3・・・新入生歓迎ライブ
視聴覚室でのやりとり以来、優弥はリオと廊下ですれ違っても挨拶すらしなくなった。リオが声をかけようと目で追っても、優弥がわざとリオを見ないようにしているのが露骨に感じ取れた。
(気まずい・・・・・。)
リオにとって優弥は一番身近な男友達だった。クラスが変わったとはいえ挨拶もできないのではあまりにも寂しい。一体、今までの付き合いは何だったのか・・・。優弥が混じっているというだけで、男友達の輪にも入っていけなかった。入ろうとすれば、さりげなく優弥はその場を去っていくだろう。
リオはチェリッシュのヴォーカルのカレンに、先日視聴覚室で交わした優弥とのやり取りの内容を説明した。
「マジィ?!そんなこと言っちゃったのー?普通言わないでしょそんな事。何さまーってかんじぃ。」
マクドナルドのテーブルに肘をついたカレンが、ポテトをかじりながらキンキンと響く声でそう言った。
「そうだよね・・・。」
リオは力なく呟いた。別に誰かに打ち明けたところで解決するわけではないと思ったが、つい、それで懺悔した気になりたかったのだった。リオは基本的に、こういうデリケートな話題に対しては秘密主義なのだが、カレンには言ってもいいかと思った。カレンなら、誰にも漏らさないだろうと思ったから。
リオが通う高校の中でもかなり派手な部類に入るカレンは、別にロックずきというわけでもない。リオと同じクラスになったときに、派手な外見は似ていても別の種族と捉えていたリオは、接触してくるカレンに最初抵抗を感じていた。だが、カレンのほうはなぜかリオを気に入ったらしい。妙に懐かれてしまい友達として現在に至る。そのあと結局二人は一緒にバンドをやり始めたのだから、最初からリオが悩む必要もなかったのかもしれない。
いずれにしてもリオは、自分を無条件に受け容れてくれるカレンといるのが楽だった。今回の優弥との事の次第を話したあとも、カレンは別にリオを軽蔑する風でもなく、さらりと流してくれた。
リオの行かないカラオケを無理に勧める事もしないし、ストレートにものを言ってくれるところも好きだった。ただ、しいていえば、チェリッシュのギタリストのリオとしては、カレンが大好きな浜崎あゆみのコピーからはそろそろ卒業したかった。チェリッシュはたまに他のJポップのもコピーしていたが、浜崎あゆみがカレンのアイドルである以上、その頻度は高かった。リオはもうそろそろ他のコピーがしてみたい。
リオの高校では、体育館で新入生歓迎ライヴを毎年恒例でやることになっている。実際は部活紹介が目的なのだが、べつに軽音楽部は紹介しなくても部員は毎年必ずやってくる。結局のところ、理由をつけて体育館のステージでライヴをやる機会をつくろうとしているだけにすぎない。普段は狭い視聴覚室が彼らのステージだった。
新入生歓迎ライブでチェリッシュが演奏する曲目に、リオはアヴリルラヴィーンの曲を推した。これだったらあゆの曲に負けず盛り上がるだろうし、何よりもロックだからリオ自身も楽しめる。
リオの提案にチェリッシュのメンバーも賛同し、とくにカレンは自分が小柄でストレートのロングヘア、しかも垂れ目とアヴィリルとルックスに共通点があることから、ヴィジュアル的にもアヴィリルになりきると張り切っていた。
カレン同様髪が腰まであるリオは、かわいらしさを強調するカレンとは対照的に、風貌はいたって野放しで野生的だ。ざくざくと段を入れた髪の毛先は寝癖のようにあらゆる方向を向いていて、右の耳には攻撃的な銀色のピアスを五つ光らせていた。身長は小さいカレンよりも数センチ高いといっても160未満だが、体重は40キロ前半でほぼ同じだった。容姿が目立つという意味では共通の二人だが、決定的な違いは浅黒いカレンに比べてリオの抜けるような色の白さだった。リオは肌だけでなく髪も瞳も全てが一般的な日本人と比べて色素が少なかった。自分がもしかしたらハーフかクオーターかもしれないなどということは、聞いたこともないし疑うことでもないだろうが、大好きな白人ミュージシャンに近づいた気がして、リオは自分のこの容姿がさほど嫌いではなかった。
