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36・・・嵐のあとその3
 後で聞いたところによると、カレンたち一行はリオと優弥の事を心配して、二人の話し合いが終わるのを意識的に待っていたという事だった。
 松本と早坂は特に、ここ数日の優弥の粗暴な態度を目の当たりにしているだけに、最悪の状況を心配していた。だが、まさか優弥がリオにここまでやるとは、二人にも予測不可能な事だった。

 優弥との視聴覚室でのやり取りの後、リオはカレンと美羽に支えられながら他人の目を避けて学校を後にした。取れたボタンは、美羽がソーイングセットを使って丁寧に元通りにしてくれた。殴られた顔半分は長い髪の毛で隠せば何とかなったが、時間が経つにつれリオの顔はだいぶ派手に腫れ上がっていた。

 自宅マンションに入るとき、リオは四人を振り返って力無く言った。
「ありがとう・・・。」
 少し笑って見せたが、口が痛いのですぐに元に戻した。四人は何と言ったらいいか分からず、膨れ上がったリオの顔を複雑な表情で見つめた。

「今日、リオのママ遅いの?食べるもんあるの?」
 カレンが玄関で聞いた。カレンのうちも母子家庭で、母独り子独りだった。母親はスナックを経営しているため夜は家に不在なので、カレンは一人で夕飯を用意して食べることが多かった。リオと似たような境遇なので、こうした気が回るのだ。

「大丈夫だよ。何かあるから。」
 リオが答えた。正直、家に食べ物は何も無い気がしたのだが、食欲など無いのでちょうどいい。他にも、「病院行かなくていいの?」と松本にも聞かれたが、「多分大丈夫だから」とリオは答えた。とにかく無気力で、早くベッドに横になりたかった。
 それでもリオは、何とか制服を脱いで部屋着に着替え、ビニール袋に氷を詰めて顔に当てるところまでやった。この顔は明日には元に戻るだろうか。そんなことを考えているうちにリオは浅い眠りについた。

 翌日、リオは布団に半分顔をうずめて「お腹が痛い」と言って学校を休んだ。
 リオは理沙の前に姿をさらす時も最新の注意を払い、髪の毛で顔半分を隠し痣を見られないようにした。この顔は誰にやられたかといった様な問題に発展されるのは、リオ自身も望まないところだった。

 理沙が仕事に出掛けてからリオは布団から這い出し、シャワーを浴びに浴室に入った。
 鏡に向かって顔を見てみると、左頬が青く変色している。
 翌日にはBloodyDollsのライブが控えていた。リオはシャワーを浴び終えると、顔と腹部に湿布を貼り、口元と目の上にはバンドエイドを貼った。マフィン一個とオレンジジュースという簡単な朝食を済ませると、ギターを抱えベッドに仰向けになりながら弦をはじいた。だが、すぐに手を止めてジュータンの上にギターを置くと、再び布団にくるまって動かなくなった。 


「お前、なんか顔おかしくないか?」
 Bloody Dollsのライブ当日、ライブハウスで会うなり怜に言われた。
「えっ・・・・・。」
「顔半分、色が違うぞ。」
 そんな怜の言葉が聞こえたのか、ルイがさりげなく近付いて来て、リオの髪を無造作に手ぐしでかき上げた。リオは最近、ルイに触れられることに大分だいぶ慣れてしまい、けもせずそのまま突っ立っていた。物憂げに自分の顔をのぞき込むルイの視線を痛く感じ、リオは長いまつ毛を伏せた。

「殴られたのか?」
 ルイのセリフに、談笑していた明人とクニまでもが、言葉を切って思わずリオの方を振り向いた。
「いや、別に大したことないよ。」
 リオは明るくそう言うと、素早くルイから身を引いた。そして眉をひそめるメンバーをよそに、飲み物を買いに行く振りをしてさりげなくその場を離れた。

 楽屋に続く通路に出ると、すぐに後から追いかけて来た怜に背後から追求された。
「アイツか・・・・・?優弥か?」
 リオは振り向きもせず黙ったままだった。一呼吸置いてから、
「何でも無いよ。」
 そう答えると、
「何でも無いわけないだろう。」
 怜は少し怒ったような言い方をした。
「何でも無いよっ。」
 相変わらず怜を見ずに、今度は声のヴォリュームをやや上げてリオは答えた。
 リオの声色に何者をも寄せ付けない頑ななものを感じて、思わず怜は言葉をつぐんだ。
 口調を元に戻してリオは呟く。

「リオは、『どこにでもいるありきたりな女』じゃないんだ・・・・・。」

 先日怜から言われた言葉を、リオはまるで自分に言い聞かせるかのように口にした。そして、足早に通路を抜けると、外に通じる暗い階段を独り駆け上って行ってしまった。
 その姿を見送ると、怜は手持ち無沙汰のように、何となく煙草を取り出して火を点けた。
 ふいに人の気配を感じて後ろを振り返ると、三メートルほど離れた通路の壁にルイが寄りかかって床を見下ろしていた。そんなルイに怜は歩み寄ると、ぽんと肩を叩き、「行こうぜ」と目の前を通り過ぎて行った。
 ルイは何かを問うように一度怜を見たが、すぐに下を向いてだるそうに身を起こし、自分も怜の後に続いた。

 張り紙だらけの壁に挟まれた階段を上り扉を開くと、冷たい空気の中の刺すような陽光にリオは目を細めた。外に出るとすぐ横の壁にもたれて、そのままそこにしゃがみ込んだ。そして、目に滲んでいた余計な水分を手の甲で拭い取った。

 リオは、一昨日の出来事を誰にも触れられたくなかった。それ以前に、夢だと思いたかった。怜に話しでもすれば、それは事実として克明によみがえり、リオの悲しみはたちまちに蒸し返されてしまう。そして、無防備な自分を曝け出して、その場に泣き崩れてしまうだろう。そんな姿は誰にも見せたくない。そんな精神状態ではステージにも立てない。
 リオは、張り詰めた糸を断ち切らないように、自分に暗示をかけた。バンドのメンバーにも、余計な気を使わせたく無かった。今はライブに関係の無い事は、全てシャットアウトするのだ。

 ハァ・・・と、か細い息を吐いてから、リオは自販機でジュースを買った。そして重い扉を開くと、再び暗い階段を降りてステージの方へと戻って行った。




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