42・・・尋問
カレンと別れた後、リオは新しい弦を補充するためにいつものスタジオにある楽器店に向かった。一階にある、スタジオの受付件楽器店のカウンターを見ると、怜がバイトに入っているのが分かった。怜は椅子に座り、目の前にいる楽器を抱えた二人の少年と何か楽しげに会話をしている。よく見ると、その二人は日の出台東高校のバンド、LIVELAの晃と春斗だった。入口で突っ立っていたリオに、手前にいた春斗がすぐに気付いたようだった。軽く手を振る。リオは笑顔で、
「晃君と春斗君だぁ。」
と、いくらか子供染みた声色を発すると、嬉しそうに小走りで二人に駆け寄って行った。リオは春斗と気が合うので、たまに会えると話をしたがった。二人とは年末にバイト先でたまたま会ったっきりだったので、再会は一ヵ月半ぶりだった。怜も一瞬リオを見たのだが、すぐに背を向けて何かやり始めたので、リオは自然と晃と春斗の二人に向かって話しかけた。
「久しぶりじゃん。」
「ホントー。スタジオでもあんま会わなかったね。」
春斗が相変わらずの無邪気な笑顔を見せて言った。髪の色が前よりもさらに明るくなっていた。
「ブラド入ってから対バンにもなってねぇーし。」
晃のセリフにリオは首を傾げる。
「ブラド・・・?」
「ブラドだよ。Bloody Dolls。最近みんなそう呼んでる。・・・知らねぇ?」
そういえば、カレンがそんな風に呼んできた気がした。でも、よく思い出せない。
「・・・知らん・・・。」
「マジ?知ってろよ、ブラド!本人達が知らねぇんじゃ話になんねぇー。」
「そーなのー?」
リオはちらと怜の方を見たが、目が合わないので視線を春斗の方に戻した。すると春斗が素っ頓狂な声で「そーですよーっ」とふざけた返事をしたので、そこで三人は少し笑った。春斗が笑顔のまま尋ねる。
「昨日、ブラドのライブだったんでしょ。チェリッシュは?やってねぇーの?」
「うーん。学校の月例ライブでやるくらいかな。あたしが忙しいから。LIVELAはぁ?」
「やってるよ。この前も対バン五バンドぐらい集めてライブハウスで。あと学校でもね。」
そこで黙って聞いていた晃が急に思い出したように口を挟んだ。
「そーいや、HYENA。ギター代わっただろ。この前スタジオで会った。」
「会った会った。ちょとご体格いいやつ。」
春斗も同調する。リオは少し戸惑いながら答えた。
「・・・・・うん。松本ね。バスケ部と掛け持ちで・・・。」
「へー。体育会系なんだ。どうりで。」
晃が続ける。
「あいつは?三上、どした?ここ二、三日バイト休みまくってんだけど。お陰で俺、狩り出され。」
「・・・・・・・・・・。」
優弥の話題になって、リオの顔が一瞬強張った。怜は端末をいじりながら背中で三人の会話を聞いている。
「分かんない・・・・・。」
「・・・・・。」
リオの顔から露骨に笑いが消えたので、晃も春斗も思わず口を噤んだ。
「あたし、もう関係無いから分かんないんだ。もう話しする事も無いと思うし。」
二人から視線を落として一気にそう言うリオに、晃がすぐに何も無かったかのように言った。
「・・・・・あぁ、そろそろスタジオの時間じゃん。・・・んじゃ、まったねー。」
春斗も何となく目を丸くしながらリオを見て言った。
「バイバーイ・・・・・。」
リオは閉口したまま動けなくなってしまい、かろうじて手だけをぎこちなく振って、地下に向かう二人を見送った。春斗は、電池が切れたロボットのようになっているリオをさりげなく目で追いながら、晃に続いて階段を降り始めた。地下一階の喫煙所まで来ると、晃が気だるげに切り出した。
「ついに、破局かぁ〜?」
春斗も待っていたかのように返事した。
「・・・何か、それっぽいね。」
「そーいやアイツ、三上、バイト先に女来てたし。」
「マジ?・・・何か意外。リオちゃんとちょーラブラブって感じだったのに。」
「・・・・・そんなもんだろ。」
「そんなもんかぁ〜?」
そして、「わかんねぇーなー」という春斗の声がだんだんと遠退いて行き、そのまま二人はAスタジオの扉の中に吸い込まれて行った。
後に残されたリオは、何もするでも無く棒立ちのままただ床を見下ろしていた。怜はすぐ横のカウンターの中で、相変わらず黙ってパソコンの画面を見ている。こじんまりとした楽器コーナーには他に客はいなかった。大して品揃えがいい訳でもないこの店は、ほとんどスタジオを訪れた人間がついでにうろうろするだけの中途半端な空間でしか無かった。BGMに小さめの音でB'zのベストが流れている。
「お前・・・・・。」
動かないリオに、怜がパソコンの画面を見ながら話しかけた。
「昨日、メールよこさなかっただろ。」
