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 4・・・今日から彼女
 その夜リオはシャワーを浴びたあと、自分のベッドにドサッと音を立てて仰向けになると、今日の新入生歓迎ライブでの出来事を回想した。
 何度も何度も繰り返し出てくる、あの情景・・・。
 自分を見据えたときの優弥の眼差し。自分を「好きだ」と叫んだときの姿、その表情、そして声・・・。

(まさか、ホントにやるとは思わなかったよ・・・。)

 呆れた思いと、申し訳ない思いと、称賛したい思いと、少しの感動とがごちゃまぜになって、リオの頭の中でうねっていた。

(明日からどうなるんだ・・・?)

 そのとき、B'zの曲がリオの部屋に流れた。携帯の着信音だ。ガバっと跳ね起きて、黒地に銀の豹柄の携帯電話を剛速球並みの速さで掴んだ。
 案の定、そこには―軽音 三上優弥―と表示されていた。

「もしもし・・・。」
 おずおずとリオは電話に出た。
「増田・・・?」
 低くて静かな優弥の声だった。
「うん。」
「何してた?」
「あー、別に・・・。シャワー浴びたばっかでぼーっとしてた・・・。」
「そっか・・。てっきり今もギター弾いてるかと思った。」
 優弥は僅かに笑いを含んだ声で言った。リオもフフっと少し笑う。
「あの、今日・・・。」
 と、リオ。
「ん?」
 リオは一瞬何と言おうかと悩んだが、今日の優弥がとった行動に対して好意的な態度を示したかった。
「・・・かっこよかったよ。」
「マジ?!」
 優弥が意外そうに、かつ嬉しそうな声を上げた。リオが言葉を足す。
「てゆーか、優弥怒ってるかと思ってたから、驚いた。」
「うん・・・。」
 それについて優弥は特に説明はせず、
「それで、これでいいんだよね?」
 とすぐに切り返した。
「え?」
「俺と付き合ってくれるんだよね・・・?」
 妙に懇願するかのような優弥の物言いに、リオは少々戸惑いを感じた。
「・・・うん。だって・・・。」
 約束だからとか、仕方ないからとは言いたくなかった。
「感動したからっ。」
 リオは、そうはっきりと言った。決してうそではなかった。今日のあの出来事の感想をまとめると、結局そういう結論だった。

「マジ?!」
 優弥の声のトーンが急に高く、輝いた。
「うん。」
「やっぱ俺、頑張ったから!」
「うん、びっくりしたよ。」
 リオが笑顔で答える。優弥はすっかり上機嫌で、いつもの調子に戻っていた。ずっと優弥と会話ができなかったリオは、久々に元の二人の関係に戻れたようで嬉しかった。

 そのあと、今日のライブの感想やら、他愛も無い話をしてから会話は終わった。最後に優弥は、
「今日から俺の彼女だからっ。」
 宣言するように、きっぱりと言い切った。
「おやすみ、・・・リオ。」
「おやすみ・・・。」
 リオ、と初めて呼ばれた。リオをそう呼ぶのは先輩である沢村怜か一部の女子だけで、他の先輩からは「リオちゃん」、同学年の男子には苗字の「増田」と呼ばれていた。

(・・・新鮮だぁ・・・。)

 携帯の着信履歴を見ると、「どうすんの?」といったようなメールが、軽音楽部の男子やクラスの女子、さらには先輩からも数件入っていた。

「ヒマだね〜・・・。」
 リオは、男子には「ほっとけ」、女子には「明日ね」と打ち、先輩には「ナイショ」と打って送信した。

 窓を開けると、夜空に三日月が白く煙るように光っていた。
 リオはアコースティックギターのネックを握ると窓際に腰を下ろし、月を見上げながら静かにストロークした。

(そうだ、今度優弥にピアノで「月光」を弾いてもらおう・・・。)

 そんなことを思いながら、リオはギターに合わせて深みのあるハスキーヴォイスで静かに歌い始めた。曲はスキッドロウの『I REMEMBER YOU』。ひんやりとした夜風がリオの歌声を乗せて、きらめく夜景の中に消えていった。

 翌朝。朝食を終えたリオは、鏡の前で顔にUVカットのローションを塗り、襟足にトワレを少し付けてから自宅を後にした。
 リオは、駅から程近いマンションの九階に母親と二人きりで住んでいる。靴を履く前に、まだ寝ている母親に一言「行ってきます」と言ってから出てきた。母親は眠そうに目をこすりながら、「行ってらっしゃい・・・」と力無く答えた。そして、「今日夜遅くなりそうだから夕飯何か一人で適当に食べて」と付け加えた。

「わかった。」
 リオはマンションのエントランスを出て、いつもの道を真っ直ぐ歩いて駅に向かった。今日はライブの後でバンドの練習もないので、持ち物は鞄だけだ。
 歩きながらリオは考えた。

(今日、優弥はどう出るのか?)

 思えば、男を目指している自分なんかと付き合いたいだなんて、変わった趣味だ、とリオは首を傾げる。一体、こんな自分のどこが良かったのか・・・。

 改札をくぐり、ホームに向かって駅の通路を歩き出すと、「リオ」と横から呼ぶ声がした。
 ドキリとして振り向くと、制服を着て鞄を抱えた優弥が壁際に立っていた。うれしそうに軽く片手を振っている。
「あれ、いたの?」
「うん。待ってた。」
 二人はどちらとも無く「おはよう。」と言うと、そのまま並んで歩き出した。
「もし来なかったら、どうするつもりだったの?」
 リオが優弥の横顔を見上げながら問う。
「・・・う〜ん。でもいつもお前、この時間に乗ってたから。・・・何とかなるだろうと思って。」
 優弥はポケットに手を突っ込んだまま、前を見て歩きながら言った。
「メールしてくれれば良かったのに・・・。」
「そっか・・。」

 車両の中はぎゅうぎゅう詰めというわけでもなかったが、その手前程度に満員状態だった。
 リオと優弥は一緒に電車に乗り込むと、互いに向き合って引っ付かないように、でもあまり離れないように意識して立ち位置を決めた。ほんの五分電車に揺られる。やっとのことで人だらけの電車を降りると、二人は並んで学校に向かって歩きだした。途中、何人かの友達に会った。いつもならそのまま一緒に歩いていくところを、今日は誰もが自分たちを置いて行ってしまう。皆、にやにや笑っていたり、意味ありげな視線を投げかけたりしながら。中には昨日の延長で、はやし立てたりする友達もいた。

 学校に着いても同じだった。教室に入ると、皆がリオに注目した。カレンの話によると、昨日のライブでの出来事は、あの後すぐに連絡網のように生徒の間をメールで回っていたらしい。恐ろしい時代だ、とリオは思った。
 けれど、リオは周囲に注目される事には何の抵抗も無かった。ただ、優弥と以前のように会話ができるようになったことがうれしかった。「彼女」になって二人で登校したことが新鮮だっただけだ。

 優弥とリオは毎日一緒に登校するようになり、下校する時も、バンドの練習や特別用事が無い時は二人で一緒に帰るようになった。