26・・・大酒
午前一時、ルイのマンションでは、Bloody Dollsのメンバーが思い思いの恰好で、十畳の部屋にマグロの様に転がっていた。
リオが目を覚ますと、すぐ目の前にルイの寝顔を見つけ、慌ててリオは起き上がった。結局リオはあの後かなりの量の酒を飲んでしまい、電車がどうなったのかも確認しないまま寝てしまった。電車が動いたとしても、もう終電はむりだろう。
リオはノソノソと起き上がり、トイレに行くためによろけながら、横たわるメンバーの体を必死で跨いだ。
用を済ませると、普段何も使っていなさそうなキッチンで、リオは一人水を飲んだ。すると、壁をくり抜いたような半間サイズのキッチンの入り口から、誰かが同じようにふらふらと頼りなく現れた。ルイだ。ルイは入口の側面の少々の厚みの壁に頭と左肩だけで寄りかかり、
「大丈夫?」
と、虚ろな眼差しで微笑んだ。ルイは酔っているせいか、何時にも増してただならぬ妖気を漂わせていた。背後に深紅の薔薇が、今にも無数に咲き出しそうだ。
「冷蔵庫にミネラルウォーターも入ってるよ。」
そう言ってルイは、顔に掛かる鼻の下まで伸びた金髪の前髪を額の上でゆっくりとかき上げた。思わず見とれた。ルイの一つ一つの動作は、常に見せ方を考えているかのように絵になっていた。
「大丈夫、これでいいよ。」
ルイの毒気に当てられそうになり、リオは急いでルイの横をすり抜けてキッチンを出た。
再び横になろうとリオが場所を探していると、ふいにルイの手にそっと腕を掴まれた。
「こっち。」
ルイは微笑を浮かべてそう言うと、リオの腕を引っ張ってもう一つの部屋に誘導した。
真っ暗な中でリオが目をこらすと、ひんやりとした室内の中央にセミダブルのベッドが置いてあるのが見えた。リオがルイを振り返ると、ルイは木目調の扉をパタンと内側から閉めたところだった。
「使っていいよ、オレのベッド。」
柔らかい表情を崩さずルイがそう言うと、リオはすぐに顔を横に振った。
「いいよ・・・。」
リオがそう言うと、ルイは一瞬間を置いてからふらっとリオに近づき、リオの腰に手を回し、自分の方に引き寄せた。リオの頬に右手を添えながら、ゆっくりと顔を近づける。
ずっと目を見開いていたリオは、ルイの閉じていく瞼と、口を開けながら斜めに伸び出てくる赤い舌を、スローモーションの動画ように見ていた。
ルイの舌がヌラっと唇に触れたところで、リオは夢から覚めたように慌てて顔を背けた。ルイがリオの顎を掴み、再びキスを迫る。
「やだっ・・・・・。」
ルイがいくら唇を重ねようとしても、リオは必死でもがいて避けた。ルイはいくらか力を込めてリオを抱きしめると、そのままドスンと背後にあったベッドに押し倒した。
「やめてよっ。」
ルイはリオの両手首を掴み、ベッドに貼り付けるようにして上から圧し掛かる。
「リオ・・・・・、かわいいよ・・・・・。」
リオの耳に唇を押し付けて、熱い息と一緒に甘く囁く。そして、顔を背けたリオの伸びきった首筋に、キスをする。
「やめてってばっ。」
リオは何度も声を張り上げ力の限り抵抗した。でも、いくらルイが細くても、男の力にリオが勝てるわけが無かった。
「おいっ。」
それは、大して大きな声ではないが、一括するような迫力を感じる怒号だった。扉が開いた音がしたかと思うと、ルイの片腕が斜め後ろに引っ張り上げられ、同時に首にタトゥーの入った腕が回された。
苦しい体制のままルイが静止すると、その体はすぐに解放され、リオの体も自由になった。
リオが衣服を整えながらが恐る恐る目を開けると、怜が険しい顔をしてルイを見下ろしていた。
「おまえさ、相手考えろ。」
そう言うと、怜は放心状態のリオの腕を自分の方へ引っ張り上げた。
「こいつはそんな女じゃねえんだよっ。」
怜はリオを守るようにして肩を抱きながら言った。ルイはベッドの上で怜に目を合わせずに下を向き、片膝を立ててじっとしている。
「お前はここで寝てろ。」
怜はルイに向かってそう言い捨てると、リオを寝室の外まで導いた。
パタンと再びドアが閉まると、
「大丈夫?」
怜がリオの顔を覗き込みながら優しく言った。リオは黙って頷く。酔っていたので、今起きたことが何だか夢の様に感じた。
