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62・・・秘め事
 ライブハウスから牛丼屋の途中にあったネットカフェはシャワーまで付いていて、大規模で真新しい、洗練された店だった。あいにく二人用のペアシートというのが全て満席だったので、瑠偉るいとリオの二人は空きのあった一人用の個室を二つ使用することになった。

「何か飲む?三十種類もあるぜ?・・・あ、ここにも牛丼があった。豚キムチはねぇーけど・・・。」
「・・・もう、それはいいよ。何もいらなーい・・・。眠い。ダルい。」

 ブースに入ると、リオは社長室にあるようながっしりとしたリクライニングチェアーに身を沈め、背もたれを倒して横になった。
「おやすみ。」
 ブランケットを掛けてから横に立った瑠偉るいを見ながら言うと、耳元に口を寄せて瑠偉がこっそりと囁いた。
「おやすみのキスは?」
「・・・・するーっ。」
 リオが目を開けて素っ頓狂な声を出した。「しぃーっ」と言いながら瑠偉が人差し指を口に当てた。周囲は個人用のブースばかりなので、他の場所よりも輪をかけて静かだった。
 リオが嬉しそうに瑠偉の首に腕を巻きつけると、どちらともなく二人は唇を合わせた。
 一度軽く口を付けてから薄く開けた目を合わせ、今度は深く舌を絡め合う。ずっと溜めていたものを吐き出すように、二人は息を乱しながら長々と唇を吸い合った。大きなその椅子は、座ってしまえば背後から見られても、背もたれからはみ出た頭の先が見えるだけだ。

「ずっと・・・・・こうしたかった・・・・・。」
「オレも・・・・・。」

 三日ぶりのキスだった。リオが瑠偉の部屋に泊まって以来、瑠偉はずっと休んでいたバーテンのバイトに明け暮れ、休んだ分の穴埋めをしなければならなかった。三日前にスタジオで練習があったときも、二人は帰りぎわに軽いキスを交わしただけで、門限のあるリオは慌てて電車に乗り込んだのだった。

 キスをしながら、瑠偉の手がリオの胸の膨らみをシャツの上から撫でた。
「だめだよ・・・・・。」
 すぐにその手を取り払う。この雰囲気に流されてしまいそうな自分をリオは何とか鞭打った。それよりも今、リオの体は休息を求めていた。今寝ておかないとステージに立ってプレイをする自信が無い。
「後でね。」
 リオにきっぱりと言われて瑠偉はおとなしく隣のブースに入っていった。少しねた瑠偉の顔を見て秘かに体の芯を疼かせながら、静寂の中リオはしばし眠りについた。

「リオ・・・・・。」
 どれだけの時間が流れたのか、低くて太い、穏やかな響きを遠くに聞いてリオは目覚めた。声のするほうを見ると、れいがブースの扉を開けていつもの柔らかい笑みをこちらに向けていた。
「よく、眠れた?」
「うん・・・・・。気持ちよかった。」
「一発目のバンドがそろそろやるけど、どうする?」
 一番最初に演奏するバンドは、今日唯一の高校生バンドのLIVELAだった。「行く」と言いながら起き上がり、リオは身なりを整えた。
「・・・・・あっ。」
 足を床についたとたん、なぜかバランスを崩してリオがよろめいた。すかさず怜の腕が素早く伸びてきてリオの腕を掴んだ。そのまま引っ張り上げるように怜の空いた方の腕がリオの腰を支えた。

「・・・おい、しっかりしろ。」
 怜に抱きかかえられる形になって、焦ったリオは一気に襟足を熱くさせた。
「ごめん、大丈夫。」
 下を向きながらリオが固まっていると、怜に腰を抱かれたまま、リオの額に手が当てられた。
「お前、何か熱いぞ。顔も赤いし。」
 顔が赤いのは今だけのはずだ。余計に熱くなってしまいそうなのを抑えながら、リオが弁解する。
「気のせいだよっ。寝起きだから・・・?」
「普通、寝起きって低体温になるんじゃないのか?」
「・・・・・夢、見てた。夢の中で腕立てしてたっ。」
「は・・・?でも、実際はやってないわけだろ?」

