30・・・夜の訪問者
夜、リオはヘッドフォンをつけ、アンプを通してギターを弾いていた。いいメロディーが浮かんだのでそれに合うリフを考えていた。ギターを抱えて鼻歌を口ずさみ、リズムに乗って頭を振りつつ部屋の中をうろうろしていた。だから、理沙が自分の部屋のドアを開けるまでノックしていたことにも気付かなかった。
「三上君って子が来てるわよ。」
ドアノブに手を掛けたまま、何の活気も無い声で理沙が言った。
「えっ?!」
ギターを抱えたままリオが驚いて時計を見ると、夜の十時半だった。
「な、なんで?!」
友達が訪問するには増田家にとっては遅い時間だ。慌ててギターを外しリビングに飛んで行くと、優弥はもう理沙によって玄関に通されていた。制服姿で下を向いて立っていた優弥は、リオの顔を見ると疲れきったように寂しく笑った。
「どうしたの・・・?」
腫れ物でも触るように問うと、優弥は、
「リオに、どうしても会いたくなって・・・。」
リオの背後に理沙が立っているにも関わらずそう言った。リオは恐る恐る母を振り返り、
「ちょっと・・・、すぐ目の前の公園に行っちゃだめかな・・・。」
小さく言うと、
「寒いから入ってもらったら?」
という返事が返ってきた。リオが優弥を部屋に入るように促がすと、
「・・・・・おじゃまします。」
静かに言ってから優弥は靴を脱いだ。優弥が目の前を通過する時、理沙は頭のてっぺんから足の先まで舐めるように優弥を観察した。そして以前リオの部屋で見つけた黒髪に金髪のメッシュのある髪の毛を確認した。
リオは少し迷ったが、理沙が何も言わないのでそのまま自分の部屋に優弥を通した。「後でコーヒー持っていくから」と言われたので、落ち着かないと思ったリオは自分で先にコーヒーを入れにキッチンに入った。ドリップ式のコーヒーにポットの湯を何度か注ぎそれをお盆にのせると、せかせかと歩いて自分の部屋に持って行った。部屋に入って小さなテーブルの上にコーヒーカップを置くと、うな垂れてベッドに寄りかかっている優弥にようやく向き合うことができた。
「どうしたの・・・・・?こんな時間に。」
そう言いながら優弥の目の前まで這っていき、体育座りをする優弥の足を割って入り顔を近づけた。そして自然にそのまま優弥の頬に両手を添えて唇を重ねた。
「リオの顔が見たかった。」
口を離して優弥は言うと、リオの背中に手を回して抱き寄せた。リオの鼻腔に優弥のいつもの匂いが吸い込まれる。
「・・・・・・・好きだ・・・・・・・。」
息を吐くように言われ、リオは優弥の腕の中でうっとりとしな垂れた。リオをとろけさせる魔法の言葉・・・。
「リオも大好きだよ・・・?」
鼻に掛かった声で言いながら優弥を見た。優弥は目を閉じたまま、しばらくリオを抱きしめたまま動かなかった。そしてそんなつもりは無かったのに、何となく体を寄せ合ううちに優弥はそのままリオを思うがままに抱いてしまったのだった。
「ママがいるからダメ」という訴えを無視して、優弥は無言でリオの手首を押さえながら倒れるように圧し掛かってきた。優弥には力なく迫る表面上の無気力さとは違う、リオに有無を言わせない内に燃える何かがあった。リオは仕方なく流されて体を開いた。そしてオーディオのスイッチを入れ、インフレイムスのCDをかけて必死で声を押し殺した。そのときのBGM としてインフレイムスはあまり適していないようだった。
「リオ・・・・・・・・・・。」
優弥が揺れながらリオの耳元でか細い声を出した。リオは目を閉じて息を乱しながら応える。
「優・・・弥・・・・・。」
「リオ・・・・・・・・・・好きだ・・・・・。」
「うん・・・・・。リオ・・・・・も・・・・・。」
「・・・・・リオっ・・・・・。」
「・・・ダメ、優弥っ・・・・・激しく、しちゃ・・・・・ダメぇぇ・・・・・・・・。」
大きな声が出そうになり、リオはベッドに顔を押し付けて声をこもらせた。別室には母がいる。いつここに顔を出すかも分からない。そのスリルがそうさせるのか、極度の高ぶりがリオを襲った。
「やっ・・・・・もうっ・・・・・・ひぃ・・・・・。」
体の芯がびりびりと痺れていく。ベッドカバーをがむしゃらに握り締める。リオは火照った体を小刻みに震わせながら、喉を鳴らしてもがき、果てた。
額の汗を拭い、ぬるくなったコーヒーに気付いて口を付けた時には、もう夜の十一時をだいぶ過ぎていた。
「帰るね。」
「うん・・・。」
去り際にそっとキスをすると、優弥はリビングでテレビを観ていた理沙に「おじゃましました」と一言挨拶をし、リオに小さく手を振りながら帰っていった。扉が閉まるがたんという音と同時にロックをして振り返ると、ソファーにかけた理沙が首だけをリオに向けて無表情で言った。
