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前回のあらすじ
具合の悪くなった咲を父親に引き渡し、スタジオの帰りに晃の家でミーティングをすることになったリオ、春斗、晃、真治。リオが晃に勧められて初めての煙草を吸っていたところに、晃の兄が帰ってきてしまった。すると、顔を出した晃の兄は、リオの担任の倉田翔平だった。
76・・・倉田家の兄弟
「兄貴がさぁ、南高の友達には言うなって言ってたから・・・・・。でも、担任かよ。もしかして、毎日勉強みてる先生って兄貴のことか?」
 それどころではなかった。晃の問いを無視しつつ、勢い込んでリオは倉田に追求した。
「何でこんな近くの高校なんですかっ?普通、身内が高校生だったら、もっと離れたところに勤めるもんじゃないですか?」
 別にもんくがあるわけではなかったが、自分の担任がこんな身近な友達の兄だと、何の前ぶれも無く聞かされたのだ。少しは問い詰めたくもなる。

「・・・・・知らねーよ。教育委員会にでも聞いてくれ。」
 倉田は投げやりに言い放つ。 自分の家にいる気安さからか、倉田の口調は二十五歳の青年らしく、いつになく砕けていた。
 ふと、倉田の後ろに人影を感じた。見ると、倉田と同世代と思われる細身の女性が、にこにこと柔和な笑みをたたえて立っている。

「この人、兄貴の彼女。」
 リオの視線を感じ取り、晃が紹介した。
「・・・・・いちいち説明はいいっ・・・・・!」
 忌々(いまいま)しそうに言う倉田とは相反あいはんして、横に立つ女性は人懐こく「こんにちは」と四人に挨拶をした。

 さほど派手でもない、カジュアルな流行りの服で膝上まで隠し、その下から締まった足がひっそりと伸びている。小さく垂れ気味の目は物腰の柔らかさを浮き出し、その間からせり出た尖った鼻は、上質な知性と品を感じさせた。髪は肩まで伸びた黒い直毛で、固い仕事についているような聡明な印象を受ける。一般的に、お見合い写真で見れば即答でOKしたくなるような美人だった。

由紀奈ゆきなさんも教師なんだよ。」
「へぇ・・・・・。」
 これはいい情報を得た・・・リオは思った。別に弱みを握ったというほどでもないが、なかなか面白そうなネタではあった。思わず携帯を掴む。
「写真、撮っていいですか?」
「いいかげんにしろ。」
 倉田に一括され、笑いが起こった。リオはしぶしぶ豹柄の携帯を鞄にしまう。
「せっかくみんなに見せてあげようと思ったのにぃ・・・・・。」
 リオのぼやきを聞くまでも無く、そんな目的は倉田にはお見通しだった。

「・・・・・じゃあ、晃君は英語の成績はいいんだ。」
 リオの質問に、晃はせせら笑うように答えた。
「バンドマンの高校生で成績がいいヤツなんて、ろくな音出せねぇーヤツしかいねぇーよっ。俺はいつも留年すれすれだ。」
 明らかに己を正当化しているだけの晃の言葉に、倉田は小さな溜息をつく。さすがの倉田も、このが高い弟を自由自在に操るのは困難な所業らしい。身内ゆえの難しさなのだろうか。

「吸ってんじゃねぇーぞー・・・・・。」
 倉田はそういい残して、早々にふすまを閉めた。由紀奈と呼ばれた彼女は微笑みながら、部屋の中の客に一度頷いてから倉田と共に消えた。
 優しそうでキレイなお姉さん。誰もが自然と思うことだろう。

 晃の家を出た帰り道、リオ、春斗、真治の三人は、日も暮れて薄暗くなった住宅街を並んで歩いていた。
「・・・・・晃君家あきらくんちって、親、いないの・・・・・?」
 リオが遠慮がちに春斗に訊ねた。
「・・・・・そう。なんか、晃が小四のとき親父さんが自己破産して、離婚して家出てっちゃって・・・・・そのあと一年くらいしたらお袋さんも男が出来て、ある日突然置手紙置いて出てっちゃったとか・・・・・。んで、それからは、あの兄貴がバイト掛け持ちしながら晃の面倒みて、兄貴は大学を奨学金で出たって言ってた。」
「すげぇーな・・・・・。」
 わずかな感動を含んだ声で、真治が言った。
「すげぇよ。・・・だから普通の学生みたいに遊ぶ暇なんて、無かったんだろうな。」
「・・・・・てか、その状況で大学出ちゃうとこがすげーよな。」
「・・・・・うん。頭いいんじゃね?・・・俺なんて親がいたって、大学なんかハナっから考えてねーしっ。」

