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33・・・カウンセリング
「俺、やっぱりアイツに本当の事を言う事にした。」
 学校が終わった後、「用事がある」と言ってリオと別れた優弥は、麻里江とテーブルを挟んで目の前の湯気の立つコーヒーカップを眺めながらそう言った。麻里江の目が見開き、ミルクティーの入ったカップに添えた両手が震えた。
「お前の言う通りにしたら、きっと俺、いつか壊れる。」
 麻里江はやっとのことで言葉を見付けた。
「振られてもいいの?・・・私だったら絶対許せないよ。」
 優弥は一瞬眉をひそめたが、寂しげな目をテーブルに向けながら力無く吐き出す。
「すげー怒るだろうけど・・・何とかするしかねぇだろ。それでも俺はアイツと一緒にいたい・・・。」
 そう言いながら優弥は肘を付いて祈るように両手を握り合わせ、それに長い髪で隠れた自分の額を押し付けた。そしてすぐに立ち上がった。
「待って!」
 優弥の動きが止まると麻里江が声を荒げて言った。
「私、言っちゃうからっ。あの子に言っちゃうからっ。」
 そんな麻里江を優弥は少し哀れむような複雑な表情で見下ろした。
「いいよ・・・。好きにしろよ。」
 そういい捨てると、優弥はカバンを掴んで大股で出口に向かった。その背中に向かって、
「ホントに言っちゃうからねっ!」
 と立ち上がって叫ぶ麻里江を、周囲のテーブルの客が好奇の目を注いでいた。
 優弥は一度も麻里江を振り返らずに行ってしまった。その姿が見えなくなると、麻里江はがっくりと崩れるように再び椅子に腰掛けた。これでは賭けに負けたというより仕方がない。掛け持ちでもいいから優弥と関係を持とうとしていたのに、それすらも拒否され、しかも自分のことを優弥はこれから避けるだろう。そう考えると麻里江は身が潰れるような思いがした。それならば今までのほうがマシではないか。でも、もしかしたら優弥はリオと別れるかもしれない・・・。

「また泣いてるし。」
 突然頭上からそんな声がして、麻里江は涙を落としながらハッと上を見上げた。目の前の景色を覆ったのは数日前にアップで見た紺と赤の制服だ。桜川女子高校。ワルの吹き溜まりとして有名なその高校の制服をルーズに着こなしている女子高生は、麻里江を見下ろすとガムを噛みながらグロスで光った唇をニッとゆがませた。
 誰だろう?なぜ自分に話かけるのだろう?困惑する麻里江に女子高生は言った。
「あたしだよ、さき。飯塚咲。中学一緒だったじゃん。麻里江でしょ?」
 そう言われてその名前の少女を麻里江は思い出してみる。でも、どうしても記憶の中のその子と一致しない。中学のときのその子は上戸綾のような雰囲気があった。今目の前に立っているのは栗色のぐりぐりのパーマヘア、長い付けまつ毛の付いた真っ黒に塗られた目元、瞼にはラメ入りのアイシャドウ。メイクがきつすぎて元の顔が全く分からない。イメージを一言で言えば制服を着たダンサーといったところだ。でも本人が飯塚咲だと言うならそうなのだろう。麻里江はまったく原形をとどめないその少女に向かって戸惑いながらも「久しぶり・・・」と答えた。
「どうしたの?この前も泣いてたじゃん。声かけたのにシカトするしぃ。」
 飯塚咲はそう言いながら優弥の座っていた麻里江の向い側の席にドカっと腰掛けた。
「そうだ、前にさーLIVELAのライブにも来てなかった?もうだいぶ前だけどー、あっ、夏だ夏!」
 咲は、低くて妙に響く声で周りに聞かせようとするかのような大声で話す。エネルギーを吸い取られていくようだ。麻里江は普段接する機会の無い異星物と対面するかのように恐る恐る口を開いた。
「行ったよ。HYENAのライブ観に。」
「やっぱしー?!麻里江のような気がしたんだー!あんなとこにいるの意外だったんだけどー、やっぱそーだったんだー!」
 咲はいちいちリアクションが大げさだった。相変わらず大声で続ける。
「HYENA観に行ったの?もしかして知り合い?あー、ヴォーカルの子ちょっとかっこよかったよねー。」
 咲は人に質問しておいて答えを聞かずに一人で納得している。
「あたしはねー、LIVELAのファンクラブ入ってるんだ。晃君のファンなの。学校違うからなかなか会えないけどねー。メールするとたまに会ってくれるんだよ!」
 咲は何だか得意気な面持ちだ。
(晃君?誰だっけ?)
 どうでもいいと思いつつ麻里江は考えた。
「もしかして、ベースの人?」
 麻里江が言うと咲はさらに大きく太い声を上げ、「そーそー!」と興奮している。
「あの人、駅前のコーヒーチェーンでバイトしてるよね。」
 麻里江の何気ない発言に咲は黒く塗りつぶした目をさらに拡大し、
「えー!?マジぃ?!」
 咲のテンションの高さに麻里江は少々疲れてきた。咲は麻里江から晃のバイト先を聞き出すと「今日寄ってみる」と大騒ぎをしている。ある程度落ち着いたところで、咲は思い出したように麻里江に質問してきた。
「・・・それで、何を悩んでんの?失恋?」

