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57・・・お見舞い
 ある日の放課後、リオはカレンとランジェリーショップの中にいた。
 背負っていたギターとエフェクターケースを店の隅に置くと、リオはふうと溜息を吐いて首を傾げながら肩を揉み解した。その横では、大きな荷物を持たないカレンも便乗して自分の肩を揉んでいる。

「カレンくらい胸が大きいと、やっぱ肩こるんだね。」
 リオのコメントに、カレンが少し照れながら応える。
「何か・・・・・、また大きくなっちゃったみたいなんだ・・・・・。」
 リオが思わずカレンの胸を凝視する。Fカップのカレンの胸が大きくなったということはGになったということか。
「いーっ!!何でー?!」
「・・・・・・な、何でも・・・・・。」
 カレンが赤面している。リオにはその意味はよく分からない。

「・・・実はあたしも、ちょっと大きくなっちゃったみたいなんだ・・・・・。」
 リオが自分の胸を両手で掴みながら言った。
「そーなの?・・・・・ってリオ、その手やめて。恥ずかしいよっ。」
 カレンが辺りを見回す。リオは聞いていないのか、自分の胸を見下ろしながら、構わず二つのふくらみを真ん中に寄せながら続ける。
「体重も4キロくらい増えたしー。」
「マジー?やったじゃんっ。そーいえば何か、リオの体形まともになったかんじ。」
「・・・・・・・・・・。」
 思わずカレンをじっと見る。じゃあ、今まではまともじゃなかったのか、と初めてリオは悟った。
 何はともあれ、新しいサイズの下着を上下リオは五セット、カレンは六セットづつ買って帰った。別に上下セットでなくてもいいはずなのだが・・・。女をやるにも何かとお金がかかる。

 最近、リオのところにルイからメールが来ない。三日かけて三回送ったのだが返事が無い。
「どうしたんだろ、ルイ。連絡とれないよ?怜は知らない?」
 学校帰りの夕方、リオが怜の部屋で勉強を教えてもらいながら怜に問いかけると、怜はどうでもよさそうに頬杖をつきながら、いくつかのケースを上げた。

「その一、体調が悪くて寝込んでる。その二、携帯忘れてどっか旅行に行ってる。その三、女のところに入り浸ってそれどころじゃない・・・・・。」
 言い終えて、怜は横目でちらりとリオの反応を窺った。すると、下を向いてペンを走らせていたリオの手の動きが静止した。顔を上げずにリオが小さな声で呟く。

「・・・・・今までも・・・・・そういう事あったの・・・・・?」
「・・・・・何が?」
「だから・・・・・、その一からその三まで・・・・・。」
「ああ。そーだなっ。体調悪いとアイツ、音信不通になって独りで家にこもるし。携帯も無くしたことあったし。・・・・・とにかく、気分でふらっとどっかいなくなるときもあるぜ?」

 怜はリオの一番聞きたそうな、その三の解説をあえて避けた。怜の言い方は、なぜか捨て鉢な響きを帯びてリオには聞こえる。

「もし体調悪いんだったら、行ってあげないと・・・・・。かわいそうだよ・・・・・。独り暮らしなんだし・・・・・。」
 自信無さげにそう言うリオに、怜の胸が少し痛んだ。リオの心の奥で小さな不安が息づいてるのが分かる。怜は急に柔らかい口調になって言い直した。

「・・・・・そうだな。具合悪いのかもな。・・・・・女のとこじゃねーよ、きっと。」
 リオの顔にぱっと明かりがついた。目を輝かして言う。
「そうだよね。リオ、電話してみるっ。」
「ああ・・・・・。してみろよ。」
 怜はそう言うとリオに優しい笑みを送った。虚しい風が吹く胸の内を気取られないように。

『・・・・・リオ・・・・・?』
 十五分おきに間を空けて三回電話した後、十回コールでやっとルイの声が聞こえた。異常に擦れた声で。
「ルイ?どうしたの?何でメールくれないの?」

 ルイの話では三日ほど前から高熱が出て、喉の調子も悪いのだという。リオがルイのところに行くと言うと、ルイは頑なにそれを拒んだ。「体調が悪いし何もできないから」と。
「やだっ。行くっ。」
『だから、・・・・・来るなって・・・・・。』
「絶対行くっ。鍵開けてよねっ。」
 リオはそのまま電話を切った。一緒に行かないかと怜を誘ったが、怜は「見舞いならリオ一人のほうがいい」と断った。リオは早々に怜の家を後にして駆け出した。そんなリオの後姿を、怜は感情を押し殺すように努めて見送った。

