51・・・公園で
「リオ・・・・・?」
「・・・・・ん?」
「手ならいい・・・・・?」
「何が・・・・・?」
「・・・・・キス。」
「・・・・・もうしたじゃん。」
「だから、怒ってないかって事。」
「・・・・・うん。」
「・・・・・じゃあ、別の場所は?」
「・・・・・・・・・・。」
リオが返事に困っていると、薄く目を開けたルイがリオの方を見た。モノクロ映画のような薄暗がりの中で目が合う。
ルイが視線を外さないままゆっくりと起き上がった。そして、リオの白い頬に自分の鼻を付けながら、低い擦れ声で言った。
「この前みたいに・・・、口にしたいな・・・・・キス・・・・・。」
ルイが言っているのは、酒に酔った勢いでしてしまったキスの事だろう。反射的に、リオの頬は上気した。これは、ルイの得意技なのだとリオは思う。ルイにこんな風に迫られたら、誰だって痺れて動けなくなってしまうだろう。ルイの放つ妖気は気体の媚薬のようだ。
リオが、おずおずと返事する。
「軽いやつ・・・・・、だったら・・・・・。」
「・・・・・・・・いい?」
リオがカクンと頷いた。
ルイの指が、リオの髪の毛を挟みながら頬に添えられた。リオはその温もりを確かめるように、ルイの手首を柔らかく掴んだ。
二人の唇が静かに触れ合った。リオの空いている方の手が、ルイの腕を纏う黒い光沢のあるシャツをぎゅっと掴んだ。その手が僅かに震えていた。
すぐに口を離して、ルイがリオの顔を覗き込んだ。
「どした・・・、緊張してんの・・・・・?」
リオは目を瞑って硬直している。
「・・・・・怖い・・・・・。」
「怖い・・・・・?」
ルイが不思議そうに首を傾けて問う。
「何が、怖い・・・・・?オレ・・・・・?」
リオが左右に首を振る。そして、言葉を探すようにどこか一点を見つめてから、小さく呟いた。
「ルイと・・・・・こんな事する事が・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
ルイは無言のまま、リオの体を柔らかく抱き寄せた。リオの髪の匂いを嗅ぎながら、ルイが言う。
「何も考えんなよ・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「オレはリオとキスしたい。リオもイヤじゃないんなら、それでいいじゃん。それ以上何も余計な事、考えんな。」
リオは戸惑いを隠せずにルイを見た。どう返していいのか分からない。
再び、黒い影がリオの視界を覆っていった。ルイの吐息にまみれた粘膜が、柔らかく、優しく、リオの唇に押し付けられる。心地良い感覚に酔いしれながら、リオは無意識に目を閉じた。
ルイは、ゆっくりとその感触を確かめるように、リオの唇を滑らかに包み込む事を繰り返す。そして一度口を離すと、リオの上唇をぺろっと横に舐めた。
思わずリオの体がぴくんと振動し、慌てて逃げるように顔を背けた。その顔をすぐにルイの手が追いかける。
「頭、空っぽにしてやる・・・・・。」
ルイは、片手でリオの顎を挟んで自分の方へ向かせると、猛烈な勢いでリオの唇に吸い付いて来た。長い舌を入り込ませ、火照ったリオの咥内を激しくかき回す。
「んっ・・・んんーっ・・・・・。」
思わずリオの塞がれた口から苦しげな声が漏れた。ルイの手が、自分の胸を押し退けようとするリオの手首をぐっと掴んで動きを封じる。
リオは狭い小屋の中のコーナーに追い込まれて、怒涛のごとく押し寄せるキスの波に、ただ身を任せるしかなかった。
「ん・・・・・ん・・・・・。」
容赦なく続くルイの攻めに観念したように、次第にリオはルイに応え始めた。観念、というよりは、自然と体が反応してそれを受け容れてしまった。狭い空間の中で二人の息がむやみに乱れていく。
リオの体からすっかり力が抜けたのを確認すると、ルイはやっと唇を離した。水分を失った植物のように、リオの体がくたっとしな垂れた。ルイはリオの体を片腕で支えながら、リオの赤い唇を縁取った唾液を親指の腹でそっと拭った。
「リオ・・・・・・・・・・。」
目を閉じてぐったりしているリオを、ルイが気だるそうに覗き込む。
「溶けた・・・・・?」
ルイの目が笑っている。リオは複雑な思いで、熱に浮かされたような虚ろな目をルイに向けた。
「・・・・・ずるいよ・・・・・。」
