ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
若干性的な表現がありますので苦手な方はご注意下さい。
72・・・それぞれの愛情
 その日、麻里江は偽の学校の制服を着て指定されたラブホテルに入った。今日が麻里江にとって二回目になる仕事だった。一回目は男と話をしただけで済んでしまったので、事実上、今夜が初仕事となる。

「トモカです・・・。」
 源氏名を名乗ると、茶色い扉が静かに開いた。麻里江が部屋に踏み入り辺りを見回す。
「やっぱり麻里江ちゃんだったんだね・・・。」
 声のするほうを見て麻里江は飛び上がった。扉の影から姿を見せた小柄で色白の少年は、優弥と同じ日の出台南高校に通う白井晴太だった。そして麻里江にとっては、優弥同様自分の母親の元にピアノを習いに通う、幼稚園のときからの気心知れた友達だ。レッスンの後も母親と三人でテーブルを囲み、お茶を飲みながら談笑するような仲だった。

「何で・・・・・晴太君、こういうこと、する人だったの・・・・・?」
 驚愕の色を隠せずに麻里江が言うと、すぐに白井が食って掛かるように言った。
「違うよっ。俺はこんなところに来るの初めてだよっ。携帯のサイトに麻里江ちゃんに似ている子がいたから、まさかとは思ったけど確かめに来たんだよっ。」
 
 力を出し切ってしまったのか、言い終えると白井は崩れるようにベッドに腰を落とした。失望と悲哀を含んだ表情で俯き、続ける。
「薬、やってるんだろ?それとも大麻?それで金がいるんだろ?」
「・・・・・何で・・・・・。」
 思っても見なかった相手から次々と秘密を暴露され、麻里江は頭を混乱させた。
「この前、自分の部屋でやってたろ。アイツとっ。俺、たまたまその日レッスンがあって、君の部屋の前を通りかかって聞いちゃったんだよ。君たちのラリってるときの声を。・・・・・普通じゃないよ。親のいる自宅であんなこと・・・・・。」
 言ってから白井は頭を抱えた。額を見せた短い黒髪をくしゃくしゃと乱す。普通じゃないと言いたいのは本当はそのことではない。薬をやっていることも、こんな仕事をしていることもだ。

「・・・やってるのはほとんどバツだよ。普段は家じゃやんない。あれは軽いヤツだからそれほど飛べないの。だから、家でも平気だと思ってやった。」
 それを聞いて、白井はげんなりした。慣れたような麻里江の言い草が別世界の人のように感じる。負けじと白井が喚いた。
「三上のせいだろっ。あんなバンド野郎なんかと付き合うから、こんなことになるんだっ・・・・・。」

「優弥君は悪くないっっ・・・・・・・・・・・。」

 聞いた事も無い麻里江の叫び声を聞いて、白井が目を丸くして怯んだ。
「優弥君は色んなことで悩んでるの。苦しんでるのっ。薬だって私があげたの。仕方がなかったんだよ。優弥君は何にも悪くないっ。」
 言いながら、麻里江の顔は悲しみに歪み崩れて行く。その姿を見て白井が萎れたようになって言った。
「そんなに、好きなの・・・・・?」
 麻里江は答えずに、白井を見据えたまま肩を震わして泣いている。それを寂しげに見ながら白井が言う。

「・・・でも、そんな愛情間違ってるよ。力になるにしても、もっと他の方法があるはずだよ。俺はこんなこと黙って見ていられない。」
 白井はじりじりと体中から小さな炎を燃やすように訴える。麻里江がハンカチで涙を拭きながら聞いた。
「どうしたいの・・・・・?」

「やめるんだ、今すぐ。薬も、こんな仕事も。君みたいな人のすることじゃないよ。・・・・・もし言う事聞けないっていうんなら、麻里江ちゃんがこんな仕事してるってこと、俺、学校に言うよ。おばさんには薬のことも全部話すよ。それが結果的に麻里江ちゃんのためになるんだったら、俺は言うよ。」

 麻里江は言葉を失った。冗談じゃない。そんなことをされては身の破滅だ・・・。
 薬を買う金が欲しかった。手っ取り早く稼ぎたかった。そんなとき、この仕事を勧めてくれたのが飯塚咲だ。中学時代の同級生で、最初の薬を自分にくれた桜川女子高校の生徒。

『 大丈夫だよ。バレなきゃいいんだから。ケガするわけでもないし、減るもんでもない。高校生の今しか出来ないことだよ。貴重な今の自分を無駄にしちゃもったいないよ。 』

