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二十七話。義務と責任と自発の任務。
月曜日。
そういえば昨日は仕事が入らなかったな、なんて考えながら自転車を漕ぎ、学校に着く。
校門の前で霧島唯に会ったけれど、僕は駐輪場に自転車を停めなければならないため、一緒に行くなんてことはなかった。


*


今日も暇で死ぬ覚悟をしたけれど、結局死ねず、放課後になる。

放課後。

文化祭展示班の実行委員である僕は、作業をする。
長石秀は帰ったけれど、もう何も言うまい。
彼に格下の人間と認識されている僕は、こうやって彼のパシり紛いのことをやらされるのは、いつものことである。
腹が立つ気も失せた。

この教室には僕を手伝ってくれる人間はたくさんいるし、かわいい幼なじみも一緒なのだ。
別に良い。

「暴れちゃ、ダメだよ」

霧島唯が僕に言う。
もちろん長石秀に対してのことだろう。
「人間には、我慢するときとそうでないときがあると思うんだよ。まぁ、別にこんぐらいじゃ怒らないけどな。オレって温厚だし」
「人を殺すのに?」
「いつの話しだよ!何の話しだよ!引っ張りすぎだろ!普通なら覚えてねぇよ!そしてそれは冗談だっただろ!」
「うるさい…」
「すいません」

こんな感じ。
いつもの感じ。

僕が守るべき、幼なじみ。
尊敬する、幼なじみ。

完全無欠の、霧島唯。

彼女が壊されるのは、きっと、キツい。
もしかしてひょっとすると、耐えられないかもしれない。

ふと、気づく。
今まで知らなかった、既知の真実。

父親は死んだ。
母親も死んだ。

だから。

霧島唯が、一番長い知り合いになっていることに。


*


「果たして何でオレが料理が上手いことになってるのでしょうか」
「え?だって一人暮らしじゃん」
「その二つは全然全くイコールにならない!」

放課後。
五時半を回り、教室に残っている人のうち、文化祭関係の人間以外はぼちぼちと帰り始める。
そんな中、僕と女子の展示班実行委員である新井綾香は話し合っている。

新井綾香。
ボブカットの目がパッチリとした、中背の女の子。

「圭太、メイド辞めたいんでしょ!?厨房やってよ!」
「文化祭ごときで厨房とか言ってんじゃねぇよ!」
「一人暮らしの意地とか無いの!?」
「なんだよそれ!」
「『フッ、オレ様は一人暮らしだからお前らヒモ共と違って料理なんて朝飯前だぜ』、みたいな!?朝飯前だけに!」
「全然ウマくねぇよ!料理だけにな!そして最近じゃあ親と暮らしてるだけでヒモ扱いにされるのか!?」
「いつも何食ってんのよ!」
「かっ…」
神谷なつきという人が作ってくれてんだよ!と言いそうだった。
危ない…!
「紙だ!」
「山羊だったの!?」
「ちなみに山羊が紙を食ったら腹を壊す!」
「世間のステレオタイプは虚構なの!?」
「マスコミに騙されるなぁー!」

閑話休題。

あ、危ない危ない。
新井綾香と話すのは楽し過ぎる。
「おい綾香」
「なんだい」
「お前は料理できないのかよ」
「圭太って料理できる人がタイプ?」
「当たり前だろうが!」
「だったら練習するよ!」
「彼氏がいるやつがそんなこと言ってんじゃねぇよ!」

閑話休題。
うぅん。
話しが進まない。
「テイクツーだ。おい綾香」
「なんだい」
「お前は料理できないのかよ」
「あなたのためならなんだってするわよ」
「話しを進めようぜ!?なぁ!」

閑話休題。

「テイクスリーだ。失敗は許さないぞ。おい綾香」
「なんだい」
「お前は料理できないのかよ」
「私の料理を食べれる人は、私の彼氏だけよ」
「別にのろけろとは言ってねぇ!」
「彼なら、我慢して食べてくれる」
「そういう意味か!」
彼にしか食べさせないんじゃなくて、彼しか食べてくれないのかよ!

