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45・・・ルイの部屋で、その1
 三月も半ばを過ぎたある日曜日、リオはかねてから「洋服を作ってやる」と言っていたルイに採寸をしてもらうため、一人暮らしのルイのマンションを訪れていた。

「あー、すごーい。ミシンがいっぱいあるー・・・。」
 飲み会の時はしまってあったのか、今日のルイの部屋には大きな作業台のようなテーブルの上に三種類のミシンが置いてあった。学校の課題の制作途中なのか、テーブルの上にはくしゃくしゃになった布やハサミなどの手芸用品がごろごろと転がっている。さらに、女性の形をした首の無いマネキンもある。部屋の半分はそういったソーイングルームのような感じで、もう半分はギターなどの楽器類が壁に寄せて置いてあるという妙にアンバランスな風景だった。ルイは寝室にはあまり物は持ち込まない主義らしい。

「この前は、みんな物置にしまってあったの?」
 リオは白い布製のマネキンをしげしげと見ながら言った。
「あぁ。うちで飲むって判ってたからクローゼットにぶち込んどいた。あれでも片付けてあったって今知った?ちなみにマネキン、もう一体あるぜ?」
「・・・へぇー、家族多いんだね。」
「そう。首はねぇーけど。」

 ルイは笑いながら、冷蔵庫からリオのためにペットボトルに入ったウーロン茶とコップを持ってきた。リオがそれを一口飲んで一息付くのを見届けるとルイはすっと立ち上がり、「さー、測りましょうかー」と巻尺を持って構えた。

「あの・・・・・、リオ、自分のサイズなら大体判りますけど・・・・・。」
 往生際の悪いリオがそう言ってもじもじしていると、
「バーカ。ロックファッションはタイトフィットが基本だろ?そーゆー服を作るにはそれなりにきちんと測んなきゃダメなの。オレは、リオだけが着れる服を作りたいのっ。」
 ルイはそう言うと、慣れた手付きで伸ばした巻尺を肩に当て始めた。普段こういう事をやり慣れているからルイは平気で人の体に触れてくるのだろうか・・・リオがそんな事を思っていると、

「あーやっぱりなー・・・・・。多分そんな気がしてた。」
 ルイが独り言のように言った。
「・・・何?」
「リオ、股上が短いの。日本人ぽくない。」
「そうなの・・・?」
「あぁ。股上短いとお尻の形もぽっこり出っ張ってかっこいいし、身長の割りに足も長いってこと。」
「・・・ふぅん。知らなかった。」
 そして巻尺は黒いまだら模様のデニムを穿いた腰の上にかかった。
「お前・・・・・、ちゃんと食べてる?」
 今度はルイがリオを仰いで言った。リオは見下ろしながら恐る恐る言う。
「56・・・・・、でしょ?」
「54・・・・・、だぞ?」
「えっっ。」

 その事実にリオはショックを受けて黙り込んだ。確かに、最近鏡に映る自分を見るたびにあばら骨が目立つような気がしていた。優弥と別れてから食欲は全く無くなり、かろうじて何か口に入れてはいるものの、一日に食べる量は普段の半分以下になっていた。

 下を向いて歩いていても、学校で優弥の姿を視界から全く除外する事は難しい。軽音楽部で一緒なので、月一回の学校でのライブやミーティングの時は、否が応でも顔を合わせる事になる。それでも、ここ一週間前からようやく少し食欲が出てきたところだった。

「多分、そのうち56に戻ると思う・・・・・。」
 目を逸らして何でもない事のように言うリオに、ルイは何か言いたげな眼差しを送っていたが、すぐに思い直したように、「ちゃんと食えよー」と、ぼそっと言ってから作業を再会した。

「あ、あのっ。ここはサイズ分かってるしっ。」
 バストに巻尺が巻き付こうとした時点で、とたんにリオは慌て始めた。しかしルイは取り合わない。
「だーめっ。さっき痩せちゃってた事にも気付いてなかっただろー?ここもサイズダウンしてるんじゃねぇ?」
「でも、もうすぐ元に戻るよっ。」
「少し黙れ。」

 そう言うルイの手は、なぜか執拗に胸に触れているようにリオは感じてしまう。一番出っ張っている箇所に巻尺を交差させ、そこをルイが親指の腹で押さえると、びくっと一瞬リオは体を震わせた。

