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54・・・ルイの告白
「オレだけど、今、家?」
「ああ。」
「今からそっち行ってもいい?」
「ああ、いいよ。」
「んじゃ、今から出るから。」
  ルイからの電話だった。最近のルイにしては珍しいと思いながら、怜は携帯の電源を切った。
 怜はたった今バイトを終えて、アパートに帰宅したところだった。正直なところ、さきほど優弥の姿を見て、いささか心持ちが悪くなったところで今度はルイか・・・・・。と複雑な気持ちになる。
 ルイが遊び来るのは友達として純粋に嬉しい。久々にゆっくり飲みながら話が出来たら楽しいだろう・・・。
 だが、今の怜はルイとリオの二人の関係の事が気になって、それが頭からどうしても離れない。状況が分からないだけに、常にもやもやとすっきりしない思いを引きずったままだ。そんな状態で、ルイに今まで通りの対応をする自信は無いような気がする。いっそ思い切ってルイに問い詰めてしまおうか。そして、もう一度相手を考えろと釘を刺してみようか・・・・・。そんな事を思案しながら、怜はエロックスの香水を胸元にスプレーした。と、同時にインターホンが鳴った。
「空いてるよ。」
 怜が声を張り上げるとすぐに玄関の扉が開いて、コンビニの袋をげたルイが顔を出した。
「おっ、また色変えたな。」
 ルイが怜の頭を見て開口一番に言った。
「お前もじゃん。何か、前よか地味じゃねーか?」
「そーか?・・・・・・・・・・うっ・・・・・すっげー匂い・・・・・。」
 ルイが手の甲を鼻の下に当てた。
「・・・・・ああ、わりい。今これ、付けたばっかだから。匂い移るかも。」
 怜はエロックスの瓶をルイの前にかざして見せた。するとルイは、何か考えるようにどこかに視線向けると、独り言のように呟いた。
「匂い・・・・・移るよな。密室に一緒にいれば、それだけで・・・・・。」
「・・・・・あぁ?あー、そうだな。空気に舞ってるから。・・・・・って何、これからどっか行くの?」
「・・・・・いや。何となく聞いただけ。何の問題も無し。・・・・・・・・・・上がるぜっ。」
 ルイは急に元気を取り戻したように玄関にブーツを脱ぎ捨てた。

「何、今日はどうした?急に・・・まあ、お前が来るときはいつも急だけど。」
「・・・・・うん?別にー。ただ何となく、久々に怜と二人で話したくてさ・・・・・。」
 ルイはコンビニで買って来たイカのくんせいなどのつまみをテーブルに置くと、怜に向かって缶ビールを差し出した。プルタブをはじいて乾杯のポーズを取り、ほろ苦い泡を吸い込む。
 二人はテーブルを挟んでしばらく、前回のライブの時の対バンの噂話や最近聴いたCDの感想など、他愛も無い話しでいつものように盛り上がった。

  一時間くらいして互いに少し酔いが回ってきた頃、話が途切れてほんの少しの間が空いた。それをきっかけに、ルイが少し躊躇とまどいながら、でも意を決したように切り出した。
「リオの事なんだけどさ・・・・・。」
 その一言を聞いただけで、怜は今夜ルイがここに来た理由がそれだと直観した。そして、それは怜が聞きたくない話だという悪い予感も。
「・・・・・何?」
 怜は心の乱れを悟られないように、さりげなくつまみのピーナッツを口に入れた。ルイは、そんな怜に何の違和感も感じる風でもなく、少し俯き加減で手に持ったビールの缶に目をやりながら、
「アイツってさ、変なヤツだよな。」
「・・・・・変?」
「そう。・・・何かさー、言ってる事とやってる事が伴わないっつーか・・・・・。見た目と中身が違うってゆーか・・・・・。」
「ああ・・・・・。」
 怜が秘かに安堵する。嫌な予感は自分の考え過ぎだったか。
「実は甘ったれだしな。」
 怜が言うと、
「そうそう。ガキもいいとこ・・・・・。ギター弾いてる時はかっこいいのに。」
「ああ・・・。」
  そこで二人は何か思い出すように、互いを見ながら含み笑いをした。
「でもさ。」
 髪をかき上げながら、ルイがチェリーに火をつける。
「アイツといると、何か癒されるんだよなー・・・・・。」
「・・・・・え・・・・・?」
 思わず怜がルイを見る。ルイは上を向いてもくもくと口から煙を吐きながら、何だか夢でも見るような面持ちで続ける。
「一緒にいると、楽しいってゆーのもあるし・・・・・、おもしろいってゆーのもあるし・・・・・、何かこう、・・・・・ペット感覚・・・?」
「・・・・・・・・・・ペット?」

