ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
61・・・ライブハウスで
 4月16日、Bloody Dollsは横浜のライブハウス『ヘヴンズガーデン』で、夕方からのライブに向けてリハーサルに入っていた。
 今日の出演は合計五バンド。ライブハウス側が組んだブッキングだった。ヴィジュアル系バンドはBloody Dollsを含め二バンドのみで、他の対バンと何か共通点があるとすれば、一応どのバンドもロック系でキーボードがいない編成というところだ。
 こうした対バンのメンバー合計20人近くが300人収容の会場の壁に寄りかかり、Bloody Dollsのリハーサルを眺めながら自分たちの番を待っていた。

「何だ、ギター、一人だけ女じゃん。」
 対バンの誰かが、ステージに立つリオを見て言った。
「女?珍しー。だって、こいつらヴィジュアル系だろ?」
 同じバンドの仲間らしき男が答える。
「なんちゃってギタリストじゃね?よくいるじゃん、V系だと。ただ客に振り付け教えるために、踊ってるだけのヤツとかさ・・・。」
 そこで、数人の馬鹿にしたような笑いがその場に小さく起こった。その態度から彼らがヴィジュアル系バンドに対して、少なくとも好感は持っていないということが窺える。

 それを横で聞いていた対バンの一つであるLIVELAのギタリストの春斗は、その声のするほうを見てさりげなく睨んだ。春斗も他のバンド同様、自分の仲間と一緒にリハーサル待ちをしているところだった。春斗の横では、毛足の長い黒髪をワックスで爆発させたベースの晃が、膝を抱えて口から煙を吐いている。

 パートごとの音のチェックが終わり、一曲通しのリハーサルが始まった。攻撃的とも取れるスピード感溢れるハードロックナンバーを、瑠偉るいは頭を前後に揺らし、時折縦に飛び跳ねながら、メリハリの効いた動きで歌いあげる。リハーサルのときは音を出すことだけに徹するミュージシャンが多い中、瑠偉は比較的どんな状況でもすぐにライブと同じようなテンションを上げられるヴォーカリストだった。一週間前まで寝込んで不調を訴えていた瑠偉の喉はすっかり回復し、伸びのいいハイトーンボイスを惜しみなく全身で鳴らしていた。他にフロントに立つ明人と怜も、適度に動きながらその場の雰囲気を掴もうとしている。

 一方リオはといえば、腕から先だけを動かして、一人棒立ちのまま足で小さくリズムを取っているだけだ。今日のリオは朝から倦怠感が体を覆い、今一つ動きが鈍い。それでもプレイのほうは普段通り難なくこなし、「本番よろしくお願いしまっす」というルイの挨拶と共にBloody Dollsのリハーサルは終了した。

「・・・やるじゃん、こいつら。ヘヴィーだな。それにあの女、めちゃくちゃうめぇーっ。」
「でも、うるせーギターだなっ、女のくせに、激しすぎ。」
 さっきリオを笑いものにしたバンドのメンバーが口々に感嘆の声を上げた。

 怜とリオのギターは技術的に見るとほぼ同等のレベルで、そのスタイルもかなり似通っていた。そういう意味でも兄妹のような錯覚を覚える。ゆえに、Bloody Dollsのツインギターは、リズムとリード、必ずどちらかに決まっているという完全分業制ではない。間奏に必ずといっていいほど入るソロ部分は、二人で順番に弾いたり、ツインでハーモニーを奏でたりすることもある。今演奏した曲はたまたまリオがリードをとっていて、怜の弾くバッキングとリオのソロの絶妙なコンビネーションが売りの曲だった。

(あったりめーだろ。リオちゃんを舐めんなよっ。ステージングだってカッコイイんだぞっ。)

 彼らを横目で見ながら、春斗は満足げに鼻で笑った。
「・・・パンツ見えそう・・・てか、見えてるし。」
 春斗の隣にいた晃が煙草を咥えたまま無気力に呟いた。晃の視点は春斗とは全く違うところにあったようだ。見ると、ステージの上でリオが尻を向け、前屈して足元にある機材をいじっていた。まるで客席に向かって自分の尻を見てくれといわんばかりに。春斗が耳たぶを赤くしながら息を呑んだ。

 リオの今日のボトムスは、先週瑠偉るいからプレゼントされた黒いタイトスカートだった。ステージ衣装として貰ったのだが、他のメンバーからの「リオはあまり女っぽい恰好をしないほうが違和感がなくていい」という意見で、結局普段着用として着ることになった。スカートの脇にあったレースの部分は、しぶる瑠偉に透けないようにリフォームしてもらった。上には腰が隠れる丈の、襟のついた黒い細身のシャツを着ている。だが、スカート丈は相変わらず限界に近いほど短いままだ。

