41・・・カレンと・・・
夕方近くになってからリオはカレンと落ち合い、インテリアショップで買い物をした後ミスドでお茶を飲んでいた。土曜日で学生が少ないせいか、店内はさほど騒がしくもなかった。
「昨日ライブだったんでしょ。やれたの?」
カレンがコーヒーを飲みながら、向かい合って座っているリオに尋ねた。
「うん。今までで一番良かったライブ、だった気がする、自分の中で・・・・・。」
リオは小さな丸いドーナッツを突っつきながら言った。窓の外を見ると、日の短い冬の空はもうすっかり暗くなっていた。
「頑張ったじゃん・・・・・、リオ。」
「・・・・・ライブ?別にー。好きな事だし、返って元気出たよ。燃えた。打ち上げも出れたし。」
「フーン・・・・・。顔、もう大丈夫?何か今日メイク良くない?・・・・・カワイイっ。」
「へっへー、今朝ルイにしてもらったのさ。ルイ、メイク得意みたい。」
リオはふざけたように笑いながら小粒のドーナッツを口に入れた。
「ボーカルのルイさん?・・・・・今朝・・・・・?うそっ、マジっ?どーゆー事?!」
カレンが動揺を隠しけれずにやや大きな声を出した。
「一緒に寝ただけだよ。何もしないで。」
「い〜っ!・・・・・。それってすごい・・・・・。あり得な〜い・・・・・。」
「ライブが終わったらあの女の子が来て・・・・・、それであたしが落ち込んでたから一緒にいてくれて・・・・・。ってゆーかあたしが頼んだの。」
「・・・・・すごい。」
そのままカレンは口を噤んだ。「あの女の子」の事は、朝方リオから届いたメールで分かっていた。
『優弥浮気したんだって。ピアノの先生の子供とかいう女の子が教えてくれた。』
「・・・・・ルイって最初ちょっと苦手だったんだ・・・・・。やたらとべたべたしてくるし。そういうの、抵抗があって・・・・・。ついでにチャラいし、よく女の子お持ち帰りするって聞いたし・・・・・。でも、意外といい人なんだなって。最近見る目変わった。てゆーか、昨日すごい変わった。」
リオは少し嬉しそうに下を向いてそう言った。正直なところ、昨夜ルイと一緒にホテルに入った時、酔った勢いでそのままルイに抱かれてしまおうとヤケになった自分がいた。そうすれば、少しはこの苦しみから解放されるのではないかという錯覚に陥った。それにルイに指摘された通り、ホテルまで行って何もしないなどというそんな人のいい態度をルイが取るとは限らなかった。現にルイは以前、強引にリオに迫ったという前科もある。なのに、昨夜のルイはすんなりリオの要求を受け容れてくれた。そしてリオの方も結局、優弥以外の男に体を許すなどという事は、やはりどうしても抵抗があったのだった。
好きなになった人だけに抱かれたい、と頑なにリオは思う。そうでないと、結局はその場限りの慰めにしかならないだろうから・・・・・。
「そんでさ」とリオは続ける。
「今日ね、カレンに会う前に・・・、優弥の家に寄って忘れ物と一緒にサヨナラの手紙届けてきたよ・・・。」
カレンが思わず、何気なくカップをすするリオを見た。
「これでホントにおしまい・・・・・。」
リオはさりげなくうな垂れて、髪の毛で顔の表情が分からないようにした。
「・・・・・そっか・・・・・。」
カレンから見ても、リオと優弥はお似合いのカップルだった。でも、先日の優弥の狂乱ぶりを目の当たりにしては、別れを決めるのは止むを得ない判断としか思えなかった。誰が見てもあの時の優弥は尋常ではなかった。その上浮気までしたのなら、止める理由はどこにも無い。
「あの日さ・・・・・。」
リオは震える声で続けた。
「カレンたちがいてくれて助かった・・・・・。」
カレンはリオを見ながら黙って微笑む。
「あたし・・・・・、中学の時も特別仲のいい友達なんていなくて・・・・・。つらい事があっても誰にも話せなくって・・・・・。結構独りでもいいやって開き直ってたんだ。人間誰だって所詮孤独なんだって・・・・・。」
リオは鼻をすすりながら下を向いて語り続ける。
