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 7・・・優弥の気持ち、リオの夜
 その夜、自宅の浴室で優弥は・・・。
 固定したシャワーの吹き出し口から熱い湯が噴き出し、直立したままの優弥の頭を叩くように打ち付けている。
 シャワーを浴びながら、優弥は今日の放課後に見た情景を思い出していた。
 リオの体温。リオの匂い。リオの吐息。小さく漏れた声。放心したような表情。無防備な姿・・・・・。

「マジ、ヤバイ・・・。」

 そうつぶやいて、優弥はシャンプーの付いた長い髪を、両手でクシャクシャと泡立てた。鼻につんとくるミントの匂いが浴室いっぱいに立ち込める。

 最近優弥の目の前に、知らないリオがたくさん出てくる。
 もっとリオはさばさばしていて少年ぽくて、かっこいい女だったはずだ。なのに優弥の前では人懐こく体を擦り付けてきたり、妙に甘えた声を出してきたり、潤んだ瞳で見つめてきたり・・・、見たことの無いリオが次々と生まれてくる。そんなリオを発見するたび、優弥の中でどんどんリオが溢れていく。もう増えなくてもいいのに、胸が苦しくなるほど湧いて出てくる。

 今日の放課後、あのまま深みにはまりそうだった自分を、優弥は何とか必死で抑えた。本当はあのまま保健室に行って、未開の地に落ちてしまおうかという考えも頭の片隅にあった。でもリオはそんな優弥の思惑を知ってか知らずか、やんわりとそれを断った。

(リオの、全部が欲しい・・・。)

 優弥の頭の中には常にそれがある。でも、それだけでは満足できない。リオにも自分を求めてほしい。
 はたしてリオは、どういう気持ちで自分と一緒にいるのか?
 嫌われてはいないのは分かっている。ステージで告白したことで、どうでもよかった自分への思いが大きく変化したのも実感している。

 ステージで告白・・・。
 はじめリオにこの催しを提案されたとき、優弥は何とも言えない悲しみと屈辱感に襲われた。

 好きな女からの残酷な仕打ち。

(俺はこんなにマジなのに・・・。)

 こんな無神経な女、忘れてしまったほうがラクになれる、そう思ったのに、結局優弥は諦めることができなかった。

 リオが自分に特別な感情が無いだろうということは、以前から何となく感じていた。友達でいるほうが無難だ、そう思っていた。でも二年になってクラスが別れ、今まで当然のように視界に入ってきたリオの姿が消えてしまったときの、あの何とも言えない焦りと喪失感。そんなつもりは全くなかったのに、優弥はつい、リオの派手で挑戦的ともいえる要求を受け容れてしまった。しかし、

(あれさえクリアすれば、何とか一歩前に進むことができるハズ。)

 しかも、その一歩を大きなものにしなければ気が済まない・・・。

 優弥はあのMC のお陰で、他のことには何一つ気が回らなかった。ステージ衣装も家に忘れてきた。ライブが始まると、いつも歌っていたはずの歌詞もしっかり忘れた。でも、そんなことはどうでも良かった。優弥はあのMCが成功すればそれで良かったのだ。

 リオは、初めてのキスも嫌がったりはしなかった。二人の関係は順調。でも何となく雰囲気に乗って、勢いだけで進展しているような気もする。

 恋に対するリオの好奇心だけだったら・・・?そんな不安も時々感じる。

(リオ、俺のこと、好き?)

(どれくらい、好き?)

(アイツよりも・・・、好き?)

 いっそ携帯にこの言葉を打ち込んで、リオに送ってしまおうか、などとヤケな感情も生まれてくる。そんなことをしたって意味が無いことは分かっているのに・・・。
 メールに打たれた嬉しい言葉を読んだって、本当の心は読み取れない。肝心なことは何一つ分からない、何一つ聞けない・・・・・。

 優弥はやるせない想いで立ち尽くし、顔に叩き付けるシャワーの熱い湯を、目を閉じたままいつまでも浴び続けた。


 夜十時―。リオはベットの上で、洗いたての髪をブラッシングしていた。伸ばしっぱなしにしていたせいか毛先が大分痛んでいる。
(そろそろ美容院に行かなきゃ・・・。夏休みだから金髪にでもしてみようかな?)
 そんなことを考えていると、携帯の着信音が鳴った。髪をとかしながら、すぐ横に置いてある携帯を見下ろして発信元を確認する。

 ―沢村 れい

「怜だっ。」
 電話をしてきたのは、軽音楽部だったリオの二歳上の先輩にあたる沢村怜だった。リオは本人のいないところで怜を勝手に呼び捨てにしている。ブラシを放り投げたリオは急いで携帯を開いた。
「もしもし?」
「沢村です。」
「こんばんは。」
 とリオが言うと、怜も「こんばんは」とオウム返しし、そして「元気?」と付け足した。
 怜は、近くのレンタルスタジオでバイトをしている。だから、あまりスタジオを利用しないリオでも、月に一、二度は怜を見かけて話をする機会があった。怜と話がしたくて買い物と称してスタジオに寄ることもあった。彼らの使うスタジオは小規模な楽器売り場も併設していた。

「うん、どうしたの?」
 と答えるリオに怜は、自分がギターをやっているバンドBloody Dolls が近々ライブをやるのでチェリッシュに前座をやらないか、という話をした。
 Bloody Dollsは怜が高校卒業後に組んだバンドで、着々と観客動員数を増やしつつあり地元の高校生の間では少々名の知れた存在だった。ビジュアル系バンドというファンの対象を主に女子中高生としている彼らとしては、高校生バンドを前座に立てて新たな観客を呼び込もうというのが狙いらしい。

「前座に二バンド欲しいんだね、分かった。」
 リオは快く承諾した。ちょうどチェリッシュはライブハウス出演の予定も無かった。今の時期だと夏休み直前にチケットを配れるということで友達も呼び易い。

「ああ、よろしく。」
 怜は要件を済ますと、
「ちゃんとギター弾いてる?」
 とリオに愚問を投げかけた。リオが「ギターバカ」なのは怜にも分かりすぎていることだった。
「当然じゃん。」
 とリオが少し笑いながら返すと、
「当然か、そっか。」
 と怜も笑いながら、
「・・・じゃ、連絡待ってるから。またな。」
 と言ってから電話を切った。

 リオは携帯を閉じると上機嫌で元気にベットに転がった。
 怜の低い声は今日も温かみを帯びていた。リオは怜のことを「兄」と称して慕っている。そして怜はいつもリオの事を「妹」と呼んでいた。軽音楽部の中で一際目立つ怜からそういう待遇を受けていたのはリオだけで、それがリオには嬉しかった。と同時に、リオがギタリストとして一目置くことができたのは、軽音楽部の中でも怜だけだった。そういう意味では、怜はリオにとって対等に渡り合えるよきライバルとも言える存在だ。卒業しても怜とはずっと関わっていたい、リオは常にそう考える。

(もう一つの対バンは、HYENAを誘おう。優弥と一緒にライブできるし、早坂もいるからカレンも喜ぶだろうし。おまけにBloody Dollsとも音楽性が合うし、ばっちりじゃん。)

 そんなことを考えながら、リオはふと思い出した。カレンに聞かなくてはならない大事な事があった。学校では聞きづらいので今電話しなくては・・・。リオは携帯を開き、カレンの番号を押した。