 二人の会話を聞きながら、リオは様々な思いを巡らして胸を痛めた。
 離婚して、たった一人残った母親までもが自分たちを捨てて出て行ってしまったときの、息子二人の思いはどんなものだったのか。
 二十歳にも満たない年齢で、自分と小学生の弟を養わざるを得なかった倉田の背負ったプレッシャーは、どの程度の重さだったのか。
 父親が自己破産したということは、返しきれない借金があったということだ。それがどういう理由で出来たのかは知らないが、それまでの彼らの生活が困窮していたことは間違いない。ゆえに、家族が揃っていた時分も、明るい家庭であったということはあまり期待出来ない。
 時折見せる、倉田のあのすさんだような暗い影は、こうした経緯から生まれたのか・・・。

「・・・アイツ、中坊んときグレててさぁ、一回補導されたんだよ、道端で他校のヤツと喧嘩して・・・。そのときアイツ、相手全身ボコった上に鼻の骨まで潰しちゃってさぁ。・・・それであの兄貴が警察に晃を引き取りに行ったときに、みんなの前で土下座して謝ったらしいんだよね、自分から・・・。晃にはそれが、相当こたえたらしくって・・・・・それ以来アイツ、すっかりおとなしくなった。・・・ちょうどその頃、俺もダチになって似たような音楽聴くようになって、楽器買って、一緒にバンド組もうか、みたいになって・・・・・、そんで、うまくそっちに流れたって感じかな。」

 リオはただ寡黙に、春斗の話に神経を集中させることだけに徹した。
 そんな話を聞くと、倉田同様、晃の持つあの独特の雰囲気も何となく納得がいってしまう。生来の気質もあるのだろうが、晃は他の高校生と比べ、妙に冷めていて肝が据わりきっている感がリオにはあった。
 
 人間誰しも、今の自分は過去における経験の産物だ。リオもそうだ。この三年の間だけでも、あらゆる感情に翻弄ほんろうされながら、新たな経験を経て自分という人間を更新してきた。
 人を愛することを覚えた。憎むことも覚えた。孤独も知った。
 たった十七年の短い人生でも、嵐もあれば晴天もある。落雷に脅える日もあれば、頬をかすめる優しい風に救われたりする日もある。
 そのつど我が身に降りかかる困難を、手探りで、不器用ながらもやり過ごし、人は何とか生きている。

「・・・でもさ、晃君の女の子との付き合い方は、ちょっと理解できないな。」
 リオは、今日のスタジオでのことを思い出して言った。咲と晃に体の関係があることは、カレンからそれとなく聞いていた。なのに晃は今日、違う女の子の相手をしていた。去年の夏休みは、バイト先の女子大生と更衣室のソファーで重なり合っていた。あの子とは今どうなっているのか。

「晃はね、愛はいらないんだって。肉があればいいんだって。」
「・・・・・へ?」
「そう言ってた。」
「・・・・・・・・・・。」
 それを聞いて、真治が一瞬、微かな笑い声を上げてから快活に言った。
「ロックだねっ。・・・・・いいんじゃねぇーの?需要と供給のバランスが良ければ。男は十代のセックスが一番気持ちイイって話だし。」
「そうなの・・・・・?」
 好奇心から、つい素直に聞いてしまった。真治がリオを見る。
「そう・・・・・って話だよ。」
「・・・・・・・・・・。」
 そういう真治はどうなのだろう・・・と思ったことろでリオは、はたと我に返った。
「・・・って、何でこんな話、男子としてるんだっ。」
「そっちが振ったんじゃんっ。」
 男子二人はおかしそうに笑った。
「えー・・・・・?」と今更考えてもリオにはうまく弁解できなかった。
「・・・・・・・・・・んじゃ、俺、今日こっちに用あるから。」
「おう。」
 真治は手を振る代わりに顔の横でスティックを派手に回しながら、別の方角に行ってしまった。
 
「・・・・・マック行かねぇ?今日はこの後デートじゃないんでしょ?」
 二人きりになったところで春斗が言った。
「・・・・・なんで・・・・・?」
「腹減ったから。・・・・・ムリ?」
「・・・・・じゃなくて、何でデートじゃないって分かるの?」
「だって・・・・・、服がそんな感じだから。」
 言いながら春斗は、リオの真っ赤なジーパンを横目で見下ろした。大きめのメタルTシャツにジーパン、そしてスニーカー。色気も素っ気も無い。
「・・・・・瑠偉さんはきわどいのが好きなんでしょ?」
「・・・・・・・・・・。」
 今日、瑠偉はバイトで夕刻から新宿だった。瑠偉に見せるわけでもないのなら、とリオはどうでもいい恰好をしてきた。
 分かったような言い草に言葉を無くして春斗を見直すと、うねった栗毛に囲まれた春斗の顔が、不健康な笑いを浮かべていた。リオに向けたその眼差しは、さっきスタジオでも見せた皮肉を含んだような目だ。今日の春斗は、何だか怖い。

