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60・・・オレの女
 翌日リオは、どんよりとした倦怠感に覆われながら重たい瞼を開けた。
 虚ろに開いた目が、壁に掛かったてのひらほどの大きさの黒く丸い時計で時間を確認する。午前十一時五十三分。

「ひゃぁぁぁ・・・・・。」
 驚いて飛び起きると、体中の節々の痛みを感じてリオは思わず顔をしかめた。隣には、腰から下に毛布をかけただけの裸のルイが、顔だけをこちらに向けてうつ伏せで眠っている。硬そうな筋肉が程よく付いたルイの二の腕には、悪魔を連想させる紋章のようなタトゥーが英字の文字に囲まれて彫られていた。
 ぼんやりとそれを眺めていると、ルイの肩のすぐ後ろ辺りに、リオがつけたらしき爪の痕がしっかりと残っていることに気付いた。続いて自分の体を見下ろすと、やはり何も身に着けていなかった。昨夜リビングのジュータンの上でルイと絡み合い、そのまま今いる寝室のベッドに運ばれて一晩中ルイにその身を愛されたのだ。
 
(ついに、ルイと・・・・・。)

 頭の中でその事実をぐるぐると回転させながら、リオは裸のままバスルームに向かった。
 洗面所にある鏡に自分の姿を映し出すと、リオの白い肌にも昨夜ルイに付けられた痕跡が薄く模様を作っていた。

(これが、生まれ変わったあたし・・・・・。)

 リオは、鏡に映るその生々しい赤い濃淡を呆然と眺めた。首筋に四ヶ所、胸に六ヶ所、腹部に二ヶ所、その他背中や内腿にもある。余りの数の多さに途中でリオは面倒になって数えるのをやめた。
 思い起こせば雪の降る夜、酔ったルイに無理矢理ベッドに押し倒されて、同じものを付けられたこともあった。あの時は、途中で怜が止めてくれたお陰で大事に至らなかったが、結局こういう結果になろうとは、その時のリオは微塵みじんも想像していなかった。
 そこでリオは、つい昨夜の出来事をありありと思い出してしまい、立っていられなくなりその場にしゃがみ込んだ。しばらくしてから頼りなく立ち上がり、バスルームに入った。

 リオがシャワーを浴び終えてバスタオルで体を拭いていると、突然ルイに背後から抱きすくめられた。
「おはよう。」
 ルイの寝起きの声が優しくリオの耳をかすめた。自分の身を包むルイの腕に手を添え、はにかみながらリオが応える。
「おは・・・よう・・・。良く・・・眠れた?」
「・・・うん。何か腰、いてぇけど・・・。」
「・・・・・・・・・・。」

 病み上がりであんなに無理するから・・・とリオは思ったが、それを口にすることはできなかった。恥ずかしさでルイの顔をまともに見られない。ルイの体温を感じてまた落ち着かなくなり、リオはつい下を向いた。すると、後ろから頬を擦り寄せるようにしてルイがキスをしてきた。せっかく頭が冴えてきたところで、またリオはのぼせてしまう。
「オレも、浴びる。」
 優しくリオに笑いかけ、頬にもキスをおまけしてからルイは一人でバスルームに入っていった。

 リビングに戻ると、リオは持ってきたワインレッドのジーパンと黒いカットソーを着た。そして、カバンから携帯を取り出すと急いで母の理沙にメールを送った。いつも土曜日のこの時間は家にいて、昼前に帰ってくる理沙を出迎えるのが習慣だった。だが、今日はとても間に合わない。
『 今日は朝早く友達から電話があって遊びに行ってます。昼すぎに一回戻るね。それからまた沢村先輩んちに勉強しに行く。』
 こんなうそで大丈夫だろうかとリオが考えこんでいると、タオルを腰に巻いたルイがバスルームから出てきた。

「オレのメール、読んだ?」
「・・・・・えっ?」
 見ると、つい十五分ほど前にルイから送信されたものが履歴に載っていた。急いで開こうとすると、
「ちょっと待った。」
 ルイが携帯を奪い取る。どうやらディスプレーに出た『 ルイ 』という表示が気になったらしい。
「これ、何か簡単すぎないか?」
 ルイはすぐにピッピと音を出しながらアドレス帳を書き換えると、リオの目の前に突きつけた。
「これ、オレの名前。・・・って知ってた?」
 見ると、ま行のページに、「みなもと 瑠偉るい」と登録されていた。
「・・・・・ルイって、本名だったの・・・・・?」
「・・・げっ、マジ知らなかったの?・・・ひっでぇー・・・・・。」
 瑠偉るいが笑う。そして、
「もう、彼女なんだから、覚えろよ。」
 そう言われて、「彼女」という響きに妙に照れてしまい、それを隠すためにリオは瑠偉るいから届いていたメールを開いてみた。読んでみて、言葉を失う。

