49・・・怜の部屋で、その2
「・・・・・でさ、こっから掛け合いみたいな感じで順番に同じように弾いてー・・・、こんなのどお?・・・・・・・・・・おい、聞いてる?」
ふと怜が顔を上げると、リオはギターを抱えたまま四つん這いになって、自分の背後に置いてある機材の方に集中していた。怜に尻を向けたままリオが言う。
「怜ってば、BOSSのマルチなんて持ってたんだー・・・。これ、けっこういいやつだよね?」
「・・・・・まあね、中古だけど。機能が多すぎてオレもまだ使いこなせて無い。後でいじってみ?」
口ではそんな事を言いつつも、怜の目は自分の方に向けられているリオの突き上げた尻に釘付けだった。もう少しでスカートの中が見えてしまいそうだ。
「・・・・・・・・・・。」
学校でもまさかこんな無防備な姿をさらしているのだろうか。そんな事を考えながらも、自然の摂理で怜はそれから目を逸らす事が出来ない。
背後に視線を感じて、リオが振り向いた。
「・・・・・あっ、ごめん。」
謝りながら、リオは再び怜に向き直ってギターを構えた。後ろめたい思いを感じて怜が下を向く。別に、見ていた事を責められたわけでもないのに・・・。そんな怜のそぶりに全く気付く訳も無く、「こうだよね」と言って、リオは今怜が弾いたフレーズをもう一度自分で弾いてみせる。
「・・・・・そう。・・・・・なんだ、聞いてないようで聞いてんだな。」
相変わらず耳がいい、と怜は思う。それに、今自分が弾いたそれなりに難解なフレーズを、たった一回聞いただけで簡単にコピーしてしまうリオに今更ながら感心してしまう。
「・・・お前、今、パンツ見えそうだったぞ。・・・・・誘ってんのか?」
「・・・・・えっ・・・・・誘うって、・・・・・何に?」
怜の咎めるような口調に焦りつつも、リオには怜の言う大人の言い回しの意味がよく分からない。
「変な恰好するなって言ってんの。スカート短いんだしっ。・・・・・わざとじゃないんだったらお前、ズボラすぎだぞ。」
「え?あ?・・・・・はい、すいません・・・・・。」
何だか良く分からないが一応リオは謝ってみる。そういえば、優弥にも以前同じ事を注意されたような覚えがあった。
リオは、反省の意を表すようにしおらしく正座した。それを見て、怜が思わずクスりと笑った。
「ガキだよなー・・・・・。天然っつーか、ほんとお前って見た目と違う。」
「・・・・・見た目は大人っぽいって事?」
リオが目を輝かす。
「・・・・・まぁね。」
「メイク変えたからかなっ。ルイに教えてもらったんだっ。」
「・・・・・そういう事じゃないんだけど・・・・・。」
妙に興奮気味で訴えるリオをよそに、怜の胸はどんよりと重みを増す。ルイの名前がリオの口から出ると、なぜかあまり気分が良くない。ルイとリオの二人がどんな関係なのかという疑問が、常に怜の頭の片隅にはある。かといって、その事を今問い正すのは避けたい。そんなことをすれば、またこの前のやり取りを思い返して変な空気を作ってしまいそうだ。
最近は、ルイに自分の役割を取られているという感が怜にはある。ルイとリオの関係が以前よりも親密になっているという事は、スタジオでの二人の様子を見ていてもありありと感じる。なのに、ルイは怜と二人でいる時、不自然なほどリオの話題を口にしない。それが返って、ルイとリオの結びつきの深さを物語っているように思えた。
怜とルイが知り合ったのは彼らが高校一年の時で、お互いにバンドを組んで、ライブハウスで対バンとして顔を合わせるようになってからだ。ルイは怜の通う日の出台南高校からほど近い私立高校に通う、いささか不良染みた高校生だった。
怜は高校時代から、ルイのヴォーカリストとしての力量に一目置いていた。そしてルイもまた、怜に自分と同じ匂いを感じていた。二人は目指す方向の一致もさることながら、音楽を抜きにしても馬も合った。そして、高校三年になると一緒にバンドを組み始めた。その時点でベースの明人も一緒だったのだが、Bloody Dollsとして固まったのは高校卒業後の事で、ドラムのクニはその後に加入したメンバーだった。いずれも地元でバンド活動をしていた高校時代から付き合いのある者同士の集まりだ。
いつもルイは、怜には何でも余す事無く話す男だった。バンドの事は勿論、学校の事、バイトの事、異性関係の事・・・・・。怜にとってルイは、一番身近な友達であり仲間でもある。ギターとヴォーカルという都合上、曲を作る上で二人だけで打ち合わせする事も多い。高校を卒業して怜が一人暮らしを始めてからは、いつもルイは突然ふらっとやってきては、家に上がりこんで遊んでいった。なのに、最近のルイはあまり顔を出さない。そんな事も気になるところだった。そこに何か意味があるのだろうか、と怜は思い悩む。
優弥と悲惨な別れ方をして、リオの傷はまだ癒えてはいないはずだ。そのきっかけを作ったのはルイだという事も、完全には否定出来ない。ルイが、リオの心の隙間を埋めようとするのは自然の成り行きだろう。自分の代わりにルイがリオの兄になってもいいはずだ。いや、既にそんな段階ではないのかもしれない。では、リオにとってルイの存在とは・・・・・?
