(登場人物)
Bloody Dolls→Vo.瑠偉、G.怜、G.リオ、B.明人、Dr.クニ マネージャー加奈
89・・・愛はある?その3
打ち上げ会場で瑠偉と揉めてしまい、怜の胸で泣き喚いていたリオは、怜に促がされ早々に居酒屋を後にした。大きな荷物は全て明人の車に預け、怜とリオは二人だけで電車で帰ることになった。ちょうど門限も迫っていたし、瑠偉と別行動を取るにはそうするしか無かった。
転んで足が痛いと言うリオを、怜は背負って運んでやった。そのとき怜は、リオの腰にジャケットを捲かせて下半身の露出を隠すことを忘れなかった。
電車の座席に二人で並んで座り、リオは怜の肩に頭を乗せて目を閉じていた。そんなリオの寝顔を怜は目だけで覗きこみ、目の下に残った涙の痕を指で拭ってやった。
一時間くらい一緒に眠っていただろうか。窓の外に目をやると、闇に包まれた見慣れた寂しい景色が目に映った。
「リオ、着いたよ。降りよう。」
怜がそう言って肩を揺さぶったがリオはなかなか起きない。
「眠いよぉ・・・・・。このまま寝たいよぉ・・・・・。」
「何言ってんだよ、降りんだよ。」
何度か働きかけ、やっと身を起こしたリオを、再び怜は背中に乗せて電車を降りた。リオは寝ているんだか、何も言葉を発する事無く伸びるように怜に体重を預けていた。
「怜・・・・・・・・・。」
リオの自宅マンションへの帰り道、静かな住宅街の歩道を歩いていると首の後ろで声がした。
「・・・起きてたのか・・・?」
「うん。・・・・・・・・・・あのね、怜・・・・・教えて・・・・・?」
「ん・・・・・?」
リオは一息置いてから、おずおずと言った。
「男の人は・・・・・とっても・・・エ、エッチしたいと・・・・・彼女じゃなくてもいいから、したいの?」
そこで怜は言葉に詰まった。リオとする会話にしては随分と艶めかしい話題だ。そして、それに答えるのは少々気が引けた。多分、リオの満足する回答にはならない。
「ごめん・・・・・引いたね・・・・・。」
怜がなかなか答えないのでリオは小さく呟き、怜の肩に手を置きながら背中に沈んだ。するとすぐに怜が口を開いた。
「別に・・・・引いてない。・・・何で?瑠偉がそう言ったの・・・・・?」
「うん・・・。リオがダメって言ったら・・・・・その・・・・・別の方法で何とかしないと・・・・・『他の女で何とかしちゃうよ』って・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「だから・・・・・瑠偉にとってリオは・・・・・それだけで・・・・・愛・・・無かったのかなって・・・・・。」
リオの語尾が消えてしまいそうに萎んだ。
「大丈夫だよ。アイツはそんなこと、しねえよ。ちょっとハッタリかましたかっただけじゃねぇ?妬いたんだろ。お前があの対バンのヴォーカルとイイ感じだったから。」
背を丸めて歩きながら怜は穏やかに言った。リオは押し黙っている。それをさりげなく窺いつつ怜は続けた。
「まあ体質的に・・・アイツの生活の中でもそういうことは、結構重要な位置を占めてるってのはあるけど。・・・でも問題は・・・多分アイツ、恋愛っていうのに慣れて無いんだろ。きっと。」
「・・・・・・・・・え?」
「今まで女とは遊んでばっかでさ、まともに付き合ったことが無いんだよ。だから、時々応用きかなくなるんじゃねぇ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「アイツ・・・・・前に言ってたよ。お前のこと、マジだって。愛があるんだって。」
「・・・・・え・・・・・。」
そこで怜は想起したのか、小さく笑ってから言葉を足した。
「・・・言ってた。愛があるって。で、そんなこと初めてだから、お前に対して『どうしていいか分かんねぇー』って言ってた。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「リオも自分の言いたいこと、ちゃんと伝えたんだろ?瑠偉に。」
怜が首を捻って振り返ると、至近距離でリオと目が合った。リオは大きな瞳を涙で揺らしながら答える。
「うん・・・・・。」
「・・・・・だったら、瑠偉も今頃反省してるだろ。だから心配すんな。アイツ、お前と付き合ってだいぶ変わったから。・・・・・はい、到着。」
「あ・・・・・。」
気が付けば、そこはもうリオの住むマンションの入口だった。リオはずっと怜に背負ってもらったままここまで来てしまった。
リオの両足が地面に着くと、怜は黒い網タイツの足を見下ろして訊ねた。
「玄関まで、歩ける?」
「うん・・・・・。ごめん、ありがとう。」
