34・・・憂鬱な時間
今日の女子の体育の授業は体育館でバスケットだった。外は雪の残りで地面がぐちゃぐちゃなので、グラウンドは全く使い物にならない。お陰で体育館は男女混合の二クラスでひしめき合って使うことになった。普段男女が隣同士で体育の時間をすごすことは稀だった。
回ってくる出番は少ないが、体育館を二つにしきって男女別にバスケットの試合をすることになった。紺色のジャージに着替えたリオは髪の毛を二つに分け、バイトの時よくしていた二つの団子にまとめた。体育の教師は髪をばさばさ揺らしていると文句を言うのだ。教師の指示で試合のメンバーが決められた。リオは次の次が出番なので、体育座りをして何となく男子の方を眺めた。
「優弥君、すごいね。バスケも得意なんだねっ。」
隣に座っていた美羽がいくらか興奮気味にリオに耳打ちした。リオが優弥の姿を見つけると、優弥は見慣れないジャージ姿でゼッケンを付け、試合に参加しているところだった。機敏な動きで巧みに敵をかわし、低い姿勢でドリブルをする優弥の姿はなかなか目を引くものがあった。そういえば優弥は中学時代バスケ部だったのだ。あの長身はバスケで得たものなのだろうか。リオはそんなことをぼんやり考えながら、夢でも見るように優弥を目で追った。中学時代の勘はまだ鈍っていないようだった。優弥は軽快なドリブルでゴールまで進むと、華麗なステップで高々と飛び上がり、踊るようにゴールを決めた。信じられないようなスピードだった。そんな優弥の動きにリオは思わず見とれてしまった。
(かっこいいじゃん、優弥。)
優弥は相変わらずにこりともせず、頭を振って鬱陶しそうに前髪を避けた。
リオは今日の放課後、優弥と話をしようと思っている。優弥から選択を迫られた問題の要件について。もう一度優弥と話し合った上で、もしかしたら今日リオはBloody Dollsをやめなければならないかもしれない。もしくは、優弥と別れなければならないかもしれない。そんなことがありうるのだろうか。そんな現実が、リオは未だに信じられない。
ピーっという笛の音とともに優弥たちの試合が終わった。優弥のチームが勝ったらしい。優弥の一人勝ちのようなものだった。松本が優弥の肩を叩き、楽しそうに何やら話しかけている。優弥は得意げな笑みを浮かべる。ふと、そんな優弥が女子のほうに目をやった。リオと目が合う。互いに笑う訳でもなく、じっと視線を向け合う。今、優弥とリオの二人はニュートラルの状態だ。別れているわけでもないし、かといって今までみたいな二人の関係でもない。指示を待っているどっちつかずの状態。
しばらくしてから優弥はリオから目を逸らした。リオはいつまでも優弥の事を目で追ったままだった。無意識かもしれない。
『元気かー』
早坂からリオに授業中メールが入った。早坂はよく生物の時間にメールをよこす。生物の授業はあまり集中できないらしい。教壇では生物教師の花岡が一人講義のように淡々と授業を進めていた。リオも早坂にメールを返す。
『元気っす』
『そっか 優弥は少し変だぞ』
それはそうだろう、普通では困る。とリオは独り思う。リオだって相当変になっている。早坂は全部事情を知っている上で遠回しに探りを入れているのだ。優弥も自分の事を何でも人に話すほうではない。早坂が心配してくれているのは分かっていた。おそらくカレンにも話は行っているのだろう。
『松本はどお?しっくりいってる?』
リオはHYENAに入ったばかりの松本の話題に話を逸らした。
『なかなかイイ感じ 今度ディルのコピーやる』
『ディル いいね ギター一人たんないけど。自傷行為はコピーしないようにってボーカルに 言っといて』
『了解 俺も血はかんべん』
『今日優弥と学校帰りに話するから』
そう入れてからリオは携帯の蓋を閉めた。ふと視線を感じて顔を上げると、黒板に背を向けた花岡と目が合った。花岡は、下を向いて何かやっていたリオの手元に訝しげな視線を投げている。
「増田、答えてみろ。」
「・・・へっ?!」
突然言われ、リオは慌てて教科書を覗き込んだ。今どこをやっているのだろう、さっぱり分からない。早坂が「しまった」という顔をして離れた席からリオを見守っている。
(・・・・・やばい・・・・・。)
リオがどうしようかと固まっていると、後ろの席になったあまり口をきいたことの無い白井晴太が身を乗り出し、こっそりとリオに耳打ちしてくれた。訳も分からぬまま、リオは白井に言われた通りに花岡に向かって答えた。
「・・・・・カク。」
質問の内容も分からなかったが、答えは「核」であっていたらしい。花岡は面白く無さそうに「そう・・・、核だ」と言い、黒板に向き直った。
「ありがとね、白井君。」
リオが後ろを向いて小声でそう言うと、白井はリオから目を逸らし照れたように愛想笑いを浮かべた。そして、
「バイブの音も結構響くから気を付けたほうがいいよ。」
と言った。
そういえば、白井は試験の後に貼り出される上位高得点者としてその名を列ねていた。わざわざ答えを教えてくれるなんて今度の席もついている。それとも今日はいい日なのかもしれない、リオは思った。
「おじゃましまーす。」
昼休み、リオはそう言って、美羽と松本カップルの二人の昼食タイムに混ざって食事をとった。別にクラスの他の女子でも良かったのだが、二人の席が傍だったので何となくそこに収まった。視聴覚室で軽音楽部の中に行くと、もしかしたら優弥と鉢合わせしてしまうかもしれない。それだけは避けたかった。リオと優弥が一緒に昼食をとらないイコール二人が揉めている最中だという方程式は、周囲の友達には暗黙の了解だった。
リオは売店で買って来たやきそばパンに噛り付いた。あまりおいしくない。松本はちらちらとリオを見て、何か言いたそうにしている。でも、リオは問題の件について誰にも触れられたくなかった。むしろ自分も触れたくない。
(面倒くさい・・・・・。)
リオは松本に対し言葉を発する事で透明のバリアを張った。「ディルのコピーってどんな曲やるの?」とバンドの話題で松本を質問攻めにしてその場をやり過ごした。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。