『 リオがエロすぎてマジぶっ飛んだ〜 』
「・・・・・・・・・・。」
「見た?」
 ルイが背後から携帯を覗きこんで悪戯っぽく笑った。
瑠偉るいだってそーじゃんっ!」
 リオが赤くなりながら瑠偉に詰め寄る。両手でどんと瑠偉をソファーに突き飛ばすと、瑠偉るいはリオの腕を掴み取り、二人は一緒に重なりながら黒いソファーに倒れ込んだ。
「でも、マジすっげぇーかわいかった。ヤバすぎた・・・。」
 瑠偉が笑いながら言った。リオが耐えられずに瑠偉の胸に顔を埋めようとすると、瑠偉の手に促がされ、そのまま二人はキスを交わした。

「このあとの予定は?」
 瑠偉るいがリオの髪を指できながら聞いてきた。
「うんとね、れいのとこで勉強。」
「・・・・・何、それ。」
「う?最近、怜にいつも勉強みてもらってるの。成績下がっちゃったから。リオ、ちゃんとやらないと最悪ママにバンドやめろって言われちゃうんだ。」
「・・・・・・・・・・。」
 瑠偉は一瞬不満げな顔をしてから、すぐにリオの顔を手で引き寄せた。
「・・・んっ・・・。」
 再び重なった唇の間から、リオが吐息混じりの声を漏らした。キスをしながら、カットソーの中に滑り込んだ瑠偉の手がリオの胸を下から揉みしだいている。リオが瑠偉るいの体にかぶさったまま、口を離して無意識に顔を天井に向けた。瑠偉はリオの伸びた首筋を下から見上げながら、両手を動かし続ける。

瑠偉るい・・・・・、ダメ・・・・・。」
 硬くなった胸の先端を親指の腹で擦られ、リオが目を閉じて熱い息を漏らす。
「リオ・・・・・、お前って後を引くね・・・・・。」
 瑠偉るいは起き上がると、呆けた顔をしたリオの体をソファーに寄りかからせた。そして、今穿いたばかりのリオのジーパンのボタンを外そうとした。驚いたリオが瑠偉の手首を掴んだ。
「瑠偉っ・・・・・、ダメだよ。リオ、もう行かなきゃ・・・・・。」
「・・・・・今日はやめとけよ・・・・・。」
 構わず瑠偉は、ジーパンを強引に引き抜いた。瑠偉はリオの言う事など聞いていないかのように、淡々と事を運んでいく。

「ダメだよっ・・・。だって怜と約束しちゃってあるんだもん。・・・・・・・・・ぁあっ・・・。」
 そのあとは、リオの神経は意に反して瑠偉の舌の動きに集中してしまい、言葉にならない声しか出す事ができなかった。
「ほら・・・、リオもこのままじゃ、収拾つかないだろ?」
 ぶるぶると足を痙攣させるリオを見上げ、瑠偉は口だけで勝ち誇ったような笑いを浮かべた。
「そんなに早く帰れると思った?・・・・・・・・・・甘いんだよ・・・・・・。」
 瑠偉は言葉を発しているときも、しきりに指を動かしてリオの意識を他に逸らせることをさせない。瑠偉の声を遠くに聞きながら、リオは苦しげな声を漏らし続ける。
「せっかく休みなんだし、ヤリまくろうぜ?」
 そう言うと瑠偉は、ウインクをしながら上唇を舐めるように斜めに舌を出してみせた。そんな瑠偉を見せ付けられると、リオは何も言えなくなってしまう。リオにしてみれば、昨夜十分に「ヤリまくった」と思うのだが。

「オレの女になるって、そういうこと・・・・・。お前が悪いんだぞ。全身でオレを誘うから・・・・・。」
 瑠偉の言い方は、まるでリオに釘を刺そうとするかのようだった。
 
 結局、その後さんざん瑠偉に体をもてあそばれた挙句あげく、抗議の末にリオは、一時間後に瑠偉の拘束からどうにか解放された。車で送っていくと言う瑠偉に、「時間が無いから」と言って逃げるようにして瑠偉のマンションを出た。

 帰り際リオは、「面倒だから今度からジーパンじゃなくてミニスカートにしろ」と瑠偉に言われた。「持っていないのなら作ってやる」とも言われた。
 瑠偉のデザインしたスカートなど、リオにとってはほとんど穿いていないに等しい。短いパンツならよく穿くが、スカートとなると条件は違ってくる。リオにはあまりにも重たい課題だった。

 さらに、やっと増やした体重のほうも、この調子だとカロリーの消費に追いつきそうもない。これも、「オレの女になる」ということのさだめなのだろうか・・・。
 瑠偉は、いかにもロック系のヴォーカリストらしく、怜同様、骨だけはしっかりと張っているが肉は少ない。その風貌から体力はあまり無いように見えるのだが、リオが思っていたよりも瑠偉はある方面においては、すこぶるタフな男だった。

 思えば、昨夜からリオと瑠偉のやり取りの間で、バンドや音楽の話は全く無かった。CDすらかけない音の無い空間の中、二人で抱き合うことだけで身も心も十分に満たされてしまった。

 電車に揺られながら、リオはふやけた顔でホゥと溜息を付くとカレンにメールを打った。

『 あたしルイの彼女になった。ルイ好みのエロい女になれるように今日から修行に励むね。修行はなかなか厳しそうだよ。 』

 送信すると、悲鳴を上げている腰に手を当てながらよたよたと家路を急いだ。


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