 ルイのマンションに着いてリオがインターフォンを押すと、しばらく待ってからやっと応答があった。迷惑そうな声色で、仕方なしという感じにルイはロックを解除した。
 リオが勝手に玄関の扉を開けると、下半身に黒いスウェットだけという姿のルイが、寝ぼけたような顔で頼りなく立っていた。

「な、なんで上、裸なの?」
「今、シャワー浴びた。」
「なんで?熱あるんじゃないの?」
「だって・・・、リオが来るのに汚ねーとヤダし。」
「・・・はぁ?病気なんだから、汚くて当然じゃんっ。熱上がったらどーすんのっ。」
「・・・知らねーよ。・・・だから来んなって言ったのに・・・。」
 そう言うルイは、体調が悪いせいか露骨に不機嫌そうに見えた。リオは頬を膨らませて言う。
「病気のときに見栄張ってどうすんだよっ。人間なんだから綺麗じゃないときだってあるよっ。ルイのバカ!!」
「・・・・・何なんだよ・・・・・ったく・・・・・。」
 ルイはそう言うと頭を抱えながら壁に寄りかかり、そのままずるずると滑るように床に崩れ落ちた。

「ルイ・・・・・?」
 リオが慌てて駆け寄ると、座り込んだルイはぐったりと首を曲げて目を閉じていた。急いで額に手をやる。
(熱い・・・・・。)
 ルイが、折り曲げた体から苦しげな声を出して呻く。
「声が・・・・・、出ねぇんだよ・・・・・。」

 どうやらルイの気を苛立たせているのはこの理由のようだ。リオはルイの腕を引っ張り上げると、そのまま背負うようにしてその体を支えながらベッドまで運んだ。仰向けに寝かせ、布団をかけてやる。そして、優しい目でルイを見下ろしながら、子供をあやすように言葉を落とした。
「大丈夫。声は風邪がよくなればちゃんと出るようになるよ・・・・・。」

 Tシャツを着せてからリオが体温計を探していると、そんなものは無いとルイは言う。仕方なく濡らしたタオルを用意して額に乗せた。
「薬、飲んだ?」
「・・・飲んでない。」
「何か、食べた?」
「別に・・・。」
「いつから?」
「・・・昨日の朝、パン一個食ったっきり・・・」
「・・・それじゃ治るもんも治んないよっ。」
 リオは、買って来たゼリー飲料と風邪薬を嫌がるルイに無理矢理飲ませると、キッチンに入り買い物袋を開いた。

「おかゆとおじや、どっちがいい?」
「・・・おじやって何?」
「え、知らない?・・・和風のリゾットみたいなやつ。」
「・・・じゃあ、それ。」

 おじやの準備をすると、「何も飲んでない」というルイに、またしてもリオは強引にスポーツドリンクを大量に飲ませた。
 リオがルイに掛け布団を掛けながら、にっこりと笑いかけながら言う。
「いっぱい水分とると、熱下がりやすいんだよ?薬もそのうち効いてくるよ。ちょっと寝てて。おじやが煮えるまで。」
「うん・・・・・。」
 虚ろな目でリオを見上げながら、ルイはやっと少し余裕が出たような表情を見せた。ルイが目を閉じて寝息を立て始めると、リオは立ち上がって足元にちらかったゴミなどを拾い始めた。窓を少し開けて空気を入れ替える。
 
 一息ついたリオは、ルイのベッドの脇に膝をついてその寝顔を眺めた。額に浮いた汗をハンカチで拭いてやる。リオがほの暗い電球の下でルイの寝顔を見ていると、ルイの熱がリオに伝染したように、胸の奥からじんじんと温まっていく感覚を覚えた。

 気がつくとリオは、僅かに開いたルイの唇に無意識に自分の唇をあてていた。
 リオが目を開けると、半分開いたルイの瞳に自分の姿が映っていた。現実に引き戻され、リオの襟足が一気に加熱した。 

「・・・・・ごめん。起こしちゃった?」
 急いで口を離して、何もなかったかのような振りをしてリオが言った。ルイは、まどろんでいるような目で黙ってリオを見ている。
「おじや・・・・・、できてるよ。食べる・・・・・?」
「・・・・・うん。」
 
 角切りにした大根とかぼちゃ、ワカメをだし汁で煮たおじやを、リオは冷ましてからスプーンの先ですくってルイの口に持っていった。
「・・・・・自分で食えるよ。」
 ルイがバツの悪そうな顔をして顎を引いた。
「何で?熱があるときは食べさしてもらうのがフツーだよ?」
「・・・・・え・・・・・?」
「リオもママによくこうしてもらったもん。・・・・・はい、口開けてー、ア〜ン・・・・・。」
 ルイは目の前のスプーンとリオの顔を目だけ動かして見比べていたが、少したつと、観念したように小さく口を開けた。