 思ったより無難に締めたルイのコメントに、怜の胸に漂い始めていた不安の影は徐々に消え失せた。怜が笑いながら答える。
「ペットか・・・。確かに。・・・アイツはさぁ、ライブの時は人が変わるし、一見イイ女と思わせておいて、実はただの甘ったれのガキなんだよな。だから、そこに騙されちゃーこっちがバカを見るぜ・・・?」
 実際、怜は、高校時代にそれで騙されたあげくリオを押し倒してしまった。リオとしては騙した覚えもないのだが。
「・・・・・分かんねぇーじゃん。」
 ルイが独り言のように呟く。
「・・・・・あ?」
「イイ女かどうかは、喰ってみねぇーと分かんねぇーじゃん。」
「・・・・・お前さ・・・・・。」
 怜が苦虫を噛み潰したようになって言った。
「そういうの、アイツにはやめとけって言っただろっ?相手が違うって・・・・・。」
 急に火がついたようになった怜を制すように、慌ててルイが平手をかざしながら言い添える。
「・・・だからっ、他の女みたいに喰ったりしねーよっ。・・・・・・・・・・アイツは別。」
「別・・・・・?」
 怜の表情には苛立ちが残ったままだ。そんな怜の反応に動じる事も無く、ルイは少し赤くなりながら怜から目を逸らして、
「だから・・・、怜としては・・・・・、愛があれば、許されるんだろ・・・・・?」
「・・・・・愛・・・・・?」
 あっけにとられている怜を正視できないまま、ルイは照れ隠しのように残ったビールを一気に飲み干した。
 怜がルイの顔を穴が空くほど見つめる。そして、真っ白になった頭で、怜はやっとの事で言葉を見つけ出した。
「お前の愛って・・・・・、どんな愛・・・・・?」
「・・・・・何だよそれっ・・・・・。愛は愛だろ。」
 ルイはいくらか食って掛かかるようにそう言うと、煙草の煙をぼーっと吐き出してから虚ろな目をして呟いた。
「マジだって・・・事。」
「・・・・・・・・・・。」
 ルイはまた新しいビールの缶を開け、急いで喉を鳴らして飲み込んだ。まるで、酔いが醒めるのを恐れるかのように。
「・・・・・こんなの初めてだから、どうしていいか分かんねぇー。・・・・・だから、余計に喰えねぇんだよ・・・・・。一度しくじってるし。」
「・・・・・あれはしょうがないだろ。」
「あぁ。分かってるよ・・・・・。」
 ルイは俯いて一瞬笑うと、すぐに深い溜息をついた。その表情は切なげだが、何だか幸せそうにも見える。ルイは地べたに座ったまま両腕を後ろに伸ばして手を付き、ゆったりと天井を仰いだ。ルイの物憂げな表情が、妙に哀愁を感じさせる。

 怜は瞬きもせず、そんなルイをただ見つめる事しか出来なかった。酔っているとはいえ、ルイの口から愛などという大そうな言葉を聞くとは。しかも、恥らっているルイの姿というのも、今夜怜は始めて見た。

 いつもルイが書いているBloody Dollsの曲の歌詞は、ロックにありがちな、愛の無い男女の肉体関係を楽しむだけのきわどい内容のものが多い。たまに愛が出てきたかと思うと、それは全て恋愛小説の受け売りで、ルイ自身の精神世界から生まれたものでは無い。実際怜がそれを読んで見ても、確かにそれは形ばかりで空虚なものに感じる。
 そんな愛がよく分からないルイが、リオに対しては別で、そこに本当の愛があるとでもいいたいのか。怜は思わず笑いたくなった。

「・・・・・リオに、言ったのか?お前の気持ち。」
 聞きたくも無い事を、わざわざ関係の無い第三者の振りをして聞いてしまう。するとルイは、自嘲気味にふっと笑ってから、
「言ってない。・・・・・何か・・・・・言えない・・・・・・・・・・。でも、この前、結構イイ感じにはなった・・・・・。」 
 そこまで聞いて、もはや怜は返す言葉を全て無くした。やはり心にも無い余計な質問をしたのがいけなかったのか。
 怜は急いで手に持っていたビールを飲み干すと、すぐに次の缶のプルタブを開け、それも一気に口に流し込んだ。もう、しらふでいるのは辛すぎた。この現実をどこかに放り投げてしまいたい。

「この前のうちらのライブでも観ようか。」
 怜は立ち上がってDVDのスイッチを入れた。すぐに画面いっぱいにステージ全体を捉えた映像が映し出された。ステージの右側で、メンバーの中で一番小柄なリオが、他のメンバーに負けじと激しいアクションでギターを弾いている。
「かっけぇーなー・・・・・、リオ・・・・・。」
 足を抱えてぼんやりと画面を見ているルイの横顔を、怜は何ともいえない思いで見つめた。カラーコンタクトを入れたルイのグレーの瞳には、リオの姿しか映っていないようだ。

「・・・・・オレ、ちょっと自販機行ってビール買ってくる。」
 怜は財布を掴むと、どかどかとせわしなく玄関に向かった。まだビールは二本残っていた。
「わりぃな・・・」
 テレビの画面を見ながらルイがぼそっと言った。

 暗い住宅街をサンダルを引きずりながら、怜は独りゾンビが徘徊するように歩いた。

(カンベンしてくれよ・・・・・。冗談だって言えよ・・・・・。何でオレにそんな事言う?)

 これが夢だと思いたい。聞かなかった事にしたい。
 自販機に辿り着き、硬貨を入れ、ボタンを押す。がたんとビールが落ちてきたが、そのまま次の行動に移せない。

(リオは・・・・・?・・・ルイが好きなのか・・・・・?・・・オレよかルイがいいのか・・・・・?・・・どうなんだ・・・・・?)

 怜は、ゴンっと自販機に自分の頭を打ち付けてから、ついでに握った拳も打ち付けた。そしてそのままの状態で、しばらくずっと動かずにいた。


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