「・・・感じちゃったー?」
 ルイが面白そうに笑いながら顔を覗く。リオは負けじと言い返す。
「そんな事あるわけ無いじゃんっ。それに、そういう風に触んないでも出来るでしょっ。」
「・・・・・だってさー、誰かさん、もそもそ動くんですもん。ずれちゃうと思ってー。」
 リオが食い下がっても、ルイは馬鹿げな口調で返してふざけるだけだ。

「すげーリオ、グラビアアイドルやれば?」
 一人で楽しそうなルイに、
「やんないよっ。感想はいちいちいらないってっ。それに、それを言うならカレンだよ。カレンはFカップなんだから。」
「おー?・・・あー、あのバービー人形みたいなヴォーカルの子か。確かに、アレはフツーじゃねぇーなー・・・。」
「・・・・・ねー、もう測れたでしょ?」
 痺れを切らしたリオが限界を感じて訴えるとルイは、
「あんま触られてるとその気になっちゃう?」
 と、けらけらと笑い出す。「なんないよっ」とリオはルイの体を両手で押し退けた。熱くなってしまった首筋を気取けどられまいと必死ですました顔をした。

 ルイは傍にいるだけで独特のフェロモンを放って来る。それがルイの体質なのだろうが、あまり近付かれるとそれだけで妙な気分になってしまう。少し落ち着かなくてはと、リオは残ったウーロン茶の入ったコップを掴み、ぐびぐびと音を立てて飲み干した。

「・・・じゃあ、終わったならもう帰るね。」
 一息ついてリオが立ち上がろうとすると、
「何で?せっかく来たんだからもうちょっとゆっくりしてけよ。何か太るもん作ってやるから。」
「・・・・・ほんと?」

 大して食欲は無かったが、ルイの作る料理というものに興味を覚えごちそうになる事にした。ルイの家に来たのはあの打ち上げの時以来だったが、一ヶ月前にホテルに一緒に泊まって以来、ルイは時々リオを誘ってはドライブに連れ出した。食事代などをリオが出そうとすると、「二人の時はいいよ」とルイは必ず断った。それでもリオが出すと言うと、「親の金だし。うちの親は会社やってて金が有り余ってるから気にすんな」と何気無い言い方ながら頑なに拒んだ。確かルイは金持ちのボンボンなのだと以前怜が言っていた。しかし、ルイは週に何度かは新宿のバーでバーテンのバイトもしているという。ルイが言うには、接客業は毎日の生活のいい刺激になるのだという事だった。確かにルイのように美しくて口のうまい少年がバーテンなら、年上の女からの甘い誘惑も少なくは無いだろう。リオは何となく勝手に想像してみた。

 リオは時々キッチンの方を見に行きながらも、ルイの部屋を細かく見学して行った。まず目に付いたのは、膨大に積み重なったCDの山だ。ルイは幅広いジャンルの音楽を聴くらしく、新旧問わずリオの知らないアーティストのものもたくさん揃っていた。ヴィジュアル系バンドのヴォーカルをしている割にはその手のものはほとんど見当たらず、ほとんどが洋楽だった。

 隣の寝室を覗くと、背の高い本棚に文庫本の小説もたくさん並んでいた。ミステリーもあれば恋愛ものもある。あとはファッション雑誌だ。男性向けのものと女性向けのものと両方がある。さらに、『Player』などの音楽雑誌。リオがそれらの雑誌を興味深げにぱらぱらと捲っていると、ルイが木目調の扉からひょっこり顔を出して言った。

「だめだぞ。むやみに男の寝室に入り込んじゃー。」
 冗談めかして言うルイに、リオは微笑しつつも冷ややかな一瞥を投げて返した。
「そうだね。またルイに無理矢理押し倒されちゃうかも知れないもんね。気をつけないと。」
 するとルイは一瞬「うっ」とたじろぎ、気まずそうな顔をして言った。

「・・・・・重かったんだよな、お前・・・・・。」
「・・・・・へっ?」
「だから・・・・・、重いのは音だけかと思った。・・・・・さあ、出来たぜっ。食おう。」
 ルイは一人でさっさと話を切り上げ、リオに手招きをした。
 



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