22・・・優弥とバンドと
「女の子なんだからもう少し落ち着きなさい。」
とママは病院から帰ってきたリオを見下ろし腕組をしながら言った。さらに、
「せっかくキレイに産んであげたんだからもっと体を大事にしないと。」
そう言われ、あまりの恩着せがましさに「せっかくなら男に産んで欲しかった」とリオは言いそうになった。
結局リオは足首を捻挫していた。近所の整形外科でかなり大げさな処置をされてしまい、松葉杖を一本付いて歩くことになったので、バイトは休まざるを得なかった。バイト先に電話を入れると、たまたま晃が電話口に出て、「いきなり消えんなよ。イリュージョンか?」と言って笑った。ついでに春斗からもメールで『足大丈夫?もうちょっと聞きたかった』という文章としょんぼりした顔の絵文字が入っていた。それを見て、(お茶目なヤツ)とリオは口を開けて笑った。
学校はママが行きだけ車で送ってくれた。帰りは時間をかけて優弥と一緒に普通に帰った。でも、そんな生活も一週間あまりで終わった。リオが自由に歩けるようになると、Bloody Dollsのライブが待っていた。
Bloody Dollsは神奈川県内の地元のライブハウスで活動していた。リオの住んでいる周辺の五つの市の中に三つのライブハウスがあって、それらを順番に回って月一でライブをする。そうした基本的なサイクルに加えて、少し遠出して有名なライブハウスにも対バンと一緒に出演するという状況だった。キャパ300のライブハウスをBloody Dollsはいつもワンマンで七割以上は埋めることが出来た。練習は週に一回、ライブは月に二回入る事もあった。
Bloody Dollsのおかげでリオの生活は少し忙しくなったので、チェリッシュの方は当分学校の中だけの活動にしてもらった。放課後に優弥とすごす時間も大幅に減ることになった。朝早く学校に登校して二人で会うのも、週に二回くらいにしてもらった。それでも金曜日は朝までずっと一緒にいられるのだから、リオはそれで十分だと思った。
リオはBloody Dollsの活動が楽しくて仕方が無かった。オリジナルをやるのは初めての経験だったが、曲自体は今まで書いてきたものが頭の中に膨大にストックされていた。曲は主に怜とリオ、そして詩の担当はヴォーカルのルイだった。リオの書いた曲といってもヴォーカルのメロディーラインとギターのリフだけというのが原型だったが、それが他のメンバーによってリオの予想を上回る出来に仕上がっていった。
「その先輩って言うのやめとけ。」
スタジオでリオが怜のことを呼んだとき、怜は笑いながらリオにそう言ってきた。そういえば、リオが「怜先輩」と言うとよくバンドのみんなが笑っていた。明人のことを「明人先輩」と呼んだときもだ。
「じゃあ、兄?」
とリオが首を傾げて言うと、怜は、
「怜でいいよ。オレはもう高校生じゃないし、体育会系ってわけでもないし。いつまでも先輩じゃ、オレが恥ずかしい。」
確かに二の腕にタトゥーを入れて頭がベージュ色のロックミュージシャンが「先輩」だと、聞いたほうは何だか変に思うのかもしれない。それに便乗して他のメンバーも「みんな名前呼び捨てでいいから」と言ってきた。
Bloody Dollsはビジュアル系によくあるステージネームを使っている。怜や明人は本名だが、他のメンバーは違うようだ。リオは覚えられないので最初からステージネームしか聞いていない。ヴォーカルのルイ、ベースの明人、ギターが怜、ドラムはクニ、そしてもう一人のギターのリオでBloody Dollsだ。フライヤーなどのために並んで写真を撮る時は、リオとヴォーカルのルイが真ん中になって、次に明人、その周りを怜とクニが囲む形になる。
Bloody Dollsはビジュアル系にしてはさほど派手なメイクでも無く、女装趣味でも無かった。ヴォーカルのルイ以外はどちらかと言うとパンキッシュな服装で、黒ベースの男っぽい恰好だ。そんなところもリオの好みに合った。女のリオがスカートすら穿かないのに、他の男のメンバーがドレスでも着ていたら困ってしまう。
十二月になって色々なイベントに呼ばれ、Bloody Dollsの活動はさらに忙しくなった。リオは、バンドの練習だけでなく家でもしっかり毎日練習しないといけない。何しろ今まで学校でやってきたコピーバンドとは緊張感が違った。Bloody Dollsは言葉に出しはしなくても明らかにプロ指向のバンドだった。ステージングも重要なので、ライブも毎回映像に残して後からメンバー全員でチェックし合ったりした。もっと活発に動けるようにと、他のメンバーのようにリオもワイヤレスをバイト代をはたいて購入した。
