性描写が少しありますので苦手な方は閲覧をご遠慮下さい。
27・・・嵐のあと、その2
優弥が一階のリビングに降りていくと、静江と麻里江の二人が朝食の準備をしていた。
テーブルに温野菜ののったオムレツを並べると、麻里江は優弥を振り返って涼しげに微笑んだ。
「あら、おはよう。よく眠れた?」
静江も優弥に気付くと、とわだかまりの全く感じられない笑顔を向けた。酒が減っていることに気付いていないようだ。酒の匂いの方は大丈夫だろうか。優弥は静江のそばに極力寄らないように移動して麻里江の薦めた席に着いた。
静江は会話の内容からも、昨夜の自分たちの行動について何も認知していないようだった。麻里江の方も何も無かったかのように、というよりは返っていつもより機嫌も体調も良さそうだ。優弥とは全く反対に・・・。
優弥はもう、食事はおろか何もする気にならなかった。不自然にならないように、かろうじてコーヒーだけを一口胃に流し込んだ。がんがんと頭で心臓が鳴っている。激痛を訴える脳を働かせ、必死で昨夜の出来事を少しでも思い出そうとしていた。でも、分かったところでどうなる?という悲惨極まりない結論に達する可能性が九十パーセント。その残りの貴重な十パーセントの可能性を抹消するかのように、麻里江は別れ際、優弥にこう言った。
「大丈夫、心配しないで。誰にも言わないから。」
そして背伸びをして優弥にそっと口づけた。
優弥は慌てて一歩退き麻里江から顔を離した。まっすぐ体を硬直させたまま積雪の上に倒れてしまいそうだった。
(誰にもって、誰だ?親か?それとも?)
そんな複雑な優弥の思考を読み取ったのか、麻里江は一瞬悲しそうな顔をしたあとで、すぐにフっと笑った。
「私、優弥君のこと大好きだから。」
そう言って麻里江は「来週ね」と手を振り、無言で立ち尽くす優弥を置いて家の中に入っていった。
そのとき優弥の携帯の着信音が鳴った。リオからだった。優弥はその着信音のメロディーに魂を吸い取られるかの様な錯覚を覚えた。急いで携帯の電源を切った。
「出ない。へんなの・・・。」
電車の中なのかな、と思いリオは携帯を閉じた。
電車は昨夜の夜十時すぎ、リオが酔いつぶれる前に最寄り駅を通過していたらしい。リオは結局明朝十時過ぎになって、やっとルイのマンションを出た。他のメンバーはまだ寝ていた。
家に帰るとすぐにシャワーを浴びて体をよく洗い、ゆっくりと湯船に浸かった。一昨日の夜以来の入浴で、リオはほっと一息付いた。バスタブの横にある鏡をふと見ると、昨晩ルイが吸い付いた痕がリオの首筋に二箇所赤く残っていた。リオは肌が白いのでほんの少しでも目立ってしまう。慌ててその箇所を指先でこすると、当たり前のようにもとの状態よりも目立ってしまった。
リオは溜息をついた。あれからルイは部屋にこもったまま一度も出て来なかった。酔っていたし、もうリオにしたことも忘れているのかもしれない。あのとき怜が気付いて助けてくれなかったらと思うと、リオは今更ながらぞっとする。
ふと、優弥を思い出して抱かれたくなった。でも、この首では少し危険だ。優弥のことだから事実を知ったら怒り狂うことだろう。今日優弥に会うわけにはいかない・・・・・。
リオの携帯の着信音が鳴った。優弥からのメールだ。
『昨日友達と飲みすぎて調子悪いからこれから寝る。復活したら電話する』
電話でなくてメールだったのでリオは少し意外だったが、会話をするのも億劫なほど優弥は調子が悪いのかもしれない。そう思ってリオも少し寝ることにした。
優弥から電話があったのは、リオが昼寝から目覚めてからギターの練習に没頭し始めた午後二時半頃のことだった。
「えっ、朝帰って来たの?」
思いのほか大きい優弥の声にリオは少し怖気づいた。
「飲みすぎて寝ちゃって・・・。でもみんなも寝てたよ。」
そう軽く流したが、しばらく優弥は沈黙していた。少ししてから、
「どっか行こうか・・・。」
そう言われてリオは、いそいそと支度を始めた。以前優弥に薦められた黒の超ミニのタイトスカートに黒地に赤い薔薇柄の網タイツ、靴は黒いハイヒールのクロコ柄のショートブーツを合わせた。胸の広く開いたベルベット調のカットソーの上に優弥にもらったジェムケリーのネックレスを仕上げに付ける。
「うん、完璧。」
制服以外でミニスカートを穿くのはここ数年でおそらくこの日が始めてだった。リオは皮のライダージャケットを羽織ってマンションを出た。最寄り駅の改札を通ると、優弥がホームで待っていた。
「おお〜、かっけぇ〜。このままステージ立てるじゃんっ。」
リオを見るなり優弥はまずそう言った。嬉しそうに笑っているのになぜか少し寂しそうにも見えた。
「二日酔い、治ったの?」
リオが聞いた。
「・・・うん。」