 リオが説得力の無い言い訳をしていると、怜の背後に人の気配を感じた。
「・・・・・何、やってんだよ。」
 身を寄せ合う怜とリオを前にいぶかしげな顔をする瑠偉を見て、リオははじけるように怜から離れた。怜が瑠偉に向き直って明るく言う。
「こいつがこけそうになってさ。」
 リオも髪を整えながら取りつくろった笑みを見せた。
「リオ、寝起きでボケてたの・・・・・。」

 怜が狭いブースから外に出て、瑠偉にその場を譲った。瑠偉は無言でリオを引き寄せると、「おはよう」と言いながら抱きしめた。リオも甘えるようにその身を委ねた。怜は二人に背を向けて、他のブースにいた明人とクニに、「起きたよ」と声を掛けた。
 リオが寝てしまってすぐに彼らもこの場に到着し、すぐ目の前のブースにこもっていた。瑠偉はネットゲームに没頭し、リオだけが何もせず、一人口を開けて寝息を立てていた。

「何も飲んでないから、何か飲んでから行こうかな。あるかな、カルピス。」
 だらだらと歩きながらリオが寝ぼけた顔で言うと、隣を歩く瑠偉が横目でリオを見ながら言った。
「カルピス?オレの飲む?」
「・・・・・意味わかんないんですけど。」
「わかれよ。」
 それを後ろで聞いていた明人とクニが下卑た笑い声をあげたので、それが下ネタなのだとリオは解釈した。普段、彼らの会話で今一いまひとつ意味がわからないことがあると、それは往々にして下ネタなのだ。リオは彼らの笑い方を見て、自分が参加していい内容なのかを判断している。
 瑠偉が気まぐれで何気なく口走った言葉のせいで、話題はそういう方向に流れてしまった。

「てっきり二人でペアシートにでもしけこんで、ヤッてんのかと思った。」
 明人がそう言うと、クニも頷きながら笑った。瑠偉は一度意味ありげに明人を振り返ったが、何も言わずにまた前を向いた。皆に背を向けて足元を見ながら歩く瑠偉を、明人が面白そうな顔をして怜に耳打ちをした。
「見ろよ、あの瑠偉が照れてるぜー?笑えるねっ。」
「恋しちゃってんのね〜。」
 クニも笑いながらからかった。

「・・・・・ウゼぇーんだよっ、お前ら・・・・。」

 瑠偉が赤くなりながら、振り返って明人の股間に蹴りを入れようとした。明人は笑いながら素早く身をかわす。柄にもなくムキになっている瑠偉を見て、リオまでが急に恥ずかしくなってしまった。別に皆の前で何かしたわけでもないのに、なぜか二人して赤面しながら下を向いて歩くはめになった。
 一人無言で皆の話を聞き流していたのは、怜だけだった。

 彼らがライヴハウスに着くと、ちょうどLIVELAのライブが始まったところだった。地元からはるばる駆けつけたと思われる彼らのファンクラブの面々が、ステージのすぐ前の一列を陣取って飛び跳ねていた。
 LIVELAの奏でる音楽は、メンバーの音楽性がばらばらなのか、パンク風の粗刻みなロックもあれば直線的なスラッシュメタルもあるという、何とも統一性の無いものだった。

「声、いいんだけど、ピッチがあやういな・・・・・。ドラムも悲惨っ。」
 瑠偉がリオの耳元で叫んだ。演奏中なのでそうしないと聞こえない。リオは笑ってうなずく。
 LIVELAのライブは、以前リオが対バンだったときに観たときの印象と変わらなかった。音痴のヴォーカルに好き勝手に暴走するドラム。これでは晃のベースともうまく噛み合わないし、春斗のギターも生きてこない。二人がいくらいいプレイをしても、バンドとしてはバラバラといった印象だ。彼らの人気の理由は、ただ単にルックスの良さとパフォーマンスの派手さ以外には考えられない。夏のライブのときに春斗がリオに、「本気でやるバンドを組みたい」と言っていた意味も、今のLIVELAを観れば十分に納得が行く。やはり、自分と同じだけのレベルとこころざしを持った仲間と一緒に活動したいという思いは、リオも春斗も同じなのだろう。そういう意味では、リオは今満たされている。

