44・・・新生活
二十二歳だというあごひげを生やして鼻にピアスをした男の美容師が、鏡の前で椅子に座ったリオに向かって質問した。
「どれくらい切るー?」
「うーん、どうしよう・・・。イメチェンしたいんですが。」
「バンドやってるんだったよね。」
「はい。」
「じゃあ、ちょっと冒険してみる?あ、でも高校生か。学校のほうは大丈夫かな?これは地毛なんだよね。」
「はい。激しいのにして下さい。燃えてるぜ〜って感じに。」
そこでリオは目を細めて拳を上げる。すると、美容師の方も面白そうに笑いながら、付き合いでリオの真似をして拳を上げた。
「ロックなんで、ワイルドな感じでっ。色は茶色の範囲内なら大丈夫。あと、手入れが面倒臭く無いヤツ。」
「う〜ん、そ〜だね〜・・・・・。」
リオと美容師がそんな会話をしていると、同じようにリオの横に座っていたカレンが雑誌から顔を上げて口を挟んだ。
「リオ、パーマかけてみたら?大きいロットでさ。お姉さん風にっ。」
「・・・・・うぅー・・・・・。」
色々考えすぎた挙句、急に面倒になってしまった。リオは美容師を見上げてにっこり笑いながら、
「お任せします・・・・・。」
さんざん注文を言っておきながらお任せも何もなかったのだが、そう言い捨ててリオは昼寝を決め込んだ。
カットとカラーとパーマで三時間弱はその場にいただろうか。カレンと共に店を出たときにはランチタイムもすっかり過ぎていた。
「う〜、オムライス屋さん・・・。あ〜、でもすぐ食べたいからモスかなー・・・。もっと早く食べるにはやっぱマックかな〜。」
独り呻くように語り続けるカレンの結論が出ないのを見計らって、気を利かせたリオが意見した。
「間を取って牛丼ってのは?」
「げー!でたぁっ。オヤジリオーっ。全然間じゃないんですけどー。」
「何でオヤジなのー?よくBloody Dollsのメンバーと牛丼屋さんによく行くよ?ラーメン屋さんも。」
「男はねー・・・。リオは周りが男ばっかだからオヤジ現象が治んないんだよね、きっと。」
「・・・・・そーお?オヤジかなぁ?オヤジの前にせめて若い男の子にしてくんない?最近みんなの下ネタにも慣れたし。」
「うっ。下ネタ・・・・・。キツー・・・・・。陸もよく松本とかと言ってるの聞くけど、マジきつい。カンベンって感じ。美羽なんて下向いちゃうし。」
「確かに、入っていけない。んでもって、男の子やるって大変なんだなーって思う。」
「言えてるー。女で良かった〜。」
そんな事を話しながら、リオとカレンの二人は悩んだ挙句若い女の子らしくおしゃれなパスタ屋に入った。
結局のところ二人がどういう髪型になったかというと、カレンは全体的にゆるゆるとウエーヴがかかっているロングへア。前髪は眉の上でしっかりと揃えられている。リオの方はというと、腰まであった髪が胸の下でカットされ、頬の辺りからざくざく段が入り、くせっ毛のようなパーマがかかっている。美容師いわく、イメージは、「メンズのちょいワル系のロング」との事。あえてどこがロックかといえば、女の子にしては前髪が異様に長くて鬱陶しいところだろうか。考えすぎかもしれないが、前から見ると、何だか優弥の髪型に似てる・・・とリオは少し落ち込んだ。ただ、髪の色は地毛よりも赤みのある濃いこげ茶色になった。カレンのほうを見ると、それはキャラメルの色に近かった。学校の方は大丈夫なのだろうか。
「その頭の色だったら遠くからでも見つけ易いから便利でいいよ。」
リオは、シーフード入りのトマトソーススパゲティーを巻きながら、人形のようになったカレンに言った。カレンが食べているのはきのこ入りの白いソースのパスタだ。
「もうちょっと他の観点は無いんかいっ。・・・リオは結構切ったね。色も地毛より暗いんじゃない?」
「・・・・・そう、生え際の方が明るくなるの。ちょっと珍しいかも・・・・・。」
そして思い出したように言った。
「あれ、今日バレンタインじゃなかった?いいの?早坂と一緒じゃなくて・・・。」
「うん。後で会うから。チョコももう作ってあるし。・・・リオは?怜先輩とか明人先輩にあげたりしないの?」
「全然。今日会う機会ないし。それに、ルイなんか一昨日ライブでもらったチョコいらないってくれたから、・・・それを今日あたしが食べる。」
「あ、そ。じゃ、あげてもしょうがないか。」
そういえば、リオが去年のバレンタインデーに優弥に義理チョコをあげた時、優弥が珍しく思いきり嬉しそうな顔をしたのをリオは思い出した。今思えば、付き合いを申し込まれた二ヶ月ほど前の事だから、きっとすでに自分の事を想ってくれていたのだろう。リオは全く気付いていなかった。思い出して、また心が萎んでしまった。リオは気を取り直すように明るくカレンに質問する。
「早坂にチョコ以外に何かプレゼントするの・・・・・?」
「・・・・・えっ。」