「珍しいね。制服以外はいつもジーパンだったのに、いきなり超ミニ。」
 妙に肉付きのよくなったリオを見ながら平静を装って春斗が言うと、晃が意味深な笑いを浮かべて言った。
「新しい男の趣味じゃねぇ?例えば、バンドのメンバーの誰かと・・・とかさ。男女混合バンドに ありがちなパターンだな。」
「・・・お前さー、妄想入りすぎだよ。ただ単に服の趣味が変わっただけだろ?」
「・・・ほら、よく見てみぃ?妖しいだろ。あの雰囲気。」
 晃に顎でしゃくられて春斗がステージに目を向けると、鼻が付きそうなくらいに顔を近づけたリオと瑠偉の姿があった。
「あ・・・。」
「・・・な?」
 間抜けな声を出す春斗に晃は得意げに口の端を吊り上げた。

「・・・でもさ、瑠偉さんて、誰にでもああじゃん。俺も前に、抱き付かれて顔にキスされたことあるし。酔ってたからだろうけど・・・。」
 春斗の話に、晃は急に興奮の色を見せて声量を上げる。
「うっそ、マジ?実はバイなんじゃねぇ?ハルはラブリーだからなっ。いいカモだなー。」
 晃があまりにも派手に喜ぶので、少々自尊心を傷つけられて春斗が閉口した。「ラブリー」という表現が春斗には気に入らない。晃と違い、目がパッチリと大きい春斗はいつも女の子から「カワイイ」といわれる。それが春斗のコンプレックスだった。

「リオ、何か目が赤いぞ。メイクするとき目に入ったか?」
 黒いアイラインをひいたウサギのような目をしたリオを見下ろして瑠偉が言った。ジャックを抜きながら、リオはぼんやりと瑠偉を見ながら立ち上がった。
「昨日ね・・・、リオ、遅くまで勉強してたから寝不足なんだ・・・。だからかな。」
 リオは瑠偉の背後に立っていた怜に聞こえるように、わざと声を張り上げた。怜がちらとリオを見ながら振り返る。
「・・・それくらいやんねーとお先真っ暗だろ。出来の悪い生徒を見る家庭教師の身にもなれ。」
 しれっと言ってのけた怜に、リオはわざと頬を膨らませる。それでも、怜の言葉に何の悪意も無いということは十分に感じ取れた。今日も怜はいつもの温かな兄の笑みをリオに向けていた。

「飯、行っちゃうー?」
 クニの呼びかけで、Bloody Dollsのメンバーはぞろぞろと楽器類を抱えて移動し始めた。リハが終わってしまえば、夕方の出番まで時間を潰すしかない。その姿を春斗が何となく見送っていると、出入り口の前でリオが思い出したように振り返り、笑いながらLIVELAのほうに大きく手を振った。春斗が代表になって笑顔で手を振り返す。

「バンドの中で引っ付くと、その二人が別れるときがバンドの終わり。それか、どっちかが抜けるか、だよな。今も昔もプロ・アマ問わず、それがお約束のパターン。・・・あー、やだやだ・・・。」
 晃が独り言のように言った。互いの顔を見ながら並んで歩く瑠偉とリオを遠くに見ながら。
「勝手に決め付けんなよ。まだ、分かんねーじゃん、デキてるかどうかなんてっ。」
 春斗が不機嫌な声を上げると、晃が面白そうに春斗を見た。
「何、ムキになってんだよ。・・・それよか、れいの話、今日するのか?」
 最後の方だけ晃は声を潜めた。春斗も同じように声のトーンを落とす。
「様子見て、だな。他のやつらもいるし。」
 と、傍にいるヴォーカルとドラムにそれとなく目をやる。
「・・・にしてもさー、一緒にバンド組むんだったら、アイツが誰かとデキてたほうが都合がいいな。」
「・・・なんで?」
「その場限りのバンドにしてもさ、途中でトラブったら面倒だろ?一応女だし、アイツも。男がいるんなら、とりあえず安心。」

 晃が心配しているのは、バンド内恋愛のことらしい。春斗は、「馬鹿らしい」という思いを露骨に顔に出した。
「リオちゃんとうちらの誰か・・・?・・・それはあり得ねぇーだろ。俺は取り合えず、あの子には女感じねーなー。俺にとってリオちゃんは、もろギタリストっ。俺、彼女いるし、お前みたいに雑食じゃねえし、関係なし。」
「・・・俺だってアイツには女感じねーよっ。あんな究極のギターバカ。・・・・・って雑食って何だよっ・・・・・。」
「相手選ばず喰いまくり。」