「ひっ・・・・・。」
 一人で物思いにふけっているところに、突然背後から尻を撫でられてリオが飛び上がった。ほぼ満員の会場は一番後ろの壁から一定の空間を経て、ステージに向かって立つ人の塊ができていた。リオたち出演者は、リハーサルのときと同様、後ろの壁に寄りかかって遠くからステージを眺めているという構図だった。リオに痴漢行為を働いているのは、隣に立っている瑠偉に他ならない。
 リオが左隣を見上げると、瑠偉はニヤっと一回笑ってから涼しい顔でステージに向き直った。リオの右側に立っている怜もLIVELAの演奏に集中しているようで、瑠偉の異常行動に全く気付いていないようだ。
 瑠偉の手が今、リオのスカートを捲り上げて下着の中にまで入り込んだ。
「ひゃぁっ・・・・・。」
 無意識に出てしまったその声は、アンプから放つ爆音でいとも簡単に打ち消された。侵入したその手は、そのまま前方に向かって指を進める。瑠偉がリオの背後に寄り添うように移動した。リオが体を離そうとすると、追いかけるように伸びてきた瑠偉の左腕が腹部に回された。しっかりと捕らえられたまま、リオは下着の中にもぐり込んだ瑠偉の指に翻弄ほんろうされる。

「瑠偉っ、ダメだよっ・・・・・。」
 大声で喚くと、瑠偉はちらと目だけでリオを見下ろしてから、耳元に口を寄せて平然と言った。
「誰も、気付かねぇーよ・・・・・。」
 不敵に笑いながら、瑠偉は再びステージのほうに視線を戻した。すかさずリオが叫ぶ。
「怜が横にいるんだよっ?」
 すると瑠偉は、もう一度リオの耳に口を近づけて言った。
「・・・何で怜だと、ダメなの?」
「そういう問題じゃ、無いっ!」

 それを最後に、リオの叫びは誰にも聞き入られずに無視された。ステージの上では、ゴンゴンと音を響かせて、ダウンチューニングしたの春斗のギターが重低音のリフを鳴らしている。リオが右隣を見ると、一心にステージを見つめながら足を踏み鳴らす怜がいる。もし、この状況を怜に感づかれたらと思うと、背中に脂汗が流れるようだ。なのにあせる気持ちが逆にリオをたかぶらせ、意に反して下半身が沸き立つような快感に襲われている。耳をつんざかんばかりの轟音ごうおんに、リオの荒い息使いの音も難なく飲み込まれていった。
 瑠偉の指先は、もう何の抵抗も無くリオの粘膜を自由自在に滑っていた。それに合わせて、リオの中から溢れ出たものが、下着の中で瑠偉の指にさかんに掻き混ぜられている。
 リオの足が凍えているように震え始めた。もう、立っていられない。湿った息と小さな唸り声を漏らしながら、リオはガクンと膝を付いた。と同時に、瑠偉の手も下着の中からするりと引き抜かれた。

「・・・・・どうした?・・・リオ・・・・・。」

 足元でしゃがみ込んでうな垂れているリオに気付いて、怜が身を屈めた。その隙に瑠偉は、リオをなぶっていた二本の指をさりげなく口に含み、絡みついたぬめりを舐め取った。そしてすぐに、リオを覗き込んでいる怜に向かって言った。

「何か、気分悪いみたい。ちょっと休ませてくる。」

 怜は黙って頷いた。リオは怜の顔を正視できない。去り際に「大丈夫か?」と聞かれたが、無言で返すことしかできなかった。淫らに歪んでいるであろうその顔を怜に向けられるわけも無く、うつむいて瑠偉に支えられながら、リオは逃げるようにその場を去った。




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