新入生歓迎ライブ当日、リオたちチェリッシュのメンバーは、楽屋用の教室で着替えやメークに大忙しだった。「今日はロックだから」ということで、衣装は全員黒がベースだった。リオは黒い細身のジーパンに赤いハイカットのコンバース、上は派手にプリントされたTシャツという恰好だった。さらに、普段制服のときはしない黒のアイラインを細めに入れ、マスカラも付けた。リオのこげ茶色のまつ毛がマスカラで黒く塗られると、とたんに目の大きさが二倍になった。
カレンのほうはといえば、あまりにも幅広くアイラインを入れたお陰で元の顔が全く分からなくなっていた。パンダ、というよりはどこかのホラー映画に出てくる悪魔のようだ。リオはそう思ったが、あえて口には出さなかった。カレンが納得しているのなら、それでいい。
「カレン、気合い入ってるじゃん。」
リオがヘアワックスを付けながら言うと、
「もう、アヴリルにしか見えないでしょ?」
カレンはハイテンションで返した。
「言えてる〜!」とドラムの愛里やベースのさつき、キーボードの美羽もはしゃぐ。本当にそう思っているのかは定かではない。彼女らは往々にして人もいいが調子もいい。
リオにとってチェリッシュのメンバーは、いつも一緒にいるという仲ではないが、穏やかで付き合い易い子ばかりだった。リオ以外のメンバーはやはり売れ線の邦楽が好きだ。大抵、自己主張はカレンがして、バンドの活動の指揮をとるのはリオ、あとの三人は成り行きまかせという感じだった。ただ、音楽性についてはリオ以外のメンバーはほぼ同じなので、やりたいことはいつも決まっていた。
チェリッシュには独特の結束力があった。同じ学年に他に女の子バンドは無く、他のバンドでセッションする機会の無い彼女らの仲間意識は必然的に強くなる。音楽性やバンド活動に対する意識はだいぶ違うが、リオはこのメンバーで活動するのが楽しかった。
仕度を終え、楽器を抱え、ライブ会場である体育館に向かう。出演予定の時間はもうすぐだ。体育館に入ると、普段大して入らない客席に、初めて軽音楽部のライブを観に来た新入生らしき姿が大勢見られた。そのせいか、いつもの倍は席が埋まっている。
「すご〜い。今日はやりがいがあるね!」
さつきが鼻息を荒くして言った。
リオたちチェリッシュの出番はクジ引きで三番目に決まっていた。二年生のバンドは今三つしか無いので一番目から三番目の間になる。後半は三年生バンド。今、二番目のバンドが演奏している。優弥がボーカルをやっているバンド、HYENAだ。次が出番のチェリッシュは楽器を抱えたまま客席の横の壁際に立ち、HYENAの演奏を何となく眺めていた。
今日は面倒だったのか、他のメンバーと違い優弥だけが制服姿だった。優弥はマイクスタンドを両手で掴み、片足をモニタースピーカーに乗せてお決まりのポーズで熱唱していた。細身の長身で鮮やかにアクションを決める優弥の姿を、リオは半ば見とれるようにしてしみじみと眺めた。客席を見ると、一年生の女の子が口に手を当てて好感触な反応を示していた。
曲が終わった。
間が空き、MCに入る雰囲気だ。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
間が長い・・・。空気が止まってしまった。優弥はマイクを持って客席を眺めたまま、なかなか言葉を出そうとしない。不自然な沈黙に客席が何となくざわつき始めた。
