28・・・美羽と松本
朝、まだ少し残っている雪を避けながらリオは優弥と並んで学校への道を歩いた。
リオの制服の太股までしか無いスカートから出た足に鳥肌が立っていた。最近は寒さに耐え切れず、二人で早朝に登校してこっそり会うという事もしていなかった。
一月も終わりに差し掛かり、世間ではすっかり受験シーズンだ。リオたち二年生には関係の無い事だが、寒さも手伝ってかどことなく校内全体に張り詰めた空気が漂っている。
「何かさー、美羽が松本にバスケ部のマネージャーに誘われてるらしいよ?」
休み時間、カレンはリオを呼び出して機嫌悪く爪をいじりながらそう言った。
「え?今更?でもいいんじゃない、別に。」
そう言ってリオは、六メートル先の廊下で松本と体を寄せ合い見つめ合っている美羽を見た。二年生の廊下では、そんな風にべたべたしているカップルは、リオの勘定では自分も含め四組しかいなかった。派手なことが嫌いな美羽が、松本と付き合ったお陰でだいぶ変わってしまった気がした。自分のことは、さておき。
「そんでさ、チェリッシュやめろって言ってきたらしいよ。」
「えっ!」
思わずリオが、楽しそうな松本の横顔を睨んだ。
「前のヒナの時もそうだったじゃん。彼氏ができたらさっさとやめちゃったし。」
カレンも、美羽と松本の二人を苦々しい目で見ながら言う。ヒナというのは一年生の五月にやめてしまった子だ。それ以来チェリッシュは、今のメンバーでずっと一緒にやってきたのだ。
「んー。でも、美羽は大丈夫だよ。エレクトーンやってたからろくに練習しなくて弾けちゃうしさ、きっとマネージャーとうまく両立できるんじゃない?」
「ちがう!松本がね、美羽をやめさせたがってるんだよ。マネージャーやれなんて口実だよ。あ、一石二鳥か。」
「・・・・・それは許せん・・・・・。」
リオとカレンはで黙り込み、射るような視線で松本を見た。松本を見つめる美羽の目は、恋する乙女の輝きを放っていた。それを見て、何だか二人は自信が無くなってきた。
そこで、始業のチャイムが校舎に鳴り響いた。
「ヤバイ、次、体育だった!」
カレンは叫ぶと、慌ててリオにバイバイをして走り去っていった。
リオは次の数学の時間、独り作戦を練っていた。今更、美羽を取られてたまるか。正直いえば、キーボードが弾ける女の子など掃いて捨てるほどいる。でもチェリッシュの場合、ただ楽器が出来るとかいう技術的なものは今どうでもいい。要は女同士の結束力なのだ。今まで一緒にやってきて今更メンバーチェンジなんて考えられない。美羽はそれほどにチェリッシュにとって大事な存在だった。
昼休み、リオは食後に優弥にピアノを弾いてもらおうと、優弥と二人きりで音楽室にこもり、昼食をとっていた。リオはいつもコンビニのパンが多いが、今日は優弥の分も一緒に弁当を作ってきた。
「ねえ、これ優弥好きでしょ。」
リオはチーズを巻いたささみのフライを咥えると、「ん」と優弥に向かって突き出した。一瞬の間を置いてから、優弥がリオの口から突き出したフライをかじる。リオが口をもぐもぐさせながらご機嫌な笑顔をつくる。優弥もそんなリオを見ながら力なく微笑む。
「おいしい?」
「うん。」
でも、優弥は元気が無い。ここ数日ずっとそうだ。やはりバンドがうまくいっていないからだろうか・・・。リオがそんなことを考えながら、優弥の唇に付いたケチャップを舐めようと顔を近づけると、
「こらぁっ!増田、三上、校内でイチャイチャするなぁっ!」
遠くからきんきんと高い怒鳴り声がした。二人が声のする方を見ると、案の定、生物教師の花岡が、廊下から細く小さい目でリオと優弥に睨みをきかしていた。
