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46・・・ルイの部屋で、その2
「すごーいっ。リオ、こういうの、大好きぃーっ。」
 思わずリオの両手は胸の位置でぐーを作っていた。片付けられたテーブルの上には、レタスに囲まれたタラモサラダのようなものと、チーズの乗ったオーブンで焼いたらしき料理が並んでいた。すぐ横には、白ワインとグラスが置いてある。ルイの説明によると、上にかかっているソースも手作りで、下にはカレー味のピラフと魚介類やチキン、トマトなどの具が隠れているという事だった。

「すごい、すごい、すごーいっ。カンド〜・・・・・。」
 リオは珍しくカレンのように大騒ぎをしながら、ルイの手料理をもくもくと頬張った。
「おいひーっ。」
 ルイは大して自分はそれに口を付ける事無く、自分の手料理を食べるリオの様子を楽しそうに眺めている。母が働いているので夕飯を自分で用意する事の多いリオは、時間が無いのであまり凝ったものを作る事が無い。勿論、母も同じだった。

「こんなすごいものが作れるなんて、きっとルイのママも料理上手なんだろうね。」
 そんなリオの何気ないセリフに、
「いや。食事はいつも家政婦が作ってた。」
ルイはしれっと答えた。
「え?そうなの?」
「そう。オレの母親は銀座のホステスでさ、いつも働きに行っちゃってて、そういう家庭的な事は全部パスなわけ。ちなみに母親は親父の元愛人。」
「・・・・・え。」
「オレは愛人の子なの。だから私生児って事で表立って息子扱いはされねぇんだけど、その代わり金は出してもらえるわけ。・・・合理的だろ?」
 さらさらと話すルイに、リオはスプーンの端をぺろぺろキャンディーのように咥えたまま、石のように固まって耳を傾けた。ルイが続ける。

「親父は会社経営してんだけどさー、血の繋がった息子に後を継がせたいって言ってんの。でもさ、本妻のところに息子がいねぇんだよ、これが。そんでオレが、しょうがなく貴重な跡取り候補ってわけ。・・・・・だから、オレはある程度の年で身を立てないと、跡取りとして社長にまつり上げられる運命。それをラッキーと取るか、アンラッキーと取るかはオレ次第だけどな。」
 そう言うとルイは、徐にポケットから煙草を取り出してライターで火を点けた。ルイの言葉が途切れたのでリオが静かに口を開いた。

「・・・・・ルイは、ファッションデザイナーになりたいの・・・・・?」
 するとルイはフッと煙を吐くと少し笑い顔になった。
「・・・・・そういう風に見える?」
 リオが左右に首を振る。
「・・・・・じゃ、何で聞くんだよっ。オレはバンドで身を立てたいのっ。Bloody Dollsでっ。」
 言わせんなと言わんばかりの口調だ。

「専門学校はさー、ファッションには興味があったし、何もやらないよりはやっとこーかなーってだけで入った。でも、楽しいよ、結構。女の子ばっかだし。」
 何に対して楽しいと言っているのだろうか、とリオは少々疑問を感じる。そして、小さい声でぽそぽそと尋ねた。
「あの・・・・・、お母さんやお父さんは、優しくしてくれる・・・・・?」
 その、まるで親戚の叔母さんのような質問にルイは一瞬笑いそうになってから、煙草を挟んだ指でワイングラスを持ち、真顔に戻って考えた。
「んー・・・・・、今は会わないから何とも言えねぇんだけど、優しいってどういう事を指すのかな。良く判んねぇー・・・・・。別に意地悪されてた訳でもねぇーよ?基本的にオレに関心が無いから。二人ともいつも家にいなかったし。小学校で運動会があっても誰も見に来た事ねぇーし。オレの事はいつも忘れてると思う。昔っから。つーか、お袋はいつも子供の事よか男に夢中・・・・・。」
 じっとルイを見つめていたリオの表情が次第に曇っていった。

