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24・・・優弥の足跡
 放課後、学校でチェリッシュの練習が終わると、リオはギターを抱えてバイト先のコーヒーショップに寄った。
 カウンターの中にいた優弥と目が合い、満面の笑みで手を振った。優弥もリオに控えめな笑顔を返す。すると、カウンターに並んで座る、見慣れた紺色の制服を着た二人がリオを振り返った。LIVELAのあきら春斗はるとだ。すぐ傍に楽器類が置いてある。
 リオだと気付くと、春斗が拳を上げながら、「イェー」と挨拶してきた。晃も軽く手を上げる。
「何だ、いたんだ。」
 リオも拳を上げ春斗の真似をして応えてから、二人の隣の空席に腰を下ろした。カウンターの中にいる優弥にも声をかけ、アイスティーを頼む。

「バイトやめるんだって?」と晃。
「・・・そう、成績下がったから親がやめろって。晃君が誰かとイチャついてるとこが見れなくなって残念だけど。」
 リオの答えに、さらさらの栗毛を揺らしながら春斗がけたけたと笑いころげている。やはり春斗にも心当たりがあるのか。晃は、
「俺もリオちゃんとアイツのイチャついてるとこが見れなくなって残念だけど。」
 と、やはり不敵な面持ちで言い返した。
「ここでそんなことしてないよっ!」
「そうだっけ〜?」
 すると春斗が、
「じゃあ、ここじゃないとこでしてるんだ?」
 とからかう。

 そんな三人の会話を聞きながら、星野麻里江は彼らから椅子三つ分離れたカウンターに座りオレンジジュースを飲んでいた。
 ストローを咥えながら、横目でリオを上から下までくまなく観察する。「1.派手2.生意気そう3.声がかわいくない」麻里江の辞書に増田リオの解説はそうインプットされた。

 優弥はカウンターの中で下を向き、何か一心に作業をしている。そんな優弥とリオを交互に見比べ、麻里江は少ししょげた。リオが優弥の彼女であるらしいということは、今まで見に行った、日の出台南高校の文化祭やライブハウスでの優弥の態度から推測できた。
 同じくらい派手で、同じようにバンドをやっていて、同じくらい(あか抜けた容姿で、同じ学校に通っていて・・・、二人は何となくお似合いのように思えた。
 自分には無い世界が二人にはある。麻里江は一人うな垂れて黒いロングの巻き毛を両手でいじった。

 リオは優弥とも少し話をすると、「じゃあ、これからスタジオだから」と言って席を立った。「ああ」と返事して優弥が軽く手を振った。
 晃と春斗もこれからスタジオだというので、三人は同じタイミングで店を出た。
 さっさと店を出てしまったリオを意外に思いながら、重いガラスの扉が閉まると、麻里江は優弥に話しかけた。
「優弥君、バイトが終わったら一緒に帰ってもいい?」
「・・・別にいいけど。」
 相変わらず無駄に笑顔をつくらず、優弥は無表情で麻里江に答えた。


「Bloody Dollsのファンって怖くない?」
 スタジオまでの道のり、晃が並んで歩きながらリオに言った。
「そーでもないよ。見た目はちょっと怖そうだけど、基本は高校生だし。よくスタジオの前とかでたむろってるけど、別に私に危害を加えるわけじゃないし。」
「桜川女子の女とか多くない?」
 今度は春斗が言った。不良だらけで有名な私立桜川女子高校のことだ。
「・・・あーそんなこと聞いたことあるかも。あそこの学校にBloody Dollsのファンクラブがあるとか。」
 リオは興味なさそうに前を向いて言った。
「あそこの生徒、ライブハウスがよいの子が多いんだよ。好きなバンドのファンクラブとかよく作ってるし。」
「へー。」
「付き合いもいいしね。」
 晃はそう言うと春斗と目を合わせ、二人して変な含み笑いをした。その笑いの意味が良く分からないまま、リオはいつものスタジオに到着した。
 三人で話しをしながら地下に行く階段を降りると、休憩場所の端っこに並んで話をする怜とその彼女のミカの姿を見つけた。怜の彼女の前なので、リオは「こんにちは」とかしこまって二人に挨拶する。と同時に、横にいる晃と春斗も怜に「うい〜っす」と言って軽く頷いた。

 怜の彼女のミカはおとなしいストレートのロングヘア、整った知的な印象の顔立ち、スレンダーな長身。モデルのような印象を受ける彼女は、怜と同じ大学に通う学生だということだ。

 以前、リオが普段通り妹のように怜に懐いていたら、ミカの鋭く痛い視線を感じたことがあった。それ以来ミカがいるときは、怜にはあまり構わないようにしている。でもそれは、リオがBloody Dollsに入ってからのことだ。それまでのリオは、怜の彼女や女の先輩に睨まれても、気にせずにやりたいようにやってきた。妹である以前に、自分は怜と音楽で繋がっている特別枠なのだと思っている。でも今は、Bloody Dollsという社会の中で、諍い無く平和に過ごしたいという思いから、極めて穏便な態度をとっている。