リオはほんの少し顔を上げて、怜の方を向いた。
「・・・・・。」
「・・・家に着いたら送れって言っといたぞ。」
「あぁ・・・、忘れてた。・・・・・海行ってた。」
リオはどうでも良さそうに、気の抜けた声で答えた。
「海?・・・・・あのままルイと?」
「・・・・・うん。」
「・・・・・・・・・・。」
怜の胃の中に暗雲が立ち込める。海に行った後どうしたのか、いつ家に帰ったのか、もっと色々聞きたい事があるのに聞く勇気が無い・・・・・。
「今日はね、身辺整理して来た。」
リオはそっぽを向いて淡々とした口調で言った。
「優弥と別れた。・・・だから、Bloody Dolls、やめないからね。」
リオのそのセリフに、思わず怜が座っていた回転椅子を動かしてリオの方に向き直った。
「・・・・・・・・・・マジ?」
リオが頷く。
リオがバンドをやめない・・・・・。怜としては、ほっと胸を撫で下ろしたいところだった。リオがBloody Dollsに入ってから、やっと最近バンドとして軌道に乗り始めたところだ。今、リオにやめてもらう訳には行かなかった。だが、本当に二者択一で優弥と別れたとなると、少しの予想はしていたとしても、どうも胸の奥がすっきりしなかった。リオの気持ちを考えれば、この結果を手放しに喜ぶ訳にもいかない。何とか話し合って別の選択肢は取れ無いのだろうか。そう思いつつも、もうこの件には触れたく無いと思う冷淡な自分もいる。
「だから、これからもよろしく。」
そう言ってリオは、いつも使っている弦を取りに楽器コーナーの方に行った。その姿を怜は何か言葉を探しながら漠然と目で追った。リオは弦をカウンターに置くと、「これ下さい」と言って財布から代金を出した。怜がリオを見つめたまま、ぼそっと口を開いた。
「お前・・・・・、ルイが好き・・・・・?」
「・・・・・は?」
怜は、無意識に弦を袋に入れながら続ける。
「ルイの事、好きか?」
思わずリオは押し黙った。突然何を言い出すのだろう・・・。リオは怜の意図するところがよく分からない。でも、すぐに冷静な声で答えた。
「・・・・・嫌いじゃないよ・・・・・。」
実際リオは、ルイのヴォーカルも好きだった。高音がよく鳴る、多種多様な声を使い分ける豊かな表現力。ヴォーカリストとして申し分の無い存在感。そして、ルイのナルシストで負けん気の強い性格は、整い過ぎたその容姿に鋭く攻撃的な色をも重ねていた。
そんなルイと、昨日リオは酒に酔ったままキスをしてしまった。唇が触れただけの軽いキスだったが、それでもリオは思わず溜息が出てしまったのを思い出した。
「嫌いじゃない・・・・・。じゃあ、好きだって事?」
執拗に繰り返される怜の意味不明な質問に、リオは我慢の限界を感じて突然大きな声を出した。
「知らないよっ。何なのいきなり・・・。何でそんな事聞くの?怜に関係無いじゃんっ。怜はミカさんの事でも考えてたらっ。」
リオはイライラした。まるで、ルイと昨夜一緒だった事を怜に責められているような気がした。軽はずみな事をするなと釘を刺したいのだろうか。ルイに対する思いをそれほど細く考える余裕など今のリオには無い。確かにリオは今、とてつもなく寂しい。誰かにすがりたいと思う自分がいる。でも、だからと言って、誰でもいいから手身近な都合の良い人間に安易に身を委ねてしまおうという気は無かった。そうなりそうにはなったが、そんな自分を何とか押し止めたつもりだ。
「帰る。」
リオはカウンターに置かれた弦の入った袋を掴むと、逃げるように早足で店を出て行った。その後ろ姿を怜は声をかけることもできずに無気力に見送った。
一体自分は何をムキになっているのか・・・・・。独り立ち尽くしたまま怜は考える。
確かに、今の質問は露骨であまりに性急だったようにも思う。リオは優弥と別れたばかりなのだ。そんな事を追求する以前に、いつものように温かく慰めてやるのが今のリオには必要だったのではないか。どうしてそんな単純な判断が、今日の自分には出来なかったのか。
リオが女遊びの激しいルイの手に掛かる事にはやはり抵抗があった。ルイには、定期的に体の関係を持つ年上の女友達がいるのも怜は知っている。だが、最近のルイはリオに対する振る舞いがだいぶ変わって来たように思える。特に、昨夜のルイは何かが違った。ただ単にリオへの後ろめたい思いからなのだろうか・・・・・。
結局自分はどうすればいいのか・・・・・。それ以前に、自分はどうしたいのか・・・・・。
店内に流れるB'zの『TIME』を聴きながら、怜は独り悶々と自問自答を繰り返していた。
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