 一緒にバンドを組んでいるとはいえ、春斗と二人きりでどこかに入るのは初めてのことだった。と、いっても、お互いに付き合っている相手がいるのは分かっている。だから、異性として変に意識する必要もない。
 リオはシェイクのバニラを買った。春斗のほうは、空腹を訴えた割にはSサイズのポテトとコーラだけだった。窓際にある二人用の席に向かい合って座り、横のガラスにギターを立て掛けた。

「晃君のことなんだけど・・・・・。」
「うん・・・・・?」
「どうして、愛が無くても平気なのかな・・・・・。」
 シェイクを両手で持ち、テーブルを見下ろしながらリオが言った。
「この年で、そんなに簡単に割り切れちゃう?男の子ってそんなに動物になれちゃうもの?・・・恋とか、しないの?」
 春斗を見つめ直し、軽く力説する。 そんなリオに、春斗は無造作にポテトを口に運びながら答えた。

「・・・・・してるんだと思うよ。」
「・・・・・え?」
「恋・・・・・。」
「そーなのー?」
 どういうことだろう。納得の行かないところを追求する。
「・・・・・じゃあ、肉はどうなるの?肉があればいいんじゃないの・・・・・?」
「うん・・・・・。好きでもない子にはね。」
「・・・・・・・・・・。」
 
「・・・・・これは、あくまで俺のかんなんだけどさぁ・・・・・。」
 すっかり藍色に染まった街並みを二階から眺めながら、それとなく春斗は切り出した。
 大して栄えてもいないこの街の駅前は、全国的に名の知れた中規模なスーパーが一件あるくらいで、あとはファストフード店や小さな店舗が並んでいるだけだ。

「晃は片思いしてるんだと思うよ。」
 春斗の意外な発言に、ストローを咥えたままのリオの口が静止した。あの、常に超然とした晃に、片思いなどという純粋な言葉をどう結びつければよいのか。

「片思い・・・・・?」
「うん。」
 再びテーブルに視線を落として考える。やはり、リオにはピンと来ない。
「・・・・・晃君だったら、好きならがんがん押し捲って落としちゃいそうだけど・・・・・。あんだけモテるんだし。」
「そうもいかねーよ。」
「・・・・・そう・・・・・?」
「・・・いくら無敵の晃でも、好きになった相手に彼氏とかいたらさ、そこで引くよな、普通は・・・。」
 春斗が少し笑った。
「・・・・・ふぅん。奪っちゃおうとか思わないんだ。」
「そんな強気にはなれねーよ、実際は。軽い気持ちだったらあり得るのかもしれねーけど、本気だったら・・・・・ムズいだろ。」
 春斗の片手がポテトの空き袋を小さくで丸め、トレーの上に軽く放った。残り少ないコーラを啜りながら、続ける。

「多分、晃はさー、片思いが叶わないから、ヤケになって他の女で気を紛らわしてるんだと思う。・・・これはどうにもならねーって、決め付けてんじゃねーかな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 リオには何だか意外に思えてしまう。そんなに勝ち目の無い恋なのだろうか。

「もしもさぁ、リオちゃんが好きになったヤツが・・・・・・・・・。」
「うん。」
「・・・・・好きになったヤツに彼女がいて、それが自分の家族とか、すっげー大事な友達とかだったりしたら・・・・・?」
「・・・・・・・・・・。」
「どうする?」
「・・・・・分かんない。」
「考えて。」
「・・・・・だって、あたし兄妹いないからピンとこないし。友達なんて・・・・・考えたくないよ・・・・・。」
 リオは目を細め、口をアヒルのように突き出して言った。その顔を見て、春斗が失笑した。本体の雰囲気とは裏腹に、リオの作る表情は意外に滑稽で、幼い。

「だからさ、その、考えたくないような事態を避けたいとしたら・・・・・自分の気持ち、殺すしかねぇんだよなー・・・・・。」
 そう言って春斗は片手で頬杖をついて、物憂ものうげにまた窓の外を見た。ロータリーで数台列を成した客待ちのタクシーの中で、運転手が一人新聞を読んでいる姿がよく見える。

