「あんたの話はつまらない」
僕は眺める。上條朱音を眺める。
「だから黙れ」
上條朱音。
かみじょうあかね。
おまえは。
おまえはぼくを。
おまえはぼくを。
怒らせた。
僕は走る。
顔の高さにまで降りてきた上條朱音へと走りだす。
「──」
叫ぶ。
殴りながら。
「お前は!お前は!お前はお前はお前はお前はお前はお前はお前はおまえはおまえはおまえはおまえはおまえはおまえはおまえはおまえはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
綺麗な顔の女性をグシャグシャに殴りながら、叫ぶ。
「あぁあぁぁぁぁあぁああぁぁぁぁぁあぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
化け物が。
人を喰らう化け物共が。
みんな残らず。
一人残らず。
欠片も残さず。
微塵も残さず。
死ねばいい。
右で殴って、左で殴って、右で殴って、左で殴って、右で殴って、左で殴る。
上條朱音は能力で次々と再生する。
だから殴る。殴る。殴る。
顔面に照準を合わせて殴り続ける。
それでもなお笑う上條朱音の顔面を粉砕しながら、叫ぶ。
「早く来い!アナァァァァァァキィィィィィィィィィ!」
言った途端、天井が爆発し、ブン、と僕の後ろから凶拳が飛んで、上條朱音の顔面を捉え、見えない十字架をへし折って吹き飛ばす。
「このっ……!クソアマァァァァァァァァァァァァ!」
黒い般若の怒号。
キレた。
あの飄々としていた男がキレた。
ポロシャツは右肩が破れ、肝臓の部分に穴が空き、青だったバスケットパンツは、血が混ざりどす黒く、両裾がぼろぼろになっていて、サンダルではなく裸足で地を掴み、漆黒の般若面は、左頬が割れていた。
「済まないゾンビ君。いま終わった。今さっきまでかかった。済まない。本当に済まない」
最強の男は、傷を負っていた。
般若は罵倒を続ける。
「上條。お前は死ね。苦しむ必要も安らぐ必要もない!お前にはない!生きる資格がないんだよ上條ぉぉぉぉぉ!」
女の顔面を蹴り続ける、踏み続ける最強。
「忘れるなよ上條!お前は僕を怒らせた。本気のマジで怒らせた!今は行くぞゾンビ君!」
そうだ。
まだだ。まだ希望はある。
覚醒士共がまだ辿り着けていないかもしれない。
アナーキーがイタズラを施した、霧島唯の家に。
まだ霧島唯が覚醒したとは限らない。
僕の返事を聞かずに、半ばタックルのように僕を捕まえて、高速移動。
いや、光速移動。
目の前には、霧島唯宅。
そして、多数の、能力者。
いつの間にか。
『反射』と『ダミードール』もそこにいた。
そうだ。観測者が『一掃』したときに、こいつらはいなかった。
「ダミードールの力は二人同時には使えないだろう?」
言ったアナーキーは、乗用車大の大きさでコンクリートを剥がして、先日やったように空高く打ち上げ、落とす。
二人が、潰れる。
死んだかもしれないし、死んでないかもしれない。
とにかく今はそういうことをしてる時間は無い。
「蹴散らすよゾンビ君。僕がど真ん中に道を穿つからそこを通るんだ」
「お前は!」
「十秒もすれば追い付くさ」
アナーキーは息を吸い、そして吐いた。
空気が炸裂する音が響き、能力者が吹き飛び、人壁に穴ができる。
「行けゾンビ君!ここで厄介なのは『クラッシャー』だけだ!そいつ殺したらすぐに向かう!」
僕は何も言わずに走る。
アナーキーの吐息が、僕の背中を押した。
加速というより、飛んで、階段の前で着地できずに転倒。
間髪入れずに立ち上がり、階段を駆け上がる。
爆発音。
破壊音。
爆音が響く戦場を後にして、僕は霧島唯の家のドアを開けた。
机に座って本を読んでいる霧島唯。
「……唯」
返事は無い。
「おい、唯──」
「こっち来て」
僕を見ずにそう言った。
「……大丈夫なのか?」
「うん」
違う。
違う。
違う。
「そこに誰がいるんだ」
「何言ってんの?て言うか何で血まみれなの」
僕は見る。
霧島唯を見る。
僕を見ない霧島唯を見る。
「長石秀と喧嘩したんだよ」
「喧嘩?なんで」
「……今すぐ出てこい」
違う。
こいつは違う。
唯は。
唯は。
僕の嘘を、見抜くんだ。
嘘を吐けば、嘘だよねと返してくる。
「唯に何をしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
横から、長身痩躯の男が、ゆらりと出てくる。
「なぁに。ただの『操り人形』ですよ。私の能力で操られてるだけです」
「唯は」
「ん?」
止まれ。
動悸。
止まれ。
震え。
止まれ。
怒り。
止まれ。
殺意。
唯は。
霧島唯は。
「覚醒してるのか?」
長身痩躯はニヤリと笑って答える。
「私は覚醒士ではありませんよ」
無事……なのか?
長身痩躯はなお笑いながら両手を広げて言う。
「私は嘘を吐いていません」
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