見上げると、怜の顔にはいつもの微笑があった。そして、「じゃあな」と手を振りながら背を向け、去って行った。リオは怜の後姿が消えるまで見送った。今、怜に言われたことを頭で整理しながら・・・。
荷物が無くなって楽になったと同時に感じたのは、寒々とした気の抜けた寂しさだった。
背中に押し付けられた柔らかな肉、首筋にかかる吐息。そして掌には、リオのしなやかな足の感触が未だ生々しく残っている。
リオの不安は少しでも和らいだだろうか・・・・・。怜の胸の内は複雑だった。瑠偉とリオの関係を修復しようとする自分。リオを連れ出したことを秘かに喜ぶ自分。それを戒める自分・・・。こんな中途半派な状態から、一体いつ脱け出せるのだろう。
怜は疲れたような情けない溜息を一度吐いた。実際、疲れている。心が憔悴している。
そこで気が付いた。まだ大事な仕事が残っていた。急いで携帯をポケットから取り出し、親指を走らせた。
その頃瑠偉は、クニや明人、そしてマリアリラのメンバーとともに居酒屋の座敷ですっかり出来上がっていた。仰け反った姿勢で後ろに片手をつき、一人豪快にビールを呷っている。
「ほら、瑠偉。もうやめとけって。飲み過ぎだよ。心配すんな、怜は何もしねーよっ。リオだって門限があるんだし・・・・。」
「・・・るせーよっ。んなこと誰も・・・言ってねぇーだろっ。」
珍しく酒に飲まれている瑠偉を見かねて明人がなだめていると、瑠偉の尻ポケットで携帯の着信音がなった。瑠偉が慌てて携帯を抜いておぼつかない手で開くと、それは怜からのメールだった。
『 今リオを家に送った。話はリオから聞いた。フォローはしといたから後はてめーで何とかしろ。それから、オレにいちいち嫉妬してんじゃねーよタコ。オレはあくまであいつの兄貴なんだから、意味無し。そんな余計な労力使ってる暇あったら、腹筋でもやってろ 』
「タコ・・・。」
メールを読んで呟いている瑠偉の横に顔を寄せながら明人が言った。
「・・・そうだよ。余計な労力使ってんなら・・・・・ぐぅぁっ!」
意表をついて瑠偉の肘打ちが脇腹に入り、よろめいた明人が畳に転がった。すると明人が持っていたジョッキの中身が飛び出し、横に座っていたクニの顔にまともにかかった。「おお〜っ」と声が上がりその場に笑いが起きた。
「おい〜っ・・・・・。」
普段物静かなクニも酒が入っているせいか意外に大きな反応をし、自分の持っていたグラスの中身を今度は瑠偉の顔目がけて飛ばした。再び小さな歓声が上がり、周囲の人間は飛びのくようにしてうまく水害を避けた。
「・・・・・ちょっと何やってんのよ〜っ!やめなってば〜っ。瑠偉、クニっ!」
加奈が立ち上がって抗議の声を出した。それを無視し、瑠偉はクニを押し倒して絡み付き、コブラツイストをかけている。クニが呻く。それを止めに入った明人も瑠偉の上に圧し掛かり、いつのまにか二人の揉み合いに参戦していた。
「痛ぇーなっ、やめろってば瑠偉っ。」
「うるせぇーっ。」
三人は頭から酒を滴らせながら、一つの塊になって座敷を転げ回っている。それをマリアリラのメンバーは指をさして笑いながら見物している。いい余興のようだ。ギタリストが枝豆をつまみながら仄々(ほのぼの)と言った。
「仲いいね〜、君たち・・・。」
翌朝・・・。リオの自宅のインターフォンがなった。事前にメールで知らされていたリオは、化粧を落とした顔に部屋着姿で一階のエントランスホールに下りた。
「お届け物で〜す・・・。」
わざと宅配便の真似をしてギターケースを手渡したのは、昨日と同じ服装で目の下に隈を作った明人だった。酒と煙草の匂いがまだする。昨夜、怜とリオ以外のメンバーはあの後打ち上げで盛り上がり、マリアリラのメンバーと朝方まで飲んで仮眠をしてから車で帰ってきたところだった。車にはもう他に誰も乗っていなかった。
「サンキュー。ごめんね、明人先輩。」
「おぅ。」
久々にリオから先輩呼ばわりされて明人は軽く笑いながら言った。
「・・・昨日、門限間に合ったの?」
「う?・・・ちょっと怒られたけど大丈夫。」
リオは微笑みながら答えた。
「そっか・・・・・。」
そこで明人は真顔になり、
「あのさぁリオ、昨日のことなんだけど・・・・・。」
と躊躇うように一度横を向いた。そしてまた顔を戻すと、重々しく切り出した。
「怜ともう少し、距離、置かねえ・・・・・?」
「・・・・・・・・・・え?」
すぐには飲み込めなかった。そもそも、明人と二人きりであらたまって話をするというのも恐らく今が初めてだろう。明人は胸ポケットから煙草を取り出し、火を点けてから話し始めた。
「お前が昔から怜の妹やってんのは知ってる。イミフだけど・・・。けどさぁ、今、お前は瑠偉と付き合ってんだろ?」