「アイツ、酒飲むといつもああなっちゃうんだよ。ごめんな。明日しっかりもう一度叱っとくからさ。まぁ、オレも人のことは言えないんだけど。」
怜は苦笑気味にそう言うと、
「・・・今起きたこと、他のやつらには内緒ね。その方が変な空気作らないで済むと思うから。」
と言い添えた。
リオがふと足元を見ると、雑然としたテーブルを囲むようにして、他のやつらの明人とクニが寝息を立てて熟睡していた。リオはもう一度黙って頷いた。
怜はバンドの平穏な雰囲気を壊したくないのだろう。確かに、今までBloody Dollsで活動していて、高校生としての扱いは受けても、女として特別扱いされた実感はリオには無かった。このままの方がいいとリオも思った。
リオは怜に促がされて壁際に沿った空間に寝ころんだ。怜もその隣に並んで横になり、片肘を突いてリオの方を向いた。
「サンキュー・・・。兄。」
怜の顔を上目づかいに見ながら、リオは少しはにかんで言った。
「うん。妹だからな。」
怜のほうもいつもの温かい笑みを返した。
リオはその日、怜の彼女がいなくて正解だと思った。もし彼女がいたら、こんなに怜を近くに感じることはできなかっただろう。リオは今日この瞬間、怜の妹でいたかった。
カーテンの隙間から差し込む黄身色の光に目を射され、優弥は目覚めた。
冷え込んでいるはずの一月の朝は、ヒーターが付けっぱなしだったせいか、優弥には朝という実感が無かった。
しかも、ここはいつもの自分の部屋ではない。優弥は昨夜のことを思い出すべく、鈍い痛みを訴える頭を無理矢理に作動させた。
・・・そうだ、麻里江の母が寝てしまったと聞いて麻里江の持ってきた酒を飲み始めて・・・。そこまで思い出して優弥は目の前のテーブルに目をやった。一リットルの梅酒の空き箱が二本と、ビールの空き缶が三個。麻里江に促がされ乾杯してから先にビールを飲み、その後梅酒を一本空けたところまでは覚えている。でも、もう一本の梅酒に手を付けたところまでは記憶が無い。あんなに満腹の状態で、なぜここまで飲んでしまったのか、誰がどれだけ飲んだのかも分からない。
(マジかよ・・・。)
ふと、ベッドの中に別の温もりを感じ、ぎょっとして優弥は隣を見た。
キャミソールにショーツという下着姿の麻里江が、優弥の方を向いて穏やかな表情で寝息を立てている。慌てて自分の姿を確認すると、優弥も下は下着一枚で上半身は何も着ていないという状態だった。
全身から、サーっと一気に血の気が引くのを感じた。起きたばかりで元気だった下半身の自分が、たちまち萎えた。下着姿の女を見てそうなったのは、初めての経験だろう。
「おいっ、ねえっ、起きてっ。」
優弥は急いで枕元に畳んであったジーパンを穿くと、黒いVネックのセーターを被り、極力麻里江に直に触れないように、羽毛布団の上から慎重に揺さぶった。
麻里江はすぐに目を開け、優弥を見ると、恥ずかしそうに布団を目の上まで引き上げた。優弥はそれどころでは無い。
「ねえっ、何でそんな恰好してんのっ?」
優弥は麻里江の顔から掛け布団をずり下げながら、唾が飛びそうな勢いで問い詰めた。
「だって・・、あのままじゃ風邪ひいちゃうかと思って・・・。」
優弥から目を逸らして麻里江は甘ったれた声を出す。
(あのまま・・・って・・・・?)
優弥はそれ以上何も聞けなった。無意識に、自分の部屋に帰って服を着るようにと麻里江を促した。
(何っっにも覚えてねぇっ・・・・・。)
優弥は、夏の熱い夜に、酔って無理矢理リオを抱いてしまったときのことを思い出した。あのときも、ほとんど詳細の部分は記憶に残っていなかった。
「う〜っっっ・・・・・。」
ベッドに腰掛けたまま、優弥は両手で頭を抱え、髪の毛をがしゃがしゃと掻き毟った。自分には、酔うと記憶が無くなる上に女を襲うという病癖があるのだろうか。
優弥の頭の中でベ−トーヴェンの「情熱」、では無く、「運命」が大音響で轟く。
荘厳であるはずのそれは、なぜか今日に限っては優弥をあざ笑うかのように、軽快にコミカルに鳴り響いていた。
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