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 5・・・月光に包まれて
「明日うちに来ない?」
 週末、リオは優弥から自分の家に遊びに来ないかと誘われた。
 若葉がすっかり茂った五月晴れの午後、リオは昼食を済ませてからギターを抱え、優弥との待ち合わせ場所に向かった。

「掃除しといたから。」
 そう言う優弥が連れて行った先は、洗練されたデザインのかなり大きな家だった。庭も少しあり、駐車場スペースも三台ある。
「ここ?!」
「そう。」
「何人で住んでるの?」
「三人。」

 中に入ると、意外にも両親は不在だった。カーブを描いた幅の広い階段を上り二階の優弥の部屋に向かう。廊下なども観葉植物が飾られ、綺麗に掃除が行き届いている感じだった。
「広い!優弥っておぼっちゃまだったんだね!」
「いや・・・、一人っ子だからだよ。」

 優弥の部屋は、十五畳くらいのスペースにクローゼットが備え付けてあり、他にベットと机、グランドピアノとキーボード、ギターがあり、さらにオーディオシステムと大型のテレビまで揃っていた。地下には防音設備が施された部屋があり、そこにも他の楽器類が置いてあると優弥が言った。優弥の両親はクラッシック系の音楽関係の仕事をしているということだった。

「これで冷蔵庫があれば、ここだけで生活できちゃうね!」
 リオは少し興奮気味で言うと、優弥が軽く笑った。
 この清潔感・・・、リオは、ごちゃごちゃと物の散乱した自分の部屋を思い浮かべ複雑な思いにかられた。

 この日の優弥は、下は細いブラックジーンズ、上はボタンの付いた黒の無地のシャツというスタイルで、シャツの胸を大きくはだけて中にシルバーのチェーンを着けていた。リオも、下は黒いジーパンで上は白っぽい長袖Tシャツというお決まりのスタイルだ。リオは、普通の女の子が着るような、ひらひらとした可愛いものはまず着ることがない。
 普段着もライブのときの格好と大差なかったが、月に一回程度しか見られないので私服姿はお互いに新鮮だった。

「リオは制服姿のほうが女っぽいね。」
 優弥が笑いながら言った。
「そう、だから制服きらい。リボン付いてるし、ひらひらプリーツスカートだし。かっこよくないから女女おんなおんなしてるから。」
 リオは少し口を尖らせて不服そうに言う。
「まあね、女子の制服でロックすんのは難しいよなー。でもリオ、足かっこいいから出したほうがいいよ。」
 かっこいい・・・。
 かっこいいロック野朗になりたいリオとしては、かっこいいの趣旨がちょっと違うと分かりつつも、つい口元を歪めてしまうのだった。

 そのあと二人は、並んでベットに寄りかかりながら優弥が持っていたエアロスミスのライブDVDを観た。ヴォーカリストがマイクスタンドを両手で交互に持ち替えながら、細い体をくねくねと揺らして奇妙な踊りを踊っている。いくらか滑稽ともとれるその特有のアクションは、時を経ても燻る事無く今も尚健在だ。
「スティーブンタイラー、オジサンなのにかっこいい!」
「ロックだぜ!!」
 二人して頭を揺らしながらギターを弾いたり、傍にあったペットボトルをマイクにして歌ったりした。

「優弥、ピアノ弾いてよ。」
 DVDを見終えて一息ついたところでリオにそう言われ、優弥は自分の部屋にあったピアノのふたを開けた。
 リオがリクエストしたのはベートーヴェンの「月光」だった。しっとりと寂しいような、もの悲しいような、幻想的な調べが二人だけの空間に静かに流れた。

「これ、ちょっと前の俺の気持ちみたいだな・・・。」
 優弥が目だけを真っ直ぐ鍵盤に落としたまま微笑を浮かべて言った。
「何・・・?」
 膝を抱えたリオが優弥を見て首を傾げた。
「俺、ずっとリオに片思いしてたじゃん。この曲、ベートーヴェンが好きな人を想って書いた曲なんだって、知ってた?」
 優弥は感慨にふけるように言った。
「・・・そうなんだ・・・。」