そのままカレンは黙りこんだ。と同時に、カレンの頬がぼんと赤く染まった。
「あの・・・・・、カレン・・・・・?」
あまりに不自然なリアクションにリオはカレンの顔を、何か面白い物を見つけた子供のように覗き込む。カレンはパスタに視線を落としつつ、フォークを持つ手は止まっていた。それでも何とか何か答えなければと思っているのか、ちくはぐな回答をよこした。
「・・・・・いや、あの、だから・・・・・、プレゼントって程でもないけど・・・・・。」
「・・・・・うー?」
リオは構わず丸まったエビを口に運びながら、茹でダコに変身したカレンを興味深げに観察している。
「あの・・・・・、もう付き合って一年と七ヶ月だし・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・だから・・・・・、分かる?」
そう言ってカレンは恥ずかしそうに上目遣いでリオを見る。少々下膨れのカレンが大きな垂れ目で見つめてくると、派手なカツラを被った可愛いプードルのようだった。
「ごめん、全然わかんない。」
リオはあまりの間の長さに待ちきれず、カレンを見ながらもがつがつとパスタを口に放り込んでいる。
「・・・・・あ、そう・・・・・。」
少しがっかりしたように、カレンは顔色を元に戻した。そこで、急に思い出してはっと気付く。つい、うっかり聞かれた事に答えようとしてしまったが、リオは優弥と別れた直後だった。今、自分と早坂の楽しい話をリオの前でするのはあまりにも無神経だ。危なかった・・・。こんな時、リオが鈍感である事につい感謝してしまう。カレンはとたんに身を引き締める。
「今度ね。」
そう言ってカレンは、不思議そうに自分を見るリオを無視して再びフォークを動かした。
明朝、リオは久々に学校に登校した。いつもより遅めの電車に乗り学校の最寄り駅を降りると、一人通学路を歩きながら誰か知り合いがいないかどうか辺りを見回した。この時間に登校すると時間ぎりぎりなので、ルーズな軽音楽部の面々に遭遇することが多い。今まではもっと早い時間に優弥と一緒に電車に乗り、学校までの道のりをのんびり歩きながら二人の時間を楽しんだ。それもほんの一週間前の話だ。この一週間でリオの生活は一変してしまった。
「あー、リオちゃん先輩〜?」
振り向くと、軽音楽部の一年生の三人組みが並んでリオにスマイルを送っている。彼らとは個人的に音楽性が違いすぎるせいかあまり話す機会も無いが、ギターの木下はよくリオに話しかけてくる。リオは振り向いて木下に怒鳴る。
「何で、ちゃんって付けんのっ。いらないっつーのっ。」
「いいじゃん、可愛くって〜。今日も三上先輩と別行動っすかー?つか、喧嘩中?」
木下は幼い顔をへらへらと緩めながら絡むように話しかける。
「別れたー・・・・・。」
リオがさりげなく答えると、三人は「えっ」と言葉を詰まらせた。リオはすかさず木下のネクタイの首を掴んで言った。
「いい?今言ったからねっ。お前が一年の広告塔になれっ。もう言わせるなっ。」
気合の入ったリオに至近距離で迫られ、木下はたじたじと答える。
「イ、イエッサー・・・・・。」
敬礼するようなポーズを作る木下をネクタイと一緒に押し飛ばして、リオは早足でその場を後にした。独り言を呟く。
「一年、完了。」
歩きながら今度は三年生を探す。・・・・・いた。前方三十メートルほど先を三年の佐々木が一人ギターを背負いだらだらと歩いていた。
「佐々木せんぱーい。おはよーっす。」
リオは大声で呼びながら走って佐々木に辿り着いた。
「あれ、リオちゃんおはよう。・・・ヅラ変えた?」
「はい。リニューアルしてみましたぁー・・・って地毛ですっ。・・・先輩もう練習するの?」
「おぅ。卒業ライブに向けて。・・・・・それにしても、またさらにワイルドになったなー。・・・・・あ、さっき優弥のヤツ前歩いてたよ?」
ドクンとリオの心臓が鳴った。顔に出ないように神経を集中する。
「うん、あのね先輩、もう、別れたの・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・とゆー事で・・・・・。」
言うべき事を伝えたリオはさっさと学校に向かって駆け出した。でも、あまり走りすぎても優弥に追いついてしまう。そう思って途中で歩調を緩めた。後姿も見たくない。見たら、きっと泣いてしまう・・・・・。
「三年、オッケー。」
二年生の仲間には、自分で言わなくとも自然と伝わるだろう。この際メールでも送ってしまったら気が楽かもしれない。でも、それはあまりにも親切すぎて滑稽だろう。
今、優弥との事を誰にも触れられたくない。そっとしておいてほしい。この傷がいえるまで・・・・・。
でも、これからリオは毎日優弥の姿を見つけないように、びくびくしながら学校生活を送らなければならないだろう。クラスは隣だ。下駄箱もすぐ隣。これからリオの試練の日々が始まる。