31・・・スタジオで
「別に拉致するわけじゃないし。だってこれからスタジオじゃん?行き先一緒なんだから乗れよ。」
そこまで言われてリオはギターを担いでしぶしぶルイの助手席に座った。
「すごい車だね。」
「そおか?」
ルイは運転席から出てきてリオのギターや荷物を受け取り後部座席に置いてくれた。運の悪い事にカレンは、「あたしは駅で買い物してく」と言って、たまたま通りかかった同じクラスの子と一緒に帰ってしまった。一緒に乗ると思い込んでいたリオにとっては予定外だった。ルイと二人っきりになるのはまだ抵抗があった。
「この間・・・。」
ルイが車を走らせながら会話の口火を切った。
「嫌がることしてごめんな。」
リオがルイを見ると、ルイは少し気まずそうにリオに笑いかけ、すぐに前を向いた。
「酔ってたからだよね。」
「うん、・・・・・でも最初から狙ってた。お前、なかなか打ち上げに出てこないから。」
と、ルイは楽しそうに抜け抜けと言ってのけた。リオは目を細めて少し語気を強める。
「あたしはねー、彼氏としかああいうことしないんだよっ。」
「・・・ふーん。」
ルイはどうでも良さそうにチェリーに火をつけながら答える。十分ほど走るとスタジオのある最寄り駅の踏み切りを通過した。コンクリート打ちっぱなしの三階建ての建物の前に車を停めると、ルイはリオに顔を近付けて行きながら言った。
「もうしないから、嫌いにならないで・・・?」
ルイがそう言い終わるころにはリオの額にルイの額が軽く触れていた。唇がもう少しで触れてしまいそうだ。ルイがあまりにも接近してくるので、退いていくうちにリオの背中は助手席のドアに張り付いてしまっていた。しかもこのセリフを言うために、なぜリオの顔の横に両手を置いて囲まれなければならないのか・・・、リオは納得が行かない。
「・・・分かったから、離れてよ、ルイ・・・。」
リオが固まってそう言うと、ルイはフフンと鼻で笑いながら機敏な動きでリオから離れ、運転席のドアを開けた。
リオがルイの車を降りてギターを受け取ると、ルイはリオのエフェクターケースを持ったままスタジオの入口に向かった。リオがそのすぐ後ろを歩く。ふと見上げると、リオと同じ学校の制服を着た数人の男子生徒の姿が見えた。リオはすぐにその中から金色のメッシュをまだらに入れた長髪の高校生を見付けた。険しい表情でこちらを凝視する優弥と目が合い、リオは凍り付いた。
「優弥・・・、練習もう終わったんだ・・・。」
そう言うリオを無視して、優弥は自分の横を通り過ぎようとしたルイの胸倉を突然鷲づかみにした。そのまますぐ横の壁に乱暴に押しやる。隣にいた松本や早坂がその光景をぎょっとして見た。優弥とルイが間近で睨み合うと、二才年上のルイよりも優弥の方が若干背が高かった。
「あんたさぁ・・・、何、人の女口説いてんだよ・・・。」
ゆっくりと吐き出した優弥の声は異常に低くて擦れていた。どす黒いオーラが優弥を包む。リオは、今の車の中の様子を優弥に見られていたのだという事を悟った。ルイは優弥に壁に貼り付けられたまま、待ち構えていたかの様に口元に余裕の笑みを浮かべた。
「そっか、リオはお前のもんだったな・・・。」
血走った目で自分を見る優弥を真っ直ぐ見ながら、ルイは挑発的な声色で言う。
「熱くなってんなよ高校生。安心しな、・・・・・まだヤってねぇよ。」
とたんに優弥の拳が高く振り上げられ、空を切ってルイの横っ面を殴りつけた。それを見たリオが「ひっ」と声を上げた。弾ける様にルイの体がよろめき、リオのエフェクターケースががたんとルイの足元に落ちた。すぐに顔を上げて頬を押さえながらルイが叫ぶ。
「顔は、やめろっ!!」
優弥は構わず再び拳を振り上げた。と、そこで松本と早坂が素早く両側から優弥を取り押さえた。
「おいっ!」「やめとけってっ!」早坂と松本がほぼ同時に叫んだ。
動きが取れない優弥は、ルイを睨みながら拳を上げてロボットのように固まっている。ルイが口から少量の血液をぺっと地面に吐いた。自分の歯で口内が切れてしまったようだ。口元を拭いながらルイが続ける。
「顔はやめろよっ。うちのバンドはヴィジュアル系だぜ?!オレはヴォーカルだぜ?!顔ケガしてどうすんだよっ!お前らみたいなお遊びの高校生バンドじゃねぇんだよっ!」
ルイがそういい終わらないうちに、優弥は腕を掴まれたまま、今度はルイの肉の少ない腹を思い切り膝で蹴り込んだ。
「やめてっ。」
リオが叫ぶ。ルイはぐぅっという音を吐き出して身を屈めた。
「・・・・・だったらあんたも態度改めろよ・・・・・。」
優弥は腹を抱えて座りこんだルイを見下ろして冷ややかにそう言うと、自分を掴んだ二人の腕を振り払って足早に歩き出した。すぐにリオがルイのもとに駆け寄る。
「ルイっ。大丈夫?!」
ルイはリオに返事をせずに下を向いたままだった。長い金髪が顔を覆って表情は読み取れない。
「優弥っ!!」
飛び上がるように立ち上がってリオが優弥を追いかける。優弥はリオを無視して制服のパンツのポケットに手を突っ込んだまま歩き続ける。
「待ってってば!」
やっとリオが優弥の腕を掴むと、優弥は突然振り返って言った。
「・・・・・何、男の車になんか乗ってんだよ・・・・・。」
今度は優弥がリオの二の腕を掴み返した。リオがひるむ。
「お前がそんなだから隙をつかれんだよっ。」
そして、すぐにパンっとリオの頬を打ち付けた。
「・・・・・・・・。」
無言でリオは頬を押さえて下を向いた。
「お前さ、あのバンドやめろや。」
えっ、とリオが優弥を見る。
「Bloody Dollsやめろ。やめねぇんなら別れる。」
そう言い捨て、踵を返した優弥が進行方向に向き直ると、すぐ目の前にギターを抱えた怜の姿があった。今の話を聞いていたという事は怜の険しい表情から簡単に読み取れた。そんな怜を正面から真っ直ぐに見据えてから、優弥は怜を斜めに避けて駅の方角へ黙って歩き出した。怜はそんな優弥を見届けた後、続いて視線をリオに移した。残されたリオは優弥の姿を呆然と見送りつつ、人形の様に感情の無い顔でその場に立っていた。ほんの少し離れたところでは、後から追い着いた早坂と松本が渋い顔をして地面を眺めていた。