 好きな人、片思い・・・・・。リオには優弥の言葉の一つ一つが今更ながら意外に響いた。優弥のそんな純粋な想いなど何も気付かなかった自分の鈍感さを、つくづく思い知らされたようだった。
「でも、結局ベートーヴェンは後で失恋しちゃうんだよ。そこが違うとこだな。俺は違うからっ。」
 少し神妙な顔になったリオに、優弥はいくらか快活に言った。
「うん・・・。」
 リオはしっかりと優弥を見据えたまま、柔らかく微笑んで相槌を打った。

 
 優弥は立ち上がるとピアノを離れリオのほうへ歩み寄った。そして再びリオの横に片膝を着いて座った。そして、リオの目を間近に見ながら真顔で言った。
「髪の毛触っていい?」 
「・・・・・へっ?」
「髪の毛、触らして。」
「・・・・・・・・・・。」
 突然の優弥の意外な要求に少し戸惑う。だが、リオは深く考えず一瞬の間のあとに「いいよ」と返事した。

「マジうれしいっ。ずっと触ってみたかったんだー・・・。」
 優弥は子供のように無邪気にはしゃぐ。やたらと嬉しそうだ。
 軽く指を開いた優弥の手が、リオの耳の下に差し込まれた。そして長い髪を軽く指に絡ませ、そのままスウと横にいた。
 もう一度・・・・・。
 飽きもせず、流れるように、優弥の手は何度もそれを繰り返す。リオは黙って優弥の顔を眺めていたが、しばらくするとそのあまりの心地よさに睡魔がやってきた。
「気持ちいい・・・。」
 かすれた声で小さく漏らすと、そのままリオは静かに目を閉じた。

 静寂の中、緩やかに時が流れる。

 優弥は目を閉じているリオの顔にゆっくりと自分の顔を近づけると、リオのこめかみの辺りに髪の上からやんわりと唇を当てた。
 シャンプーの匂いだろうか。微かに甘酸っぱいフルーツのような香りが鼻腔をかすめ、優弥は軽いめまいを覚えた。少し離れ、目を閉じた人形のような、リオの白く小さな顔にしばし見とれる。まつ毛がとてつもなく長い。ふっくらと丸い唇は微笑んでいるかのように見えた。
 いつもずっと遠くから、さりげなく見てきた大好きなリオの顔・・・。今、それがこんなに目の前に当たり前のようにある。

 優弥の体の奥底から、熱っぽいうずきが込み上げた。

 覗きこむように、再び優弥はリオの顔に自分を近づけて行った。そして心持ち口を開くと、活発に震える心臓を抑えながら、ためらいがちにリオの唇に自分のものを重ねた。
 ぴくりと一瞬、リオの頬が震えた。

(・・・・・柔らかい・・・・・。)

 そう感じてリオがうっすら目を開けると、自分を映しだす優弥の虚ろな瞳が視界を暗く覆っていた。
 しばらく見つめ合った。そしてリオは、眠るように再び目を閉じた。続いて優弥も目を閉じた。互いの鼻先がかすれたところで、二人はもう一度唇を合わせた。

 顔が離れると、リオは優弥の肩に頭をもたげ、優弥もリオを包むように優しく肩を抱いた。
 ぬるい湯に浸かっているような感覚の中、リオの頭の中で、さっき優弥に弾いてもらった「月光」の第一楽章が遠くで小さくなっていた。

 二人はそのまま身動きもせず、寄り添いながら黙って目を閉じていた。


Aerosmith『Jaded 』→ http://www.youtube.com/watch?v=705LEH3j2g0

Beethoven『月光』 → http://www.youtube.com/watch?v=w2cFEHM9yMw


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