 ルイの形のいい口におじやが入るのを見届けると、リオの体に得体の知れない喜びがムクムクと頭をもたげた。
「リオ、今日は思いっきりママしてる〜。」
 自己満足に浸りきっているリオが満面の笑みを浮かべて言うと、ルイもようやく表情を和ませた。

「うまい・・・・・。」
「・・・本当?・・・やったー。いっぱい食べて。はい、ア〜ン。」
 リオは楽しそうに、次々とルイの口にスプーンを運ぶ。ルイは促がされるままに口を開け、それを自動的に胃に流し込んだ。
 しばらくすると、ルイの口に向けたリオのスプーンが動きを止めた。

「・・・・・ルイ・・・・・?」

 リオの視線の先には、ぼんやりと開けた目から涙を落とし、頬を濡らすルイの姿があった。ルイは微動だにせずにどこかを見つめ、長いまつ毛の間から静かに涙を流し続ける。
 
「・・・・・どしたの・・・・・ルイ・・・・・。」
 戸惑いを隠せずにリオがルイに顔を近づけると、ルイは濡れた目をぎゅっと絞るようにしてうな垂れた。長い髪がはらりと落ち、顔が見えなくなった。

「分かんねー・・・・・。」
 ルイは、かさかさに乾いた声で小さく呟く。

「分かんねーよ・・・・・・・・・・。ほんと、お前といると調子狂うよ・・・・・。ダッセーよ・・・・・。ちょーダッセー・・・・・。」

 そう言ってルイは、咳でもしたような声にならない声で一瞬笑うと、手の甲で涙を拭った。
「ルイ・・・・・。」
 リオは手に持っていたものを全て下に置くと、ルイの横たわるセミダブルのベッドに自分も乗り込んだ。そして、少し体を起こしたルイの横に寄り添うようにして、ルイの頭を自分の胸に抱き寄せた。

 ルイは動揺しながらも、促がされるままにその柔らかい丘に頬を寄せた。リオの手がそっとルイの頭を包み込む。

「ダサくないよ・・・・・。ルイはいつだって綺麗でカッコイイよ・・・・・。」

 リオが微笑みながらそう言うと、ルイは眠りにつくように静かに目を閉じた。リオが言葉を継ぐ。
「リオがついてるからね。心配なしだよ・・・・・。」
 リオの声は至って穏やかだ。
 ルイは目を閉じたまま言う。

「でも、リオの心臓・・・、バクバク。」

「・・・・・・・・・・。」

「オレのほうも、ヤベーよ・・・・・。このままじゃ、熱、また上がりそう・・・・・。」
 それを聞いて、急いで離れようとしたリオのブラウスの腕を、ルイがとっさに掴んで言った。
「もうちょっと、このままで・・・・・。」
 リオの動きが止まった。ルイは、再びリオの胸に顔を埋めると、くつろぐように小さく長い深呼吸をした。 
「リオ・・・・・。」
「・・・・・ん?」 
 ルイが身を起こしてじっとリオを見上げながら言う。

「今日はずっと・・・ここにいてよ・・・・・。いるだけ、でいいから・・・・・。」
 
 綺麗な瞳を甘えるように潤ませるルイの姿に、思わずリオはまたキスをしてしまいそうになる。ルイのそんな顔を見たのは初めてだ。
 
「最初は『来るな』って言ってたよねー・・・・・。」

 リオの意地悪な言動に、ルイが素直にたじろぐ。

「ごめん・・・・・。」

 しょんぼりとしおれたように呟くルイを見て、リオの胸にひしひしと愛しさが込み上げる。本当はそんなこと、どうでもいい。
 
「・・・・・いいよ・・・・・。」

 返事は初めから用意されていた。
 
 ルイは笑いながらリオの胸に顔を擦り付けて、頭を何度か左右に振った。まるで、愛らしいペットが主人にまとわりつくように。

「あ、あんまり、動いちゃだめだよ・・・・・。」

 リオが焦って少し仰け反ると、ルイは胸に張り付いたまま追いかける。そして、溜息混じりに小さく漏らした。

「・・・・・だって、気持ちイイんだもん・・・・・。」
 
 もう夜も九時を回っていた。ルイが眠りにつくのを見届けると、リオはルイを起こさないように気をつけながらベッドを離れた。そしてカバンから携帯を取り出すと、母の理沙にメールを送った。

『今日はカレンのうちに泊まります 明日はそのまま学校に行くね』
いつも長い話にお付き合いいただきありがとうございます。どんな方が読んでくれているのかなといつも気になってます。できればメッセージなどいただけるとうれしいです。


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