とは言ったものの、大して気分は良くなかった。優弥はあれから寝ると言ったものの結局全然眠れなかったのだ。
リオが洋服を見に行きたいと言うので、明治神宮前で降りて足場の悪い道を手を取りながら歩き、ロックファッションの店を回った。
「ネットでも買えるけどやっぱ着てみないと微妙なサイズが分かんないよね。」
そう言ってリオは蛇皮柄のシャツとベルトの巻きついたパンツ、チェーンの付いたアームウォーマーを買った。優弥はこれといって熱心に見るわけでも無く、リオに付き合ってなんとなく店内をうろうろしている感じだった。
「疲れた?」
どこと無く元気が無い優弥を気にしてリオが問いかけた。一通り買い物を終えてスタバでキャラメルマキアートを飲んでいるところだった。
「いや?」
優弥はエスプレッソを含んだ口を少しだけ歪ませて取り直すように返事した。
「これからどうする?たまには映画とか行ってみる?」
リオが言うと、
「・・・それよかさ、あそこ行かない?うちの方にはあんまりないとこ・・・。」
ラブホテルのことだ。リオと優弥はまだラブホテルという所に入ったことが無い。二人の地元では車で入るようなところしか無いのだ。
「・・・今日はリオ、すごいデブなんだ。暗くしてくれたらいいよ。」
「・・・え?・・・別にいいけど・・・・・。」
ラブホテルばかりが並ぶ通りを、二人は手を繋いできょろきょろと見回しながら歩いた。そしていくらか新しそうなところを見つけると、手を取り合って素早く入口に消えた。縮小した部屋の写真の画面を散々見比べると、赤っぽい部屋のボタンを選んで押した。
「何か、大人の世界って感じだ〜。」
リオは初めての体験に少々興奮気味だ。大して広くない部屋の家具は黒で統一されており、ソファーとベッドカバー、カーテンはそれぞれ違う柄の茶色っぽい赤色だった。
「シャワーとか浴びるんだよね。順番に。」
ドラマか何かで見た場面を思い出して、決まり事のようにリオが言った。
「・・・今日のリオ、かっこいいからそのままでいいよ。」
リオが手探りで枕元にある無数のスイッチをいじっていたら、いきなり演歌の曲がかかったので思わず二人で吹き出した。音楽を消して他のボタンを押すと、ようやく部屋の中は夕闇のように薄暗くなった。
「今日のお前、すっげぇー妖しいよ。」
優弥は、ベッドに寝そべったリオの網タイツに手を掛けながらそう言った。真っ赤なベッドカバーをバックに、黒ずくめのリオはよく映えた。
「燃えちゃう?」
と、リオは子供がはしゃぐ様に笑った。
「燃えちゃう・・・。」
そう言いながら優弥の両腕がリオの太股を抱え込み、その間に優弥が顔をうずめると、リオの笑い声もぱたっと途絶えた。そして、その声は違う音色に切り替わった。
「すげっ・・・。もうこんな・・・。」
舌舐めずりをしながら、優弥がリオを見下ろして言った。
リオは今にも泣き出しそうな顔をして、息も絶え絶えに訴えた。
「だってっ・・・・・、優弥、昨日・・・、来ないんだもんっ・・・・・。」
それを聞いて、優弥は体中に流れる血が一気に止まった気がした。
(そうだ、それで俺は麻里江と・・・・・。)
いつもと違う場所、いつもと違う恰好のリオ・・・、優弥の血を沸騰させるには十分なシチュエーションのはずだった。なのに・・・・・。
「優、弥っ・・・・・。」
優弥の長すぎる愛撫でリオは先に達してしまった。そんなリオの震えながら悶える姿を見て、優弥はやっと次の行動に移すことが出来た。
「えっ、だめっ・・・・・。」
まだ達した余韻が残っているリオの体に、硬直した自分自身を強引に突き入れた。
熱い想いの塊を、優弥は滑らかな肉を掻き分けるようにして、何度も繰り返しリオの中に押し入れる。
リオの体が自分で溢れかえるように・・・・・、愚かな自分を新たなものに塗り替えるかのように・・・・・。
「あぁぁ・・・・・リオ・・・・・・・・・・リオっ・・・・・。」
「優弥ぁっ・・・・・・・・・・。」
リオはシーツを鷲掴みにし、悲鳴に近い声を上げて乱れた。そして、そのあとすぐに優弥も達してしまった。
「何か今日の優弥いつもと違った・・・・・。」
帰りの電車の中で、優弥の腕にぶら下がりながら眠そうな目をしてリオが言った。
優弥は何も答えず窓の外を見ていた。確かに、優弥の頭の中は常に他の問題が付きまとっていた。罪悪感と不安と喪失感・・・。そんなものが優弥の中でどろどろと粘りを持って渦を巻いていた。
これから麻里江とどう関わって行けばいいのか、リオに対してどうすればいのか・・・。そんなことを考えていると今夜は眠れそうも無かった。
黒い闇の中に無数に散らばっては飛んでいく白い光を眺めながら、優弥は独りどんよりと濁った溜息を漏らした。