リオのささやかな抗議に、ルイは口元にも満悦の色を見せながら、今度はリオの頬にキスをしながら楽しげに言った。
「いいじゃん、別に。」
「・・・・・・・・・・。」
リオは、意外なほど早く打つルイの心臓の音に耳を傾けながら、しがみ付いたルイの胸からいつまでも離れようとしなかった。
深夜近くになって、ルイの車はリオのマンションの前に辿り着いた。そこに着くまでに、リオとルイは何度キスを交わしたのか。ルイは信号で止まるたびに、リオの体にさりげなく触れながら唇を寄せてきた。別れ際、再びルイとキスを交わしたリオは、ふらついた足で頼りなげに車を降りた。
「じゃあ、またな。」
「うん・・・。」
ウインカーが点滅しルイの車が静かに発進すると、リオは腑抜けになった顔で突っ立ったままいつまでもそれを見送っていた。
バックミラーに映るリオの立ち尽くす姿を、ルイはハンドルを握ったままちらちらと見やった。
本当はこのままさらって行きたい・・・。でも、まだそれは早いような気がする。ルイの予定では、本当は今日もただ一緒に食事をして、ドライブでも出来ればそれで良かった。
今日、リオが怜と会う事は知っていた。だから、今夜リオと約束はしなかった。だが、リオが怜の部屋で二人きりになるという事実が、妙にルイを落ち着かせなくさせた。結局ルイは、しきりに煙草を吹かしながら、ひたすらリオの帰りを待つ羽目になった。そして、やっと戻って来たリオを安堵の思いで抱きしめると、リオの体からはいつもと違う匂いがした。それは、怜がいつも付けているエロックスの匂いだ。
・・・・・なぜ・・・・・?
その匂いは、ルイに一歩踏み込む事を強要させた。そうでもしないと、今夜は落ち着いて眠れそうもなかった。
ルイはポケットからチェリーを一本抜き出して火を点けた。そういえば、リオと一緒にいた時間は、不思議と吸いたいとは思わなかった。リオの顔を見るまでは、ひっきり無しに吸っていたのに。
ルイは、自分の腕の中で戸惑いながら縮こまっているリオを思い返した。そして、湿った息を漏らしながら絡ませてきたリオの舌の感触も・・・。
ルイは、切なさを訴える自分の胸に手を当てて、押し出すように深い溜息を吐いた。
ずっと中途半端に滞っていたリオとの関係に、今夜確かに大きな進展があったはずだ。よくここまでガマンしたものだと、思わずルイは自分を誇らしく思う。お陰で今夜のルイは、結局のところ眠れなくなりそうだった。
自宅に戻りシャワーを浴び終えたリオは、洗面台の前で自分の姿を鏡に映し出した。口に指を添え、ルイの唇を思い起こす。
優弥の唇とは違う感触。優弥のキスとは違うキス。ルイが言ったうように、リオは溶かされてしまった。それも、形をすっかり無くすほど。キスだけで変な声を出してしまった自分を今更ながら恥じる。リオは、すっかりルイの中に取り込まれた自分を実感した。けれど、何だか落ち着かない。自分の足が地に着いていないような気がする。果たして自分はこれでいいのか・・・・・。
何も考えるなとルイは言った。本能のままに振る舞え、という事だろうか。でも、リオはルイの大事な事を何も知らない。それは、一番リオが恐れている事・・・、他の女の存在だ。
ルイ自身も何も考えずに行動しているとしたら、それは、おそらくリオの求める恋愛にはならないだろう。また傷付くのが落ちだ。
(もう、傷付くのは、イヤだ。)
今日リオは、二人の男に抱きしめられた。一人は『身体測定』だと言ったが、リオを少々動揺させた事に代わりは無い。怜の奇怪行動の真意は、リオにはさっぱり検討も付かない。ふざけていたにしても、怜の反応はどこか不自然だった。
(やっぱ、ただの痴漢行為?)
リオの観察する限り、怜は付き合っている相手以外の女とその場限りの関係を持つ事はしていない。怜には今、ミカという特定の相手がいる。リオの入っていく隙間はかなり狭い。妹を演じる時だって、ミカの前ではかなりの気を使う。正直、ミカの存在を面倒に思う事もある。
そう思ったが、もうそんな事はどうでも良くなってしまった。今夜ルイと会って、リオの世界はルイで満たされてしまった。怜に抱きしめられたという記憶もどこか遠くに吹き飛んで行った。
今、リオの脳内はルイとの事で溢れかえっていた。
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