「きれいな子ね。」
「・・・そお?」
何かを追求されないようにリオはさっと自分の部屋に引っ込んだ。もう一度シャワーを浴びたかったが、理沙に悟られるといけないので明朝までがまんすることにした。
ベッドに横になり、ほっと溜息をつく。まだ体から余分な熱が抜けない。両手で自分の体を抱きながら、つい今しがたの優弥を思い返す。いつにも増して野生的かつ情熱的だった優弥・・・。
「どうしちゃったの・・・・・?」
一体先ほどの優弥は何だったのか、リオにはさっぱり検討もつかない。考えてもどうにもならないと思い、弾みをつけてベッドから起き上がり再びギターのネックを掴んだ。そしてまたさっきの続きを始めた。でも、今度リオが弾いたのは重低音のリフではなく、エコーを効かせた透明感溢れるフレーズだった。
「リオがさー、あっちのバンドで忙しいから優弥も不安なんじゃないの?」
売店で買って来た菓子パンの袋を開けながら、カレンはどうでもよさそうに言った。
「不安?変なの。あたしは優弥一筋なのに。」
リオは頬杖を着き、視聴覚室の窓から外を眺めていた。二月に入って寒さはピークに達し、暖房器具の無い放課後の視聴覚室ですごすのは少しつらかった。今日はチェリッシュの練習のはずだったのだが、美羽が風邪をひいて休んでしまったのでさつきと愛里はもう帰ってしまった。リオとカレンは予定が狂ったので手持ち無沙汰になり、視聴覚室で何となく時間を潰していたところだった。
「カレンは早坂と相変わらずラブラブ?」
「まあね。」
カレンは机に肘をつき、メロンパンをむしゃむしゃかじりながら答えた。
「・・・ねぇ、ラブホって行ったことある?」
リオの突拍子も無い発言にカレンは顎の筋肉の運動を急停止させた。ひとたび沈黙してゴクンと喉を鳴らし口の中の甘いもの一旦整理すると、
「な、何いきなり変なこと聞かないでよっ。行くわけないじゃん、近くに無いし。てゆーかまだそんな関係じゃないよっ。」
と少し焦った様に言うと、思わずリオは目を丸くしてカレンの方を振り返った。
「えっ、そーなの?」
そうあっけらかんと言われ、カレンはコーヒー牛乳のストローを口に含みながら背を丸め上目遣いにリオを見て言った。
「・・・そういう事してんのは、うちのガッコじゃいてもせいぜいクラスに三人以内じゃない?二年の女子の場合。男子はちょっと分かんない。」
「・・・なんでそんなこと、分かるの?」
「うーん、何となく。憶測。」
「オクソク・・・・・・・・・・・・・・?」
リオはショックだった。カレンと早坂は高校一年の夏から付き合っていた。なのにまだだなんて・・・。カレンは学校でも一、二を争う派手さがあった。しかもこのカップルはいつも廊下でべたべたしている。そのカレンが未経験だ何てきっと誰も思わないだろう。リオは何だか海の小さな離れ小島で助けを待っている遭難者になった気がした。誰か自分とそんな話が出来る相手はいないのだろうか。リオは何だか寂しい・・・。気を取り直して訊いた。
「・・・あのー、あたしもその・・・、そういう事してそうな人の中に入ってんの?」
「まぁね。」
カレンはさも愉快そうにブリックパックのストローを噛みながら言う。
「一般論として、いかにもってかんじぃ。優弥もあんなだし、リオもなんか雰囲気変わったし。」
「イッ?!」
誰にも知られていないと思っていたリオは何だか焦ってしまった。雰囲気変わるって一体何だろう?でもリオはカレンにそれを追求する勇気が無い。リオが閉口していると、突然携帯の着信音が鳴った。
待ち受け画面を見てみると、発信者は―ルイ―と出ていた。リオは携帯の番号をルイに教えたことも忘れていた。ルイとはあの打ち上げのときから会っていない。たまたまベースの明人がインフルエンザにかかってしまったため、Bloody Dollsの練習はしばらく無かったのだ。今日は復帰後久々の練習日だった。
「・・・もしもし。」
「リオ?」
「・・・うん・・・。」
「オレ、ルイ。」
「うん・・・。何?」
「今日さー、近くまで来たから迎えに来たんだ。乗ってけよ。」
「乗ってけよって車?」
「そう。」
「・・・別にいいよ。いつも電車で行ってるし。」
リオは即答で断った。
「いいじゃん、乗ってけよ。・・・もう着いたぜ?」
そう言われて窓の外を見ると、アマチュアミュージシャンに全く相応しくない、真っ赤に光ったスポーツカーらしきものが校門のすぐ前に停まっていた。
IN FLAMES : スウェーデン出身のメロディックデスメタルバンド
『 Alias 』→http://www.youtube.com/watch?v=yYnk6H5xn3E&feature=channel