「でもっ、カレンと会って・・・・・、美羽とかもそうだけど・・・・・、考え方、ちょっと変わったってゆーか・・・・・。」
「うん・・・・・・・・・・。」
「とにかく・・・・・、この前はマジ救われたっ。」
リオは適当な言葉が見つからなくて、最後は簡単にまとめた。それを聞いて、カレンはぷっと吹き出した。少し照れ笑いをしながらカレンは言う。
「うん、仲間じゃん、あたしたち。リオは自分から何も言わないから、すっごい気を揉むんだよー、いつも。今、何を悩んでんのかなって。今度からもっとこまめに色んな事あたしに相談しろっ。」
そう言われて思わずリオは顔を上げ、涙で濡れた目でカレンを見た。そして、
「はい・・・・・・・・・・。」
と素直に返事した。二人は顔を見合わせてふふふと笑い合った。
リオは冷めかけたミルクティーを口にしながら呟いた。
「でも・・・・・、大事な友達、一人減っちゃったー。」
それが優弥の事だという事は、カレンにはすぐに判断出来た。
「あたしが男だったら良かったのに・・・・・。そしたらずっと友達のままでいられたのに・・・・・ね・・・・・。」
そう言うとリオはティーカップに目を落としたまま黙り込んだ。
確かに、特別付き合ったりしなければ、リオと優弥はずっと友達でいられたはずだ。でも、一緒にいたからこそ得たものもあったはずだ。結果的にダメになってしまったとしても、二人が硬く結ばれていた時間は確かに存在したのだ。
少しの沈黙の後、カレンが柔らかく口を開いた。
「・・・バラード、書いてみたら?」
「・・・・・えっ?」
「リオの想いを歌に残すの。アイツと恋愛した証として。貴重な経験だったでしょ。」
「・・・・・・・・・・。」
傷心のバラード・・・。確かに今なら書けるかもしれない。恋愛の経験が全く無かった頃は考えられなかった。でも、辛い思いを引きずっている今の自分なら十分に書けるだろう・・・・・。
鈍感な正確が災いしてか、リオは優弥と付き合う以前に恋らしい恋などした事はなかった。今思えば、優弥の事は友達だった時から好きになっていたのかもしれない。でも、それは付き合い始めてからやっとの事でリオの中に変化をもたらした。
体を重ね、互いに快感を分け合ううちにどんどん膨れ上がって行った愛情・・・・・。
苦しいほどに恋焦がれる気持ち。愛されたいという気持ち。大切にしたいと思う気持ち・・・・・。リオにとって優弥との初めての恋は、リオが今まで感じる事の無かった様々な感情を呼び起こしてくれた。
独りで密かに抱えていたリオの心の傷を、優弥は温かく包み込んで癒してくれた。優弥に守られているという安心感が、逆に守ってあげたいという母性をも育んだ。そして、優弥から必要とされ、優弥の愛を感じる事で、自分という人間の存在価値を確認する事が出来た。
この九ヶ月間で人としてリオが得たものは、計り知れないほど大きい。
だが、そんな人生の大切な一ページも、今のリオにとってはすぐにでも忘れてしまいたいつらい過去でしか無い。一日でも早く記憶から抹消させて楽になりたい。今のリオには、そうする以外にこの苦しみから逃れる方法は見付けられなかった。
「うん、そうだね・・・・・、今は無理だけど、書ける時が来たら、書くよ・・・・・。」
泣き笑いのような顔をしているリオに、カレンは励ますように黙って頷き返した。そして、急に高い声を出して軽快に言った。
「明日ー、ヘアカット行かない?」
「えっ?」
「イメチェンしようよ。あたしリオのその頭、飽きたっ。」
「・・・・・はぁぁ?」
「あたしも髪の毛切ろうと思ってたんだ。一緒に明日美容院行こうよっ。」
「・・・・・・・・・・。」
それもいいかも知れない。ベッドカバーもさっき新しく買い換えた。この際何でも変えられるものは変えたらいいかもしれない。新しい自分に生まれ変わるつもりで・・・・・。
「うん、いいね。行こうっ。」
お茶が空っぽになると、リオは明日の待ち合わせ場所と時間を確認してからカレンと一緒に席を立った。
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