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48・・・怜の部屋で、その1
 その日、Bloody Dollsはいつもの練習でスタジオに入っていた。
「次のライブのギターソロ、一緒に絡んでやらねぇ?ハモったりしながら。」
 チューニングしながら怜が、そっぽを向いておもむろにリオにそう言った。ライブの途中に設けるギターソロを、二人別々では無く一緒に弾こうというのだ。厳密にはソロとは言わなくなる。
「うん・・・・・。いいね、たまには。」
 意外、という感想を抱きながらリオが答える。

 ここ一ヶ月ほど、リオは怜とろくに言葉を交わしていなかった。
 怜とは、弦を買いに来た時にルイの事で少し言い合っただけだったのだが、そんな事は初めてで、二人にとっては少々の諍いのように取れてしまった。それ以来リオと怜は、バンドをやる上での最低限のやり取りしかしていない。でも、そんな事実を感じさせないほど、ルイがいつもリオにちょっかいを出してきた。それに構っているといつも何となく時間が過ぎてしまう。五人も人がいれば、あえてリオと怜の二人の会話がはずんでいなくても、それを不自然に感じるような空気は流れなかった。

「・・・・・じゃあ、打ち合わせしようか。明日の夜は?時間ある?」
「うん。金曜日だから時間に余裕あるし。」
 怜とのやり取りで、リオは学校帰りに怜の部屋に寄る事になった。金曜日のほとんどはルイとドライブに出かけていたのだが、それを横で聞いていたルイからは、その日の誘いは自然と無かった。

 放課後―チェリッシュの練習が終わると、リオはみんなと途中で別れて一人怜のアパートに向かった。考えてみれば、怜の部屋に行くのは初めての事だった。二人きりで会うのも久々という事もあって、今更ながら変に緊張してしまうリオだった。
『沢村』と書かれた表札を見つけインターフォンを押すと、すぐに身なりを整えた怜が顔を出した。と言っても、黒に統一された細身の服装にシルバーのアクセサリーという、よくあるロック少年の普段着なのだが。
 昨日あの後美容院に行ったのか、何だかまた髪の色が変わっている。ベージュだった頭は、今度は黒をベースに控えめに赤いメッシュが細かく入れられていた。
 怜は、いつものように柔らかい笑みを浮かべて言った。
「上がれよ。」
「・・・・・おじゃまします。」
 部屋に入ると、すぐにいつもリオがよく嗅いだ事のある怜の匂いがした。体臭3の香水1といったところだ。この中にミカの匂いも含まれているのだろうか、とリオは余計な事まで考える。
 部屋の中は八畳のワンルームで、死ぬほど狭いというわけでは無い。が、本人としては片付けているのだろうが、なにせギターやらアンプやら楽器関係の物が多いので、どうしてもごちゃごちゃとして見える。「黒っぽい」という点ではルイの部屋とさほど変わらない、音楽をやっている一般的な若者の部屋という印象だ。小さなバルコニーには少しの洗濯物が干してある。
「あ、これ高校の時よく使ってたやつ。」
 立て掛けてあったギターの中の一本を目にしてリオが少し嬉しそうな声を上げた。
「そう。二本目のギターかな。」
 怜が小さな台所で何か入れながらちらとリオを見て返事した。
 そうだ、リオが怜に「一緒にギターを弾こう」と言われた一年生の時、確か怜はこれを使っていた。そして、自分のものと同じメーカーの黒のストラトだったので、「おそろーい」と言って喜んだのをリオは思い出した。
 高校に入学し軽音楽部で怜と知り合ってから、リオは怜を「沢村先輩」と呼び、後輩として秘かに憧れた。そして二年近く経った今、仮初かりそめにもリオは怜に妹と呼ばれ、同じバンドでギターを弾き、こうして怜の家に上がり込んでいる。