「オレがガキの頃から、お袋は夜仕事だから朝はいつも寝てて、オレは置いてあるパンを勝手に食って学校に行って、その間に夕方頃お袋はオレと入れ違いに仕事に行って、夜中まで帰って来ない。場合によってはずっと帰って来ない。んで、オレが家に帰ると家政婦が作った夕飯が置いてあってオレはそれをテレビ見ながら独りで食べるって生活。」
 そこでルイはワインを一口飲んだ。目はどこか遠くを見ている。

「親父は月一くらいで家に顔を出してたけど、オレに話しかける事と言ったら『ちゃんと勉強してるか』くらいだったな。一緒に住んでないから親近感も沸かなかったのかもな。でも、それよかオレが本当の息子なのかどうか、いつも悩んでるって感じだった。オレのお袋は男の入れ代わりが激しいし。多分、昔っからそうだったんだろ。・・・・・その男によっては家によく来るやつとかもいたんだけど、たまに変な奴もいてさ、オレが高一の時かな、夜中にオレのベッドに入って来たんだよ。バイなヤツだったの。そん時はマジビビった。それはブン殴ってやって何とか阻止したから良かったんだけど、お陰でオレはお袋に嫉妬されちゃって・・・・・。こっちはむしろ迷惑なのに。・・・・・そーゆーのもあって、どうせならって独り暮らし始めたわけ。オレはグレてたし、お袋は邪魔なお荷物がいなくなって正直せーせーしてるみたいだった。オレはオレで本当の自由が手に入ったって事で一石二鳥って感じだった。高二の時からここに住んで・・・・・・・・・・。」

 何気なく見たリオの顔があまりにも歪んでいたので、ルイは思わず言葉を切った。リオは目に涙を溜めて唇を震わせ、何か必死にルイに訴えようとしていた。

「うぅっ・・・・・、ルイぃ・・・・・。リオみたい・・・・・、でも、リオよか、ずっとずっとかわいそう・・・・・。」
 リオはそう言ってルイに這い寄り、スプーンを持ったままルイの首に飛び付いて来た。そして、
「かわいそう〜だよ〜・・・・・。」
 と言いながら、「うぇぇぇぇぇん」と声を上げて泣き出した。

 確かにリオの家庭も似たような境遇で、父親もリオが本当に自分の娘なのかどうかを疑っていた。それでも両親が離婚するまでの十四年近くは、リオは何も知らずに一人っ子として普通に可愛がられて育ったのだ。ルイのように、子供の頃からいつも独りという訳ではなかった。

 ルイの言う自由というのはつまり、放任。自分を守る者もいないという事だ。ルイの両親は存在していても、傍にいてルイを見守っていてはくれなかった。
 家に帰っても誰もいない。置いてあるものを独りで食べる。自分に関心を示さない親。たった一人の家族である母親でさえ、ルイに十分な愛情を注いではくれなかった。家の中で、ルイは常に独りで生活していた。

 今の年齢のルイなら勝手気ままな生活でいいかもしれない。でも、小学生だったルイはどうだったのだろう。学校の行事に自分だけ親に来てもらえなかった時、悲しい事があって帰って来た時、ルイは独りでどんな思いだったのか。

 他の友達にあるあたりまえの状況が、ルイには無かった。なのに、ルイはそれに不満を訴える訳でもなく当たり前のように語る。両親の『優しさ』とは何なのかと首を傾げる。そんな矛盾に、リオはいたたまれない気持ちにならずにはいられなかった。
 ルイがいつも人にスキンシップを求めるのは、甘える事の出来なかったゆえの人肌への恋しさからだろうか。

 ルイは、煙草とグラスを持ったまま抱きつかれてどうしていいのか判らず、自分の胸でおいおい泣いているリオの小さな背中をただ見つめるしかなかった。

「なんだ、おい。大げさなヤツだな・・・。別に・・・・・、オレは全然へーきだぜ?自由だしっ。とにかく金に困った事は無いからさ、それは感謝してんの。そういう事でみじめな思いはしてないから。あ、これが親の『優しくしてくれる』って事かぁ?あと、別に虐待とかされてないし?独りなのは、もうガキの頃からだから慣れだよ慣れ。今更・・・・・。」
 そこまで言うと、ルイは思い出したように苦笑した。リオは大声で泣いているのでルイの言葉など耳に入らないらしい。しばらくルイは、いささかやかましいとも言えるリオの泣き声が静まるのを黙って待っていた。が、そのうちに気付いてみると、意に反してルイの方もつられたように泣けてきてしまった。