「・・・・・怜?」
黙りこんで床の一点を見つめて動かない怜を、リオは首を傾げて不思議そうに見守っている。
怜が顔を上げると、猫のような大きな目で、探るように自分をじっと見るリオの姿が映った。
「どしたの。何フリーズしてんの。何かいいのが浮かんだ?」
無邪気にリオが微笑む。その笑顔に気圧されるように怜は我に返った。
「え?・・・・・ああ。・・・・・そう・・・・・。」
怜の視線が自分に戻るのを確認すると、リオがじゃりじゃりとギターを鳴らした。
「・・・・・次、こんなのどーお?」
「・・・・・ああ、いいじゃん・・・・・。」
「じゃ、こんな感じで、次に怜が一人ですきに弾いてー・・・・・。」
その後しばらくして打ち合わせが一通り終わったところで、リオは怜のマルチエフェクターをいじって遊んでいた。
「すごい。こんなにたくさん同時に使えるんだー・・・・・あ、これいい。」
「ああ、それ、ハイゲインにすると初期のエディーっぽいんだよ。荒い歪みって感じで。」
「・・・・・ふーん・・・こっちもいいね、使えそう。・・・・・これ絞るとまた違うね。」
「・・・・・あ、こんなのお前にお薦めじゃね?」
そんなわけで、リオはマルチエフェクターをいじる事に没頭し、かなりの時間をそれに費やした。途中で怜が「飯は?」と聞いてきたが、夢中になっているリオは動きたくない。結局、怜がコンビニで買って来たサンドイッチを少し口にしただけだった。
「あっ、もうこんな時間。そろそろ帰らないと。」
時計を見てリオが慌てて言った。
「でも、今日はリオのママは帰らないんだろ。も少しいれば・・・・・?」
怜にそう言われリオは少し考えたが、やはり首を横に振った。金曜の夜なのだし、ミカがいつここに来るかも分からない。
「・・・・・ありがと。でも、帰るよ。」
そして荷物をまとめ始めた。その後ろ姿を、怜はいくらか意気消沈して見つめる。
「あーおもしろかった。リオも欲しいなー、重そうだけど。・・・でも高いよね。バイトしないと・・・・・。」
「・・・・・最近は全然バイトやってねぇーの?」
「うん・・・・・。成績下がっちゃったから、ママに辞めさせられた。」
それを聞いて、怜は少し笑って言った。
「・・・・・今度・・・・・、勉強見てやろっか・・・・。」
リオは振り返り、大きな目を爛々とさせた。
「ホント!?」
「ああ・・・・・。一応、オレ大学生だし・・・・・。」
「わーいっ。リオ、沢村先生に教わるっ。イエーィっ。」
屈託の無い笑顔を浮かべ拳を上げて喜んでいるリオを、怜は眩しそうに目を細めて眺めた。
メイクが変わったからだろうか、今日のリオは不必要なほど女に映る。最初に玄関の扉を開けた時もそうだった。その姿を見た瞬間、思わずどきりとさせられた。制服を着てギターを背負ってただ立っているだけのリオに・・・・・。
支度を終えたリオは、荷物を一式抱えるとすっくと立ち上がった。
「じゃあ、帰るね。ライブ頑張ろうっ。おじゃましましたぁ。」
「・・・・・ああ。」
リオが背を向けて玄関に向かって歩いていく。
怜は無意識に、その後ろ姿を穴が空くほど凝視した。少し短くなったこげ茶色の髪。華奢ななで肩。痩せ細った頼りない腰。短いスカートから真っ直ぐ伸びた白い足・・・。
怜は何か言おうとするが、どういうわけか、それは全て喉で押し消されてしまい声を出す事ができない。そして、体の奥底からは正体不明の熱がせり上がり、じわじわと怜の全身を侵していく・・・・・。
ただ単にライブの打ち合わせをし、リオが機材をいじっているのを時々会話をしながら傍らで見守っていただけだ。それでも、リオがこの部屋にいるという事と今まで通りの空気を二人で共有出来たというだけで、カラカラに干上がっていた心はいつしかしっとりと心地良く潤っていた。
でも今、もっと潤ってみたいと思う怜がいる・・・・・。
怜は、リオ追うようにその背中に向かって手を伸ばした。そして、胸の内で訴える。
(行くな・・・・・・・・・・。)
怜は瞬きもせず見開いた目でその姿を追いながら、雲が流れるようにゆっくりと近付いていく。そして、そのか細い体を捕らえるようにして、背後から不意にリオを抱きすくめた。
*念ための用語解説*
マルチエフェクター→複数のエフェクター(音質を変える道具)を一台に集結させた装置。
エディー→言わずと知れたVan Halenというバンドのギタリスト。
『Jump』→http://www.youtube.com/watch?v=swzh0ngMNJo
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