 突然本題に入られて麻里江は固まった。麻里江の今回の悩みは誰にも話したことが無い。麻里江の通うカトリック系のお嬢様学校は偏差値も高めで品行方正な子が多い。優弥との事を話せるような砕けた友達は、とりあえず麻里江の周りには見当たらなかった。
「あたしで良かったら相談に乗るよ?見かけるたんびに泣いてるんだもん、気になるじゃん。言ってみなよ。言うだけでもすっきりするよ?」
 咲の打って変わった妙に優しい物言いに麻里江は再び涙ぐんでしまった。
 そうだ、直接関係の無いない世界にいる子だからこそ話せるのかもしれない。まるで昼間のテレビ番組の相談コーナーに電話をする主婦のように、関係の無い人だからこそ何も害が無く話せるのかもしれない・・・・・。
 そんな思いに駆られ、麻里江は小さな声でぽつぽつと事の成り行きを話し始めた。

「なにそれ?ヤリ逃げもいいとこじゃんっ。ひっでー男ー。」
 それがあのHYENAの優弥だとは麻里江は言わなかった。
「ゆ、・・・彼は、いい人だよっ!」
 麻里江は咲に食って掛かった。そして、
「でも、もう終わりだよ・・・。嫌われちゃったよ・・・。麻里江、悲しいよ、苦しいよ、死んじゃいたいよー・・・・・。」
 そう言ってわぁっとテーブルに突っ伏して泣き出した。テーブルに伸びた麻里江の黒く長い髪の毛が小さく揺れている。そんな麻里江の頭を咲は優しく撫でてやった。咲は、麻里江が一通り泣いて落ち着くのを待つと、麻里江の手に自分の手を重ねながら諭すように話し始めた。
「つらいよね、麻里江。分かるよほんと。あたしだってそーゆー経験あるもん。だからほんと麻里江の気持ち分かるよ。・・・でもさ、死んじゃったら何もならないんだよ?死ぬくらいならもっと楽になる方法は一杯あるんだよ?麻里江は今、心の病にかかってるだけ。それを乗り切ればいいだけなんだよ。」
 麻里江は涙に濡れた無表情な顔を上げた。
「・・・どうやって?」
 咲は辺りをはばかりながら、ポケットからそっと細長い半透明のケースを取り出した。それは、小さい頃よく見たラムネの形をしたプラスティックの入れ物だ。咲は、それのフタをポンと親指で器用に開けると、容器の中を半分ほど埋めていた白いかたまりの中から二粒を麻里江に差し出した。すぐに傍にあったペーパーを一枚引き抜き、それでくるむ。
「ほら、これあげる。苦しみから解放されるお薬だよ。幸せになれるお薬だよ。もう死にたいなんて思わないで済むよ。」
「お薬・・・・・?」
 麻里江は嫌な響きを感じて咲の差し出したペーパーを恐る恐る開けてみた。それは、昔からよく見る駄菓子のラムネのような錠剤だった。何かのマークが入っている。
「これは・・・・・。」
 学校で映像を見せられたことがある。「幻覚作用と興奮作用をあわせ持つ麻薬です。大量に摂取すると神経細胞にダメージを与えることがあります」「これを持っていたり使ったりすることは、『麻薬及び向精神薬取締法』の所持罪、使用罪にあたります」そんな訴えに「やるわけないじゃん」「意味無し」、見てた生徒たちも麻里江自身もそう思っていた。だいたい大都会でもない地元でじっとしていれば、それはどうやったって手に入らない代物だ。
「これね、渋谷で手に入れたの。ネットとかでも買えるけどね。今日だけ特別にあげる。今回だけだよ。」 
 咲は周りに聞こえないように麻里江の耳元でこっそりそう言った。麻里江は慌ててそれを突き返した。
「いいよっ・・・。大丈夫だよっ・・・。」
「いいって!とりあえず持ってればいいじゃん。あげるって言ってるんだからっ。プレゼントっ。」
 咲は、明るく揺ぎ無い態度で言い放つ。
「これはね、心の病を和らげるお薬なんだよ。ムリしてストレス溜め込んで壊れちゃうよかましだよ?人間、いつ切羽詰るか分かんないよ?いいから持ってな。お守り!」
 そうもっともらしいことを言って、咲は麻里江のメールアドレスを聞き出してから軽快な足取りでその場を去って行った。
 あとに残された麻里江はしばらく落ち着かない様子で目を泳がせていたが、すぐにそれをポケットにしまうと、きょろきょろと周囲を見回しながら急いで自分も店を出た。