 リオの知る限りでは、怜との付き合いは自分の方が長いはずだ。怜の前の彼女は同じ高校の怜の同級生だったことも知っている。その前の彼女も、同じ軽音楽部の怜より一つ上の先輩だったということも聞いている。
 
 付き合っている相手に大して入れ込むふうでも無く、定期的に段取り良く相手を変える。そんな怜にリオは何だかロックを感じる。怜にとってまずは音楽があって、女は二の字なのだ。そのときの自分に合わせてくれる、都合のいい女がいれば付き合うのだ。来るものは拒まず、去るものは追わず。怜の女関係について、リオはそう勝手に解釈している。そしてそれを認めてもいる。


「リオ?」
 リオの住む自宅マンション。土曜日の午前十一時半、リオの母親―増田理沙は帰宅するとすぐにリオの部屋に向かった。いつもならすぐに自分を出迎えてくれるはずなのに、今日はなかなか姿を見せない。理沙はリオの部屋の扉をノックした。
「リオ?」
 返事が無いので勝手に扉を開けると、部屋は空っぽだった。理沙は中に踏み込むと、中央部分で立ち止まり、両手を腰に当ててざっと中を見渡した。
 久々に入る我が子の部屋は、以前には無かったような不可思議な雰囲気を理沙に感じさせた。昔よりは片付いてはいるが、相変わらず所々にごちゃごちゃと物が散乱している。

 地べたには雑誌が二冊とシールドコード、数枚のCD、ヘアブラシや何かのスプレー缶が無造作に転がっている。理沙はそれを、足を器用に動かして部屋の隅に追いやった。そして、脱いでそのままになっている綿シャツを拾い上げ、机の椅子にかける。
 ベッドの隣の小さなテーブルには、食べかけのチョコレート菓子の箱、中途半端に残したペットボトルの水、コンビニの袋、サンドイッチの空き袋・・・・・。

 理沙は、「まったく」と一言漏らすと、ゴミになるようなものをつまみ上げ、枕元のゴミ箱に入れようとした。すると、ゴミ箱の奥の丸めたティッシュの山の中に空き缶を二つ発見した。気になって覗き込んでみると、キリンビールの銘柄が目に入った。冷蔵庫からいつもさりげなく姿を消していた代物だ。さらに、その隣にくしゃくしゃになってねじった紙とセロファンの塊は煙草の空き箱だった。それを拾い、しわを広げて無意味に銘柄を確認する。「マルボロ」そう呟くと理沙は眉毛の角度を少し上げ、すぐにベッドの方に目をやった。

 無造作に乱れた掛け布団をベッドの端に寄せると、敷き布団のカラフルなドッド柄に紛れて二本の髪の毛を発見した。一本は茶色の異常に長い毛。いつも洗面所の床で理沙が目にするリオの天然色の髪の毛だ。もう一本はそれに比べて若干太くて黒い毛。理沙はそれをつまみ上げ、まじまじと睨んで観察した。
 長さおよそ十七センチ、先端の十センチのみ金髪、金髪のあたりから少しウエーヴしている。
 理沙の目が険しく細まり眉間にしわが寄る。「リオ・・・」熱を帯びた息を交えてそう低く吐き出し、理沙はしばらくそこに立ち尽くした。

「ただいまー。」
 午後九時五十分。リオが玄関で膝まである黒い皮のブーツを脱ぎながら、リビングにいる理沙に聞こえるように言った。膝を曲げたので黒いロングコートの裾を引きずってしまった。リオがふと目を上げると、理沙が目の前に仁王立ちしている。母の放ついつもと少し違う空気を察してリオが言う。

「・・・今日は友達とディルのライブに行くって言っといたよね。」
 不思議そうに理沙を見上げるリオの大きな目の周りには、黒々とアイラインが引かれており、瞼にはパールの入った白っぽいブルーのシャドウがぼかしてあった。
「ディル?」
「そう、ディル!ちょー燃えたよっ。京の心の闇を体感してきたよっ。今日の京はお腹自分で引っかいて流血してたよっ。」
 半ば興奮気味にそう言ってリオが再び理沙を見上げると、理沙の顔には「そんなことはどうでもいい」と書いてあった。そんな冷ややかな視線に痛みを感じてリオはまた母から目を逸らす。
 理沙の視線の先には、黒いロングコートから覗いた妙に生々しいリオの細い足があった。
 下着が少し長くなっただけのような短パンに、大きな網目の黒いタイツがその白い肌を覆っている。
 尖った目力めぢからを持つ童顔とはとても言えないリオは、そんな恰好をすると決して十七歳には見えなかった。そんなリオを複雑な想いで眺めつつ、理沙は重たい口を開いた。

「誰と、一緒だったの?」
「えっ、友達・・・・てゆーか彼氏・・・・。」
 そうはっきり言わないといけないような気がした。
「名前は?」
「名前?なんで?」
「いいから。」
「優弥・・・。三上優弥。」
 理沙はその名前を自分の脳に登録すると、一呼吸置いてから「そう」と返事して、リビングの扉の中に消えた。



ディル→ Dir en Grey
『Merciless Cult』→http://www.youtube.com/watch?v=cR5oLjicNVA&feature=related