閑話休題。

「私がやろっか」

僕と新井綾香の横で霧島唯が言った。

「いや、唯。とりあえず展示班の間で募集かける予定だ。今は実行委員でできるかどうか検討してただけ。てかお前は舞台もあるじゃん」
「ずっと体育館にいるわけじゃないから。それに一人で作るわけじゃないんでしょ?」
「そりゃね。でも大変じゃない?」
と新井綾香。
「まぁ最後の最後にはお前に頼るよ。いや、て言うかどちらかと言うとウェイトレスの方をお願いしたいな。なぁ新井大総統、似合うと思わないか?メイド服」
「おわぁー!田中雑兵!逸材発見でございますなぁ!」
「オレ雑兵かよ!」
階級ですらない!
「圭太はスーツ着てほしいなぁ。執事ってやつ」と霧島唯。
「あぁ良いねぇそれ。ぶっちゃけ圭太が女装って鳥肌が死ぬまで直らなくなりそうなくらいキモいもん」
「うるせぇーー!」
酷い言い種だ!
「けどそれ大賛成!」
見てろよ長石秀。
お前の意見は通らない!
「じゃあこの私、新井綾香がスーツの注文を一セット追加しておこう」
「え?追加って言った?」
「うん。圭太以外の男子は元からスーツだから」
「実行委員が知らなかった陰謀が明らかになったぞ今」
「で、まぁメイド服は減らすんじゃなくてサイズの変更ね。唯ちゃん着るんだし」
「ナイスだ新井総督!」
「わ、私着ることになってんの!?」
「田中雑兵が私にヒントを与えたのだよ。客引き作戦はウチの勝ちだ!」
「汚いこと言うなよ!」
「売上でオリンピック見に行くよ!」
「目標がすげぇ!」

何の話しだっけ。

閑話休題。

くそ。脱線が多すぎる。
「おい綾香」
「なんだい」
「知ってるか。もう六時だ」
「本当だ!実は私のお父さんが裏では凄腕のヒットマンだったことをお母さんに教えられたときよりビックリした!」
「フッ、実はな綾香。オレもヒットマンなんだよ。お前のお父さんとは何度か一緒に仕事をしたことがある」
「あっそう」
「あれ!?超冷たい!」
「私もヒットマンだからね」
「凄い展開だぁぁぁ!」

く、くそっ!
何てことだ!
この女、計り知れない!
楽し過ぎる!

閑話休題。
「おい綾香」
「なんだい」
「疑問があるんだけど」
「なんだい」
「クラスのやつはさぁ、お前の面白さを知ってるはずなんだよ。お前が実行委員になれば話しが進まないのも知ってるはずなんだよ。何で実行委員なってんの?」
「立候補したから」
「タチが悪い!」
「まぁ去年も実行委員やって思ったんだよね。こういうの凄い楽しいって。みんなで作る文化祭を成功させる準備をするんだよ。私たちがやらなきゃ、失敗するんだよ。…私たちがやれば、成功するんだよ。こういうのって、何か良いじゃん。サッカーではゴールを決めた選手よりもアシストをした選手にときめく新井綾香でした」
「確かに、な。縁の下の力持ちって、気づくやつには気づいて、気づかないやつには気づかない。でも居ないと全部が成り立たない。それがまた良いんだよな。バンドのベースみたいなポジション」
「ちなみに野球ではピッチャーでもなく、かと言ってキャッチャーでもなく、崩れかけたピッチャーに監督の言葉を伝えにいく伝令に使われる選手にときめく新井綾香です」
「蛇足だ!台無しだよ!」
せっかく良いシリアスだったのに!

そうこうしているうちに、少しだけ離れた場所にいた霧島唯が鞄を持つ。
「あれ。唯ちゃんもう帰るの?」
「馬鹿野郎。新井隊長。普通に話しが進んでたらオレらももう帰れるっての」
「まぁ、展示班と違って、こっちはあんまり決めることとかないからね。じゃ、圭太も綾香も頑張って」
ばいばい、と言って教室を出た霧島唯。

「フッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ」
「どうした新井班長!」
「段々と私の階級が下がっているけど、そんなことは気にしないよ!遂に二人きりだねぇ田中雑兵!」

外が薄暗くなり、午後七時。
進学校であるので部活の終了時間が早く、そろそろ片付けが始まる頃だろう。
廊下の電気が、節電の為か一つ飛びで消え、暗くなる。
そのせいで教室の明かりがやけに目立つ気がして、二人きりだという自覚も増してくる。