 咲は言葉巧みに麻里江を誘った。確かに、こうした世界で高校生の価値が高いということは麻里江にも何となく分かる。だが、十八歳未満の「児童」と称する者を買春した場合、それをした者もそれを周旋しゅうせんした者も法律で罰せられる。罪を負う者として新聞に載りその名を馳せるとすれば、それは自分以外の誰かだ。それでも、このことが明るみに出れば、名門私立校に通う麻里江が退学になるのは間違いない。そして、麻里江の健やかな成長を見守ることだけが生き甲斐の母親は、床に頭を着いて号泣するだろう。麻里江には、それがすぐに想像がついた。それだけは、どうしても避けたかった。

「分かった・・・・・。」
 やっと出た麻里江の返答に、白井は救われたように笑顔を見せた。
 麻里江が浮かない顔のまま言う。
「でも・・・・・。」
「・・・何?」
「今日ここに来たからには、友達に紹介料払わなくちゃいけないの・・・・・。」
「勿論、俺が払うよ。」
 白井は財布を取り出すと、約束の金額を麻里江に手渡した。勉強で忙しくアルバイトをしていない白井にとっては、かなりの大金だ。

「ありがとう。」
 麻里江は受け取って鞄にしまいこむと、(おもむろに上着を脱ぎだした。何となくそれを見ていた白井は、麻里江の手がブラウスのボタンを外し、いさぎよく胸を開いたところで悲鳴のような声を上げた。

「何っ、してるの、麻里江ちゃんっっ。」

 白井が恐ろしいものでも見たようにベッドの上を尻で後ずさった。
「何って、お仕事だよ。お金もらったんだからお仕事するんだよ。」
 当然のように、麻里江が言った。真面目で実直な麻里江らしい判断だった。
「だからっ・・・・・、俺はそんな目的で来たんじゃないって言ったじゃんかっ・・・・・。」
 白井がそう言い終えたとき、麻里江のタータンチェックのスカートがストンと足元に落ちた。白井の目線が素直にそこに行き、そして、恐る恐る足から上に移動して行った。ショーツのみの姿になった麻里江がゆっくりと白井に近づいていく。ベッドの上に両手をつき、逃げようとする白井を這いながら追い詰める。

「麻里江、そんなに魅力ない?」
 突然、麻里江がか細い声で言った。
「え・・・・・?」
「こんな恰好してても麻里江なんかとはできない・・・?・・・麻里江、こんな仕事してけがれてるから?」
 そう言った麻里江の大きなアーチ型の目が悲しく揺れた。
「・・・・・違うっ・・・・・。」
 力のこもった声で白井が呻き、目の前まで迫ってきた麻里江を見た。
 
 中学生の頃から、ずっとその可憐な姿を特別な感情を抱きながら見てきた。その麻里江が今、こんな目の前でほぼ全裸の姿を惜しみなく自分にさらしている。剥き出しになった麻里江の胸が、まるで暴力のように白井の目を刺激する。手で包み込めそうなほど小さいのに、そのいただきの周辺はかすかにふくれ、大きめの円を描いている。それは、いつも白井が想像していたものよりも遥かに官能的な景色だった。この体に魅力を感じない男がこの世にいるのだろうか・・・。白井は自分の首の上辺りを拳でゴンゴンと叩きたい衝動に駆られた。

「んなわけ、ないだろ・・・・・。」
 白井の言葉に、麻里江が安堵の笑みを浮かべた。
「じゃあ、しようよ。」
「・・・・・しないよっ。」
 白井の語気は怒りを含んでいるように強かった。
「何で・・・・・?」
 
「俺は金で人の体を買ったりはしない。それが麻里江ちゃんなら尚更なおさらだよ。こんな条件で麻里江ちゃんとエッチしたって、何にも嬉しくないよ。」

 そう言って白井は全てを遮断するように麻里江から顔を背けた。そしてうな垂れながら、ずっと言いたかったことを搾り出すように口にした。

「好きだから・・・・・・・・・・。」

 麻里江は目を細めると、とうといものでも見るように、下を向く白井の淡く色づいた襟足に見とれた。
「晴太君・・・・・。」
 麻里江がさらに白井に近づくと、白井は仰け反ってベッドヘッドに背中を貼り付けた。もう、逃げ場が無い。そんな白井を見下ろして、にっこりと麻里江は微笑む。
「分かったよ。じゃあ、しない。でも、ちょっとだけ麻里江にリセットさせて?」
「・・・・・リセッ・・・・・ト・・・・・?」
「だって晴太君のここ、すごいことになってるよ・・・・・?」
 そう言って遠慮がちに指した麻里江の指の先には、天に向かってしっかりと自己主張している白井の股間があった。ゆったりとした綿のハーフパンツなので、その状態は非常に分かり易い。
 白井は真っ赤になりながら、慌てて水色のボタンダウンのシャツの裾でそこを隠した。その手を振りほどいて麻里江が白井のベルトに手を掛ける。