 怜が運んできたマグカップを覗くと、リオの分はコーヒーではなく濁った飲み物が入っていた。リオは、カップに鼻を付けてくんくんと匂いを嗅いでみる。
「・・・・・ミルクティー?」
「そう。お前がよく飲んでるから。」
「怜、紅茶なんて飲むんだ。」
「ちげーよっ、買って来たんだよ。お前が来るからっ。」
「・・・・・そーなの?」
 怜の言い方は照れ隠しのような少しぶっきらぼうな態度だったが、リオの胸はそれで十分温まった気がした。ついでに、怜がわざわざ入れてくれたミルクティーを飲んでさらにリオは温まる。それは、きちんと茶葉から入れた紅茶の味がした。甘さも丁度いい。
「おいしい・・・・・。」
 リオのほっとしたような嬉しそうな顔を見て、怜は上向き加減に少し笑って見せると、「あ、これも」と言ってコンビニで買って来たチーズ蒸しパンを差し出した。
「これも、よく食ってる。最近は食ってなかったけど。」
 まるで観察日記を読むような怜の説明に、思わずリオが軽く吹き出す。
「よく、見てるね。」
 そう言うと、リオの目が少し潤んだ。

 リオはいつもBloody Dollsの練習の休憩時間になると、喫煙するメンバーに混じって一人菓子パンを食べていた。が、最近は食欲が無くてそれを休んでいた。怜がそれを見ていた事にリオは気付いていなかった。返って怜は最近、自分を見ていないかのような気がした。
 怜と言い合いをしたあの日以来、怜に見捨てられたかのような思いがリオの中にはあった。 今まで、悲しい時はいつも怜がすぐに気付いてくれた。そして、傍にいて慰めてくれた。でも、最近はそんな怜を見た覚えが無かった。代わりに今、ルイが自分の寂しさを紛らわしてくれている。ルイと怜の二人に甘えようとしてしまう自分がいけないのだろうか・・・・・。
 リオが菓子パンをかじりながらしんみりと考えていると、怜が口を開いた。
「最近は、ちゃんと食ってるの?」
「えっ?」
「しばらくやつれてたから。みんなで飯食ってる時もリオだけろくに食ってなかったから。」
「・・・・・うん。」

 何も言わなくても自分を見ていてくれている。それが分かっただけでも十分だ。
 リオの目からぽろぽろと涙がこぼれた。
「リオ・・・・・?」
 怜がどうしたのかとリオの顔を覗き込む。
「な、んでも・・・・・ない・・・・・。」
 リオはぎゅっと閉じた目から涙をこぼし続ける。止めようとしてもなぜだか止められない。かろうじて、ルイに指摘された『しょうもない泣き方』ではないだろうと、何とか自分を励ます。

 両手で菓子パンを握って震えて泣いているリオを見ながら、怜の心は秘かに葛藤を繰り返す。
 今までのようにリオを温かく包んでやるべきなのか。でも、今自分がそんな事をしていいのかと悩んでしまう。リオがルイと二人で頻繁に会っているというのは、ルイとのさりげない会話からうかがい知れる。今、リオの傍で優しい手を差し伸べているのは、おそらくルイなのだ。なのに、自分が余計な事をしてしまってもいいのだろうか。それ以前に、リオは何を泣いているのか。また優弥の事でも思い出してしまったのだろうか・・・・・。

 迷った挙句、怜はティッシュを数枚引き抜くと、それでリオの顔をつつくように拭いてやった。そして、手を伸ばしてその手をリオの頭の上に置いた。
「どした、・・・・・大丈夫?」
 リオは、まだ乾ききらない水っぽい目で怜を見つめながら頷いた。その姿は怜に、ダンボールに入って捨てられた子猫を想像させた。怜の腕が、思わずリオを抱きしめてやりたくなる。

 リオは何とか涙を拭きとると、再び黙々と菓子パンを食べ始めた。そして、ミルクティーをぐっと飲み干して口元を拭うと言った。
「ごちそう様。さあ、やろう?」
 リオはケースからギターを取り出して準備を始めた。それを見て、怜もコーヒーを飲み干し、頭を切り替えた。そして、テーブルを端に寄せて自分もギターのネックを掴んだ。