優弥は何かを探すように客席に目を走らせていたが、しばらくするとチェリッシュのところで動きを止めた。リオと目が合う。少しの間、射るようにリオを見つめると、優弥はすぐに目の前の群集に視線を戻した。そして、前に歩み出て再びモニタースピーカーに片足を乗せると、口元に軽く笑みを浮かながら会場全体に向かって声をはりあげた。
「みんな聞いてくれ〜!!」
まさか・・・と、考えすぎかと思いつつも、嫌な予感がリオの右頬にチックを走らせた。
優弥は若干、声量を抑えて続けた。
「・・・俺ー、二年A組―、三上優弥はー・・・。」
もうだめだ・・・、とリオは周りをきょろきょろと見回して隠れる場所を探した。が、どういう訳かリオの体は硬直して足一本も動かすことができない。
客席にいる生徒たちも、ステージの上のバンドのメンバーも、何が始まるのかとじっと優弥の姿を見守っている。
「二年B組の増田リオの事がー・・・・。」
ここで、優弥の次のセリフが予想できたのか、客席が期待に胸を膨らませたようにどっと沸きたった。
次の瞬間、優弥は片膝を立てたままバッと前屈みになり、ぎゅっと握った拳を頭上にかざすと、最後の一言を振り絞るようにして叫んだ。
「好きだー・・・・・・・・・!!」
絶叫シャウトだった。
キャ〜!!という女子の叫びと、おお〜!!という男子の太い声の大歓声の中、最後に優弥は、「イエー・・・・!!」という叫びもおまけした。会場は一瞬にして興奮状態に陥った。入学したての一年生にとっては恰好の催しだろう。
「オイオイオイ〜」
「マジかよ〜!」
「すげ〜!」
ステージの前列にいた、リオと優弥をよく知る軽音楽部の男子らからはそんな声が飛び交い、口笛を鳴らす音なども聞こえた。手を叩いて笑い転げている生徒もいる。と同時に、彼らの視線はおのずとリオのほうに向けられた。皆がリオの反応を興味深々に見守っている。そのおかげで、リオをよく知らない生徒たちまでもが、「この人が今告白された増田リオなのだ」と認識できた。そんな周囲の好奇の目に晒されながら、リオはただひたすら引きつった笑いを浮かべ、立っているしかできなかった。
事情を唯一知っているカレンは、
「優弥、あんたは偉いよ。」
と、一人拍手をしながら感嘆の声をあげた。
しばらくして、観客の興奮がまだ冷め止まぬまま、「ラスト、行くぜ〜!!」という優弥のMCを合図に再び演奏が始まり、それが終わるとHYENAのライブは終了した。
優弥はリオの出した課題を、絶妙な間と演出をもって完璧に成し遂げたのだった。
普通の感覚なら突拍子も無い行動と見なされるだろう。だが、見てるほうからしてみれば、優弥が終始笑顔だったことを考えても、優弥の事を「元々そういう人」と思うかもしれない。
当然それは、優弥自身の意志に基づく行動であったと判断されるだろうし、垢抜けた容姿に普段からボーカルという目立つことをしている都合上、優弥自身の負担は大した事の無いように思われたに違いない。
でも、優弥はリオにやれと言われた事を忠実に遂行しただけに過ぎない。
リオは見逃さなかった。ステージを入れ替わる時にリオと目が合ったとたん、優弥の余裕の笑みが消えた事。そしてその時、鬱陶しい髪の間から見えた優弥の耳が真っ赤になった事・・・・・。
優弥は、リオとすれ違いざま、一瞬足を止めたかと思うと、
「これでいいんだろ・・?」
と、下を向いたままぼそっと言うと、足早に体育館を出て行ってしまった。
あとに残されたリオにはチェリッシュのライブが待っている。リオがステージに立つと、軽音楽部の部員たちがステージに圧し掛かるようにして、おもしろそうにリオを見上げていた。
その日のリオは、最初に立ったステージの位置から全く移動することはなかった。床を見つめながら垂れた髪の毛で顔を隠し、ただひたすらギターを弾くことだけに専念した。
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