「だめだよっ・・・・・!気にしなくていいからっ、・・・・・麻里江ちゃんっっ・・・・・。」

 大騒ぎする白井を無視して麻里江は着々とことを運んでいく。「だめ」といいつつも白井の腰はなぜか浮いていた。よって、目的のものはいとも簡単に空気に晒されることになった。

「だめだってばっ、こんなこと・・・・・・・・・・、うわあぁぁぁぁぁぁっ・・・・・・・・・・・・。」

 まるで、地獄の底にでも落ちていくかのような叫びだった。「うるさいな」と思いながら、麻里江は優弥に仕込まれた得意の技を披露する。

 こんなことをしている自分を、麻里江はいささか意外に思った。この部屋に来るまでの間も、緊張でにじみ出た手の汗を何度も拭きながら来たのだ。なのに、白井には抵抗無くこんなことができてしまった。

 思えば、麻里江にとって親以外の人間から「好き」などと言われたのは初めての経験だった。しかも白井は麻里江のためにわざわざこんな場所にまで来てくれた。揺ぎ無い意志をもって説得もしてくれた。麻里江の身をここまで案じてくれた他人など今までいただろうか。
 だからこれくらい、何でもないことだ・・・。

(でも、本当に薬、やめられるのかな・・・・・。)

 麻里江は薬が効いているときの感覚を思い起こした。あの、多幸感、みなぎる興奮、桁外れなセックスの快感・・・・・。
 白井の息遣いを感じながら、麻里江の胸は徐々に灰色に淀んでいった。



 瑠偉と新宿のホテルで一夜を過ごしたリオは、翌日、家に戻って昼食を済ませてから学校に向かった。
 携帯電話には、約束通り担任の倉田翔平からメールが入っていた。
『 放課後 進路指導室に来い。二時間くらい俺に付き合え。 』
 これが、今日一日の中でリオにとって決して外せない予定であり、また、初めての任務でもあった。
『 了解です。 』
 忠実な部下はボスにあてて律儀にも返事を送った。そしてあくびをしながら鞄を抱え、のろのろと歩きながらマンションを出た。

 松本やカレンからもメールが入っていた。優弥と話はできたのか、どういう結果になったのか。それに対しリオは、
『 うまくいったよ 優弥もちゃんとやめるつもりみたい みんなでフォローよろしくね 』
 と打ち、皆に返信した。

 その日のリオは午後の授業をまどろみながら過ごし、放課後を迎えた。なるべく誰とも話さなくていいように、休み時間は机に突っ伏して寝ている振りをした。どうしても、この緊張と憂鬱をコントロールしながら人と接するのは難しかった。

「今日英語補習なんだ。先、帰ってて。」
 放課後、カレンにそう言って手を振ってからリオは進路指導室に向かった。「がんばれよー」と手を振り返してカレンは早坂と行ってしまった。まだ倉田は来ていないようだ。
 窓際に寄せてある職員用の机の上に鞄を置き、その横にある生徒用の椅子に座った。ほんの六畳ほどしかない小さな空間で、リオは何もせず、椅子に座ったままただ倉田が来るのを待った。
 十分ほどしたころ、外の廊下を足音が近づく音が聞こえてきた。その音と平行して、リオの心臓も同じように音量を増していく。ガラリと音がして扉が開いた瞬間、リオは両手の拳を血管が浮くほど強く握った。そして、心の内で叫んだ。

(瑠偉・・・・・、ごめんなさい・・・・・。)

 倉田の声が低く厳かに響いた。

「何だ、本当に来たんだな・・・・・。朝、いなかったから逃げたのかと思った。」
「・・・・・逃げないよ。約束は約束だもん。」
 重々しいリオの口調に倉田は鼻で笑った。
「いい心がけだ。」
 倉田は荷物を置き職員用の机から椅子を引くと、どすんと弾みをつけてリオの目の前に座った。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。