夜の教室で、二人きり。

「…ごくり」
「田中雑兵」
「…ご、ごくり」
「腹を割って話そうじゃあないか」
「…ご、ご、ごくり」
「怒るよ?」
「あ、すいません」
「腹を割って話そうじゃあないか」
「知ってるか新井組長。切腹って難易度があって、それに応じて死に様の渋さが決まるらしいぜ」
「組長と班長ってどっちがレベル上なの?」
「ネタ切れだよ。放っとけ」

腹を割って話す。
新井綾香はそう言った。
外見も内面も素晴らしい彼氏を持っている彼女と腹を割って話すようなことがあるのだろうか。
むしろ割るのはこちらだけな気がするけれど。

「田中雑兵」
「なんだよ新井会長」
「霧島唯こと唯ちゃんには、好きな人がいるらしいよ」
「へぇ。唯ちゃんこと霧島唯には好きな人がいるのか。誰?」
「え?え!?えぇぇ!?気になるの!?」
「め、面倒くさい奴だ…」
聞けと言ってるんじゃないのかよ。
そして気づく。
これを聞いた時点で、霧島唯を好いているあのバスケ部主将、渡口正武の命運が決まると。
「秘密だよ。田中雑兵」
「じゃあ何でいるとか言ったの!?」
「教えなーいもーんっ」
う、うわぁ……。

すると、安藤達哉という男が教室に近づいてくる。
「あ、おい新井事務長。彼氏さんが来たぞ。迎えじゃねぇの?」
「じ、事務長まで堕ちた…。最初は大総統だったのに」
「良いから早く行けって。おーい、達哉!連れてって大丈夫だから」

安藤達哉。
去年の文化祭のオーディションのときに一緒にバンドをした。
彼はベースだった。
顔もカッコ良い、中身までイケメンである。
「お、良いのか圭太?文化祭の準備じゃねぇの?」
「残念ながら新井大総統が居たら話しが進まないんだよ」
彼氏の前なので大総統に昇格させておく。
「悪いねぇ田中大統領!後は任せた!私はイチャイチャしてくるよ!」
「おぉイチャついてこい」

結局、僕一人で仕事をする。
いや、新井綾香の場合はちゃんと埋め合わせをするので、全くもって問題ない。

僕は鞄から音楽プレーヤーを取りだし、イヤホンを耳に嵌める。
音量は小さめに。
薄暗い世界の明るい教室で、一人黙々と、文化祭で必要な物を確認する。

文化祭。

響きが普通だよな。
普通最高。
楽しみだ。
渡口正武のギターも、霧島唯のメイド服も、学校の非日常的な普通イベントも。

楽しみだ。

普通。

霧島唯は好きな人がいるらしい。
少し気になるけれど、それだけだ。
その気持ちだけで恋慕の情だと言うのなら、僕は彼女を好きなんだろうけれど、他人の好きな人が気になるだけでその人に恋してるなんて、言えない。それは自明の理である。
彼女の恋が成就するかは分からないけれど彼女の恋を滅茶苦茶にしない為にも、僕は彼女を守らないといけない。

カリカリと、シャーペンの音を静かに響かせながら、僕は僕でイヤホンからの音に沈む。

外も少しずつ暗くなる。

部活生のはしゃぎ声が、イヤホンを通してでも聞こえてくる。

霧島唯。
狙われている人間。
彼女の能力が、強大なもので、もしも化け物のみならず、アンチロジックまでをも殲滅できるのなら。
彼女は喜んで協力するのだろう。

僕が夏休みに言われたあの言葉。

「世界を救う仕事に、興味はないかい」

誰もやらないんだから、僕がやる。
僕しかいないなら、やりますよ。
ここの近くには尊敬する人間が居ますので。
彼女を守れるなら、他のことなんて知ったこっちゃないけれど。
それで世界が守れるんなら、僕は幼なじみを助けるついでに、その仕事を引き受けます。

僕はそう言った。
それが化け物の破壊から救うんじゃなくて、アンチロジックの征服から守るのだとは思ってなかったけれど。

彼女なら、霧島唯ならどうだろう。
「私ができるなら、私がやります」
そう言うはずだ。

だから、駄目なんだ。
彼女を巻き込むことは、許されない。

僕は普通が好きだから。
完全無欠で、欠陥だらけの僕から見れば少しばかり普通ではない彼女は。
霧島唯の住む世界は。

普通であって欲しい。

これが本心。

僕の黒い部分に、少しだけ残っている人間。

帰宅時間を告げる鐘が、校舎に響いた。


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