二話。死してなお。
この広い部屋は亡くなった父親が研究職をやっていたため、それ関係で一発当たり、それ関係の遺産を継いだ。ということになっている。
実際に当分はお金に苦労することは無いだろう。然るべき仕事も持っているので尚更だ。
生意気にも霧島唯も下宿暮らしをしているのだが、部屋の広さは僕が彼女より勝っている。きっと彼女より勝っているというたった一つの点である。
優劣の基準が広さの場合には、だが。
くだらない。
軽くシャワーを済ませて、やっぱり軽くドライヤーをあて、軽く黒いジャージを着て、重々しい足取りで外に出る。
これから数時間、僕の異常が始まる。
*
ジョギング。
3キロにも満たない距離を20分かけて走り、そこにつく。
さりげなく、何気無く横道に入り、ぐちゃぐちゃに入り組んだ道を正確に折れて行き、そこにつく。
仕事場である。
いや、正確には仲介所という方が正しいかもしれない。
質素な自動ドアをくぐると、そこはホテルのエントランスのような清潔感溢れる白い部屋。
壁も柱も天井も全てが白、白、白である。
黒いジャージの僕はいやに目立つ。
だが、ここの社長の命令だから仕方ない。
「やぁ!あれ?今日から学校じゃなかった?何で制服じゃないの?」
快活に声を響かせたのは黒いスーツに身を包んだ短髪の美人であった。
「目立ちますよ。」
「返事が普通だねぇ。君はそんなに普通が好きかい?少年。」「普通より素敵なポジションなんてこの世に存在しませんよ朱音さん。」
「まぁ隣の芝は青く見えるものだよ少年。私は全然こっちも好きだけどね。それにしても君のブレザー姿を一度は見てみたいよ。君みたいな爽やかな美少年は学ランじゃなくてブレザーが良い。うん。君は良い高校をチョイスした」
美少年と言われた。
「ちなみに君は食べちゃいたいくらい好みのタイプにドンピシャリだ。」
「うそですね。」
「うそですよ。でもまぁチャンスがあるなら制服で来てみてよ。密かにいる君のファンも喜ぶだろう。」
「ファンなんているんですか?」
「おっと。自惚れてはいけないよ。元々が良い歳したオジサンしかいないところに若い雄が投げ込まれたら嫌でも興味が引かれるさ」
「そうでしたね。僕は最年少でしたっけ」
「あぁ。よくぞその歳で人間辞めれたね。感心感心。」
そう。僕はあの日に人間をやめたのだった。
ここにいる茶色の短髪とスーツがよく似合うスレンダーな美人、上条朱音さんも人間を辞めている。
それどころかこの真っ白な部屋にいる、それこそ受付嬢から掃除のおばさんまでもが人間ではない。
まぁこの人たち、つまり僕以外のここにいる人たちは、それだけで済んだのだから、いくらか僕よりはマシだろう。
人間を辞めるだけで済んだのだから。
「それにしても、いくら目立たない格好をしていても、君の家からそんなに離れていないんだ。全く見られないというわけではないだろう?」
「そこらへんは大丈夫なんですよ。『母親関係』というとそれ以上の追求が無くなるんです」
「ふふ。君は悪いやつだな」
「性悪説派です。」
倫理で習った。
それにしても両親は死してなお僕を守ってくれている。ありがたい。
相手の良心に訴えかける死んだ両親の話をすると勝手に良心が痛んでその話はそこで終わる。
りょうしん様様。
「で、仕事の呼び出しですか?」
「うん。まぁいろいろあるんだけどね。うん。まぁ。やっぱりサプライズにした方が楽しそうだね。仕事を頼もうか。大丈夫。いつもみたいに死んだりする血生臭いものじゃないから。まぁ腰は痛くなるかもね」
「…最初の目的は無くなったってことですか…」
「無くなったってことじゃないよ。君にプレゼントを渡そうと思ったんだけど、さっきも言ったようにサプライズにすることにしたんだ。今ね。だからまぁ君が今からやってもらう仕事をやってる内に君の家に贈っとくよ」
「プレゼント?」
「そうだ。楽しみにしていたまえ。で、仕事なんだけど、君に部屋を与えようと思ってるんだよ。だからまぁ諸々の家具を運んでもらうだけ。」
「部屋?」
僕は充分すぎる部屋を自分で一つ借りている。
「別に既に君が借りている生意気な2LDKを手放せと言ってるわけじゃないよ。別荘と考えてもらえば良い。もしくは事務所かな。あ、でもまだ自分勝手に仕事を引き受けちゃ駄目だよ。君の能力がどんなに卓越してたとしてもまだ未成年だからね。」
僕の「能力」がどんなに卓越してたとしても、僕のその能力では仕事にならない。単体のゴキブリが怖くないように。
もしもできたとしてもそれはきっとスマートなものではないだろう。
「じゃあ、仕事してきます。どうすれば良いんですかね?」
「あぁ、あっちの受付嬢に聞いてくれ。話はしてるから」
「わかりました」
「あぁ、それと少年」
行きかけた僕を引き留めるようにして呼び掛ける朱音さん。
「なんですか?」
「君は歳上のお姉さんが好きで間違いないよね?」
「は?まぁ…歳下よりは、どちらかというと…そうですね。」
「そうか!」
会話が、終わった。
*
4LDK
高校生の分際で2LDKのアパートに一人で住んでる僕は4LDKの別荘を手に入れてしまった。
諸々の家具とは、本当に諸々であった。
ベッド、机、本棚、そして大きなパソコン。
僕にとって何も損の無い家具たちを置くことが別荘を借りる条件だった。
そこに据え膳があるので食らいつくが如く、この条件を快諾した。
損が無い。
いや、朱音さんが言うには、この組織に入った時点で惑星を買えるお金でも買い取れない程度の損はしてるらしいのだが、未だその実感は無い。
諸々の家具を運ぶ仕事が終わると外に出る。
外と言ってもそこは例の白い部屋の中であるのだが。
この白い部屋があるこの建物の中に、白い部屋を通っていくつもの部屋がある。
ホテルのような感じであろうか。
僕はまだこの組織に入って1ヶ月くらいなので、新参がウロチョロ見て回るのも悪いと思って、ここに呼ばれたときはいつも白い部屋以外には行かずにずっとソファーに座っていた。
他の部屋の存在は知ってはいたが、個部屋になっているとは知らなかった。
この建物は、社長、朱音さんの所有物であった。
「終わりましたよ朱音さん。」
「あぁご苦労!いつでもいつまでもあの部屋を使って良いからね」
「ありがとうございます。でも何で急に?」
「消防士だって寝泊まりして仕事をするんだ。そんなものだよ。」
残業対策であった。
それから軽く別れの挨拶をこなし、高級そうな部屋を後にして、絞り気味のジャージで家路を走り出した。
やっぱり20分くらい走ると愛する無人の我が家の前に来た。
そういえばプレゼントがあると言っていたが、なんなのだろう。
思い当たるのはパソコンである。
やたらと必要になるらしいから。
薄暗くなって、もう8時くらいかな、なんて考えながら部屋の鍵を開けて無人の我が家のドアを開けた。
無人の我が家の…
……我が、家、の…
ドアを開けるとそこには「歳上のお姉さん」と思われる女性が天使のような笑みを浮かべてハンドタオルを構えて立っていた。
それだけだった。
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