花岡という名前が最も相応しく無い全く花の無い男花岡は、花の独身二十八才。噂では彼女いない歴も二十八年だということだ。花岡はいつもリオと優弥を見れば、まるで目の敵のように何かとうるさく干渉してくる。花岡のイメージをリオに言わせれば、「キモい」の一言だ。
仕方無くリオは、優弥に近づけた顔を引っ込めて笑ってごまかした。優弥のほうは、まるで花岡の存在など眼中に無いかのように、無視して弁当のおかずに箸を付けた。
花岡は二人を横目で流しながら、何かぶつぶつ言いながら去って行った。そんな花岡の背中に向かってリオはグッと中指を立てた。普通、女子だったらこれはしない。リオは中指を立てる意味を厳密には理解していなかった。
「自分が寂しいからって、ひがむなって感じ。」
リオがそう言って優弥を見ると、優弥は、
「うん・・・。」
と静かに答えた。
「優弥、最近元気無いね。」
下を向いてもくもくと弁当を食べていた優弥は「えっ」というように顔を起こした。
「・・・そっか?そうでもないけど・・・。」
「ほんとに?」
「おうっ。」
「ならいいけど・・・。それで松本の事なんだけどさー・・・。」
リオの話が始まると、優弥の視線は冷えた空気に向けられ、思考は再び別のところに飛んでいった。
放課後、優弥がバイトに入ってしばらくすると、制服姿の麻里江がガラスの自動ドアの前に現れた。
『今日バイト先に会いに行く』とメールが入っていたが、実際に実物を目の当たりにすると、優弥はコーヒーを入れようと手にしたカップを落としそうになった。
麻里江は優弥に笑顔を向け、カフェオレを注文してからカウンターに座った。
一緒にバイトに入っていた晃が、視線を交わす二人を興味深げに見比べて意味ありげな笑みを浮かべた。
チェリッシュの練習が終わりに近づいたころ、美羽を迎えに松本が視聴覚室にやってきた。松本もバスケの練習の後らしく、どことなく運動をしたあとの活気が残っている感じだ。女ばかりの花園に男が一人入ってきたお陰で、何となく空気が汚染された気がするのは、リオが松本に因縁を付けたいだけなのだろうか。カレンも自分の大きくカールした毛先をいじりながら、面白くない視線を今入ってきた男に送っている。
リオは少し考えてから松本に言った。
「松本さー、ちょっと弾いてみない?」
「・・・えっ?」
松本も家でギターをやると以前聞いたことがある。リオは意外そうな顔をしている松本に自分のストラトを手渡した。チェリッシュのときにしか使わない仕様のものだ。受け取ると松本は、
「うっ、弦高低っ。べったりじゃん。」
「まあね。」
「俺はさぁ、レスポールのほうが好きなんだよな〜・・・。」
「・・・さっさと弾けって。」
チェリッシュのメンバーから笑いが起こる。松本は「なんなんだ〜?」と言いつつ六本の弦をストロークした。
松本は自分の好きな曲の好きなフレーズだけを、思いついたままに繋ぎ合わせて漠然と弾いた。それはメリハリの効いたバッキングであったり、速いパッセージを含むソロだったりで、リオが審査するには適当なメニューだった。
「松本さ、バンド組まないともったいないね。」
リオが腕組みをして言った。するとチェリッシュのメンバーは、リオがチェリッシュを辞めて松本にチェンジさせようとしているのかと勘違いした。
「違う違う、もっといいとこがあるよ・・・。バンド組めば対バンになって一緒に美羽とライブとか出来るしね。ライブのあと美羽と楽しく打ち上げも出来るしね。」
リオの言い方は何かのキャッチセールスのような感じだった。
ポカンと口を空けてリオの話を聞いていた松本は、その後の優弥たちとのやり取りで、後日HYENAの後任ギタリストにめでたく納まった。
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