目が合って、リオが頷いた。
「・・・だったらもう、都合のいいときばっか、怜に甘えんのはマズいんじゃね?」
明人は顔を背け、素早く一度煙を吐いた。視線を足元に落とし、続ける。
「・・・確かに、怜は今フリーだし、人がいいし、甘え易いってのはあるんだろうけど・・・同じバンドじゃん・・・?昨日みたいに瑠偉と怜とお前の三人で揉めてたりするとさぁ・・・・・、ぶっちゃけ、見てて落ち着かねえよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「あれから瑠偉、かなり荒れてたぜ?酒強いのに泥酔いしちゃってさ・・・。お前は分かってねぇんだろうけど、瑠偉は結構あれで怜を意識してる。色んな意味で・・・。」
リオはぴくりともせず、目の前で淡々と語る明人に見入っていた。全く予期せぬ話の展開で、頭の中は混乱を極めている。明人は射してきた陽光に眩しそうに目を細め、ゆっくり煙を吐いてから言った。
「・・・リオももうすぐ十八だろ?もう、お兄ちゃんに甘えてるような年でもねえだろ。そろそろ、けじめ付けようぜぇ・・・?」
そして人差し指でトントンと煙草を弾き、灰色の塊をアスファルトに落とした。
「・・・・・・・・・・うん・・・・・・・・・・。」
かろうじて返事をした。リオの硬直は解けない。明人の言うことはもっともだ。バンドの中でメンバー同士のいざこざなど誰だって遠慮願いたい。明人は予防線を張っているのだ。Bloody Dollsの円満な空気を乱されないように。即座にリオは察した。
今までBloody Dollsの活動の場で、女特有の変な甘えや弱さは見せないように意識して振舞ってきた。それはバンドのメンバーに対してなめられたくない、常に対等でいたい、という内に秘めた自己主張があったからだ。けれど、今回は不覚だった。酔っていたとはいえ、とんだ失態だ。
露骨に落胆を隠せずにいるリオを見て、明人はいくらか気まずそうに言った。
「・・・まあ、そう重く取るな。ちょっと気になったからさ・・・。そんで、話変わるけど・・・。」
とそこで明人は意識して声を明るくした。
「今度の日曜日、ライブ入ったから。」
「・・・・・・・・・・へ?」
それはまた、急な話だ。
「昨日の対バン、マリアリラに誘われた。」
「え・・・・・そうなの・・・?」
「あぁ、何か昨日あの人たちと妙に気が合っちゃってさぁ・・・。で、予定してたバンドがキャンセルしたらしくって、空きがあるからどお?って誘われて。」
「・・・・・ふーん・・・・・。」
「・・・でさぁ、あのバンド、昨日はたまたまイベントで対バンだったけど、結構都内じゃ有名らしい。」
と言う明人の口調には微かに尊敬の色が滲んでいた。昨日彼らの衣装のことをとやかく言っていたことなど忘れているようだ。
「・・・オレたちもこんな田舎で中途半端なことやってないで、もっと都会に出てガンガンやろうぜ?V系の繋がり作ってさ。リオもそうしたいだろ?」
とりあえず、リオは頷いた。ガンガンやりたいのは勿論のことだ。
「・・・てことで、眠い、帰るわ。じゃあな、たまにはブログ、更新しとけよっ。」
言うだけ言うと、明人は欠伸をしながら車に乗り込み、「おやすみ」と言ってから走り去った。帰宅したらすぐに寝るのだろう。
妙に高揚した明人に気圧されたように放心した。リオが最後に見た明人の顔は晴れやかで、それでいて内側から熱意が漲っていた。
明人の車が視界から消えると、リオは心の隅にあったシコリを掘り起こした。たった今、明人に指摘されたことが体内でもがいている。自分の稚気な一面を浮き彫りにされたことで、今更ながら羞恥の念にかられた。クニや加奈はどう思ったのだろう・・・。リオは自己嫌悪に陥りながら部屋に戻り、ベッドで頭から布団を被って再び目を閉じた。
午後になってベッドから起き出しミルクティーを一杯飲むと、リオはずっと部屋に籠ったまま無心にギターを弾いていた。そして日もすっかり暮れた午後七時、理沙がテーブルに茶碗を並べていると、すぐ横で玄関のインターフォンがなった。
「リオ、源君ですって。」
リオのヘッドフォンを両手で耳から外しながら、素っ気無く理沙は言った。瑠偉が玄関の外に立っている・・・。急いで携帯を確認したが新たな着信履歴は何も無かった。突然のことで、心の準備も無く途方に暮れる。それでもリオは、昨日怜に言われたことを思い出して自分を励ました。立ちあがって肩からギターを外し、ベッドの上に寝かせてから部屋を出た。
+注意+
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