「晃にとってあの兄貴はたった一人の家族なんだよ。晃は親には捨てられても、あの兄貴には捨てられなかった。晃はそんとき小学生だったけど、施設にもどこにも預けられないであの兄貴に育てられた。『俺のためだけに生きてるようなとこもある』って、いつかアイツ言ってた。・・・・・アイツ、晃は、あの兄貴だけは絶対に裏切れないんだと思う。」
 そこでやっと、春斗の言いたいことがリオにも見えてきた。

「・・・・・さっきのお姉さん・・・・・倉田先生の彼女・・・・・のことが好きってこと?・・・・・晃君は・・・・・。」
 視線を逸らしたままの春斗をじっと見ながら、逡巡しゅんじゅんするようにリオが言った。
「・・・・・別にアイツに直にそう言われたわけじゃねーけど。多分そうだよ。見てると分かる。」
「・・・・・・・・・・。」
 では、晃は兄を裏切りたくないがために思いを押し殺し、真治の言う、『需要と供給のバランスの良い』関係のほうで妥協しているということなのか。
 しかし、今日のようにタイミングによっては、事実上そのバランスはかなりあやういような気もする。

「LIVELAのファンクラブ、裏の名前、何てゆーか知ってる?」
 開き直るかのように、春斗の声は明るかった。
「・・・・・知らない・・・・・。」
「晃のハーレムって言われてんの。アイツは最初から彼女は作んないって約束で好き放題やってんの。だから今日みたいにスタジオで女が揉めてても、勝手にしろってことになってる。」
「・・・・・げっ。」
「・・・・・いいんだよ、それはそれで。相手の女だってさぁ、別に晃とだけそういうことしてるわけじゃないんだし。遊びだよ、遊び。お互いに。」

「春斗君は・・・・・?」
「え?」
「春斗君は、ハーレム使わないの・・・・・?」
「・・・・・・・・・・。」

 何の躊躇ちゅうちょも無く、あっけらかんと質問された。
 言葉に詰まり、春斗は自分の足先の黒いブーツに視線を向けた。予定外の展開だった。そして、愚問だった。晃のしていることを非難するつもりもない。が、しかし、その方面で春斗は、明らかに自分は晃とは別物のつもりだった。そんな問いかけをするリオが、春斗にはまるで思慮が未熟な幼児のように思えてしまう。それとも自分は、そういうふうに見えるのだろうか・・・・・。
 リオ以外のあらゆる物に闇雲に視線を移しながら、春斗は必死で言葉を探した。とりあえず、何か言わなければ・・・・・。

「・・・・・俺にはそういうの・・・・・何か違うってゆーか・・・・・。セフレとかってちょっと抵抗あるってゆーか・・・・・。」
 打って変わって言葉の歯切れが悪い春斗だった。
「セフレって、何。」
「・・・・・ヤリ友。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・あとさ、遊んでる軽い女ってあんま好きじゃねぇんだ。それ以前に俺、晃みたいにモテるわけでもねぇーし。」
 そこでリオの目が妙に丸く拡大した。引き込まれるように春斗が見入る。真っ白い顔の中に琥珀のように大きく光る茶色い瞳・・・。西洋のアンティークドールのようだ。

「何で?春斗君、そんなことないでしょ?」
「・・・・・えっ・・・・・?」
 嬉しさのあまり、とたんに春斗は通常モードに戻った。そこで、やっと思い出した。
「俺・・・・・、彼女いるし・・・・・。」
 初めからそう言えばよかったのだ。真面目に付き合っている相手がいるのだから、ハーレムを使うどころではない。

 明るい声色でリオが言った。
「・・・・・モテるでしょ。だって春斗君、顔、かわいいから。」
「・・・・・・・・・・。」
 テレビの電源を消したときのように、春斗の顔からぷつっと光が消えた。楽しげに破顔するリオとは反対に、春斗の表情は次第に陰鬱な色を増していった。 
「春斗君・・・・・・・・・・?」
 春斗はテーブルに視線を向けたまま、微動だにしない。置物にでもなってしまったのか。

(なんか、マズイこと、言ったかな・・・・・?)
 鈍いリオにはその原因は検討も付かない。
 まさか春斗が「かわいい」と評されることに嫌悪感を抱くなどとは、リオには想像も付かなかった。

「・・・・・あたしもポテト、食べようかな〜・・・・・。」
 わざとらしい笑顔を作りながら、リオはレジのほうへと緊急避難した。
 とりあえず、春斗の分も何か買ってきたほうが良さそうだ。 
 

つい、長くなってしまいました・・・・・。


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