 しばらくすると、LIVELAのリハーサルの番がやってきた。ギターを抱えて春斗はステージに向かった。さっきの、瑠偉を見つめるときのつやっぽいリオの目を思い出しながら。


「ねーねー、あの二人ってもしかしてデキちゃってんの?」
 明人が歩きながら、隣を歩くクニにこっそりと耳打ちした。三メートル後ろには、話に夢中になりながら並んで歩く瑠偉とリオがいる。
「さあ・・・。あの二人のことなら怜が一番詳しいんじゃねー?なんてったってリオの兄貴なんだろ?」
 クニが、一歩前の先頭を一人歩いていた怜に聞こえるように言った。怜はさりげなく明人のブーツを振り返り、ぶっきらぼうに答える。
「知らねー・・・。そういうことになるとみんな、急に無口になるからなー。」
 そう言いながら怜は、その話題を自分に振らないで欲しいと心の中で叫ぶ。
「何か、近いじゃん。今日のあの二人。リオのあの恰好といい。瑠偉はいつにも増してリオにべったりだし。」
 怜の意に反して、明人はしつこく話を引っ張る。黙っている怜の代わりに、人のいいクニが笑って相手をしてやる。
じかに聞いてみれば?それが一番早いぞー。」
「・・・ところでどこ入んの?何食う?」
 怜の一声で、その話はあっさり断ち切られた。話題が逸れて、一人先頭を歩きながら怜は救われたように溜息をついた。

 二人が見つめ合っているときの目の色で、その関係は、怜には一目瞭然だった。それ以前に、ここ一週間前から怜の前でリオは顕著な変化を遂げていた。雰囲気もさることながら、勉強をしていても時々瞑想にふけってしまい、ペンを握る手が止まっていることもあった。そんなときのリオが何を考えているか、詳細は分からなくても何となく怜には予想が付く。リオの頭の中は瑠偉のことで溢れかえっているのだ。

 怜にしてみれば、そんなことはもう驚くことではなく、ただその時が来たのかと少なからずショックを受けただけた。もう、自分の中ではとっくに整理が付いていた。一歩離れたところから兄として温かくリオを見守ろう、と・・・。
 瑠偉がリオに対して遊びでないと言うのなら、そしてリオも瑠偉が好きだと言うのなら、もう、何も言うことは無い。そして、自分の入っていく隙間ももう無いのだ。この焼けるような胸の苦しさも、今にきっと和らいでいくはずだ。他の男に夢中になっている女のことなど、すぐに忘れられるはずだ・・・・・。

「誰も何も言わないから、ここでいいか?」
 怜が、目の前の牛丼屋を指差しながら振り返った。一同うなずく。リオだけが一人で反応が無かったが、一行はぞろぞろと自動的に目の前の店に入っていった。

「・・・食わねぇの?」
 豚キムチ丼を目の前にしてうな垂れているリオに瑠偉が問いかけた。どんぶりを見ると、真ん中に小さな穴が一つ空いているだけだった。
「何か・・・。お腹空いてないみたい・・・。」
 リオがどんぶりを覗きながらぽそりと言う。
「眠いのか・・・?」
「・・・うん・・・眠い・・・。」
 そう言った矢先にリオは、膝に両手を置いたまま目を閉じて置物のように動かなくなった。
「おい、ここで寝るな。どんぶりに顔、突っ込むぞ。」
 こくりこくりとしだしたリオに、瑠偉が背中を叩いて活を入れた。だが、リオは少し目を開けただけで、すぐにまた目を閉じてしまった。

「通り道にネカフェがあったろ。そこでちょっと仮眠したらどう?まだ、時間だいぶあるし。」
 明人にそう言われると、瑠偉はリオの顔を両手で挟んで自分の顔を貼り付けた。リオの目が静かに開く。今にも目の前でキスしてしまいそうな二人を前に、明人とクニの箸を持つ手は止まり、その目は釘付けになっている。

「そうする?・・・リオ。」
「・・・・・うん・・・・・。」
 瑠偉は立ち上がって千円札をテーブルに置くと、リオに自分の背中に負ぶさるように促がした。リオが素直に瑠偉にへばり付くと、瑠偉は一度弾みを付けて体制を整えた。
「じゃ、ちょっと行ってくるわ。」
 無防備に目を閉じているリオを背負いながら、瑠偉が颯爽と店を出て行く。その姿を明人とクニは時が止まったように見送った。

 明人が拍子抜けしたような顔で、一人無関心な態度をとる怜を見る。
「何・・・、もう怜はリオの兄貴、引退・・・・・?」
 怜はそれには答えず、一人黙々と牛丼の並盛をかき込んでいた。




+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。