「やべっ・・・・・、うつった・・・・・。」
 急いで頬に垂れた涙を手の甲で拭う。今更自分がこんな事で涙しているのがルイには意外だった。そんな涙はとっくの昔に枯れ果てたと思っていた。なぜだかは判らないが、幼い頃に置いてきた感情が、今急に思い出したように戻ってきてしまった気がした。

 少しの涙を拭い取りながら、ルイは笑う。
「でもさ、オレには今仲間がいるから幸せなの。未だにマイペースなのは変わんないんだけどさ、人との関わり方って友達から教わったんだよね、オレ。怜なんてさ、思いっきりまともな環境で育ったって感じじゃん?だから、オレの知らない事、アイツからいっぱい教わったの。・・・・・人ってさぁ、たった一人でもさぁ、自分を認めてくれたり、信じられる奴がいたりすると、それだけで人生だいぶ救われるじゃん。怜は調子いい奴だけどさ、根っこが純粋ていうか・・・・・。」

 空いている方の手でリオの背中をさすりながら、ルイはリオに聞こえるように、いくぶんか声を張り上げて話した。すると、リオがしゃっくりをしながら必死で何か言おうとしているのに気付いた。
「・・・・・何?」
 ルイが、リオの顔を探るように覗く。
「リ、リオがっ・・・・・、ルイの・・・・・、ママになるぅぅっ・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
 ルイは一瞬目を丸くしたが、次の瞬間には思い切り噴き出していた。そしてそのまま必死で声を抑えるようにして笑い出した。
「なっ・・・・・、なんで、笑うのー・・・・・。」
 ヒーヒー笑い転げるルイを、リオは涙でふやけた顔でいくらか睨むようにして言った。ルイは片手で腹を押さえ、何とか笑いをこらえながら必死で声を絞り出す。
「ママ?・・・・・お前が?いつもぎゃーぎゃー泣いてばっかのお前が?意味判かんねぇ〜。・・・・・お前ってホント、ままごと好きなのなぁー・・・・・。それって・・・・・、怜はお前の兄ちゃんなんだろ?じゃあ、怜はオレの・・・・・、叔父か・・・・・?マジ、うける〜っ。」

 頬を膨らましたリオを無視してルイはしばし笑い続けていたが、何とか状態を元に戻すと、はぁーと息を付きながら、いつのまにか出ていた涙をまた指でこすった。もう、これが何の涙だかルイにもよく判らない。そして、リオの頭に手を置いて優しく言った。
「サンキュー、リオ。・・・・・・・・・・オレ、ちょっとしゃべり過ぎたな・・・・・。」
「でもさ」とルイは、すぐ目の前で呆けた顔をして自分を見るリオの涙を手で拭いながら言う。
「お前さ、そのガキみたいなしょうもない泣き方何とかしろ。第一印象のお前のキャラ、ぶち壊しだぜぇ?」
 そう言ってルイは穏やかに微笑み、やんわりとリオの体を自分の胸に抱き寄せた。

「・・・リオの、第一印象のキャラ・・・・・って・・・・・?」
「んー、ちょっとミステリアス?」
「・・・・・意味解んないし・・・・・。何のミステリーも無いよ。」
「そうか・・・・・?」
 ルイはほろ酔い加減でリオの柔らかな感触を楽しみながら、グラスに残ったワインをぐいと一気に飲み干した。ワインのアルコールと抱き寄せたリオの温もりが相俟って、胸の奥がじんわりと心地よく熱を増すのを感じた。それは、ルイ自身も選別する事の出来ない、愛という名の息吹だった。




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