リオがBloody Dollsに入ってから、優弥は日増しに機嫌が悪くなっていった。怜のことが気に入らないのも最近になってやっとリオは気付いた。優弥は、リオの様子が気になるので仕方なく時々Bloody Dollsのライブを観に行く。毎日学校でリオと顔を合わせ会話をしても、優弥はリオの頭の中がBloody Dollsで埋まっているのを露骨に感じ取っていた。
「俺といるときにギター弾いてんなよ。」
そう言って優弥は、リオがアンプを通さないで弾いていたエレキのネックをいきなりぐっと掴んだ。リオが弾いた弦がミュートされてコキコキという音を立てた。夢中で弾いていたリオは現実に引き戻され一瞬たじろいだ。
リオが顔を上げると、優弥の顔は不機嫌に目を細めて眉間にしわを寄せている。
「・・・ごめん。」
リオは無表情で優弥に向かってそう言うと、ギターを自分の体から外し壁に立て掛けた。優弥はそんなリオの腕を引っ張り上げると、乱暴に自分の横に座らせた。
「お前、俺とギター、どっちが好き?」
優弥がリオの二の腕を掴んで茶色い目を覗き込むようにして言った。この状況は前にもあったのをリオは思い出した。松本と一緒に教室を抜け出した話をしたときも、優弥はリオの二の腕を掴み、そのあとリオが思い出したくないような態度をとった。もうあんな横暴な優弥は見たくない。
ギターと優弥。リオにとってそんなもの比べる対象ではなかった。
「好きなのは優弥、だよ?当然じゃん。」
下らないと思いつつも、リオは真剣な面持ちで答えた。
「じゃあ、バンドは?バンドと俺、どっちが大事?」
「・・・・・優弥。」
次第に切なげな表情になっていく優弥に、リオは胸を痛め口を閉ざした。優弥がこんな無意味な質問をしてくるとは・・・、正直がっかりだ。言葉で確認したところでどうなるのだろう。そんな言葉ごときで優弥は安心するのだろうか。でも、優弥をそこまで追い込んだのは自分だという事を、リオは十分すぎるほど分かっていた。
優弥のバンド、HYENAは今うまくいっていなかった。ベースとギターの仲が悪くなり、ギターが練習に出て来なくなったという事だ。おかげでHYENAは最近ライブらしきものをしていない。なのに、リオのやっているBloody Dollsは飛ぶ鳥を落とす勢いで活動している。優弥の機嫌が悪くなる要因は揃いすぎていた。
リオはそんな優弥との関係に困惑した。できるなら優弥にも自分の事を応援してもらいたい。そして優弥自身にも活発にバンド活動をしてもらいたい。でないとヴォーカリストとしての優弥がもったいない。それに、お互いに充実していればリオの事も認めてくれるはずだ。
今の優弥はバンドマンとして明らかにリオに嫉妬している。リオの彼氏としては満たされない思いを抱いている。リオはそれがつらい。
「一番好きなのは優弥だよ?優弥のことが一番大事だよ?」
リオは優弥に偽りの無い思いを込めてそう言った。もうリオにとって、優弥は無くてはならない存在になっていた。優弥がいなくてはリオは寂しくてしょうがない。優弥に抱いてもらわないと心も体も満たされない。どうしたら分かってもらえるだろう。こんなにも優弥に恋焦がれている気持ちを・・・・・。
そんな想いを体で訴えるように、リオは勢いよく優弥の体に飛びついた。
呼吸困難になりそうな長いキスをすると、優弥の手がベッドに誘おうとリオを導いた。けれど、あえてリオはその手を振りほどき、ベッドに腰掛けた優弥の足元に膝立ちした。そして恐る恐る優弥の腹部に手をかけると、ジーパンのベルトを外しにかかった。
「リオ・・・・・?」
優弥が息を呑む。その目は一心にリオの手元に注目している。リオの微かに震える手がベルトを外し、不器用にジッパーを下ろす。心音が地鳴りのように体中に響いている。
「何、すんの・・・?」
驚きと、期待と、興奮・・・。優弥の声が上擦ってひっくり返りそうになった。
ジーパンの前が開き、黒いボクサーパンツが徐にずり下げられた。そして、脈打った大きな物体が顔を出すと、リオは両手の指先を使いそっとそれに触れた。触れたのは初めてだった。
優弥の耳たぶが見る見るうちに赤く染まっていく。優弥のそれは、リオが彼のジーパンに手をかけたときから徐々に形を変化させていた。
「優弥、大好きだよ・・・・・。」
優弥の顔を仰ぎ見ながら、思いを込めて、静かに言った。
リオはしばらく臆するように、それのあらゆる箇所に唇を這わせていたが、その内思い切って口の奥まで押しやり、愛撫し始めた。
とたんに、ハァァ・・・・・という、喉から搾り出すように息を吐く音がリオの耳に落ちて来た。優弥の右手がリオの頭に乗り、指先が髪の毛の間に食い込む。
リオが初めてそれを見たとき、ただひたすら怖かった。気持ちが悪かった。なのに今はこんなに愛おしい・・・。
どうしてこんな気持ちになってしまったのか。どうしてこんな事ができるようになってしまったのか。
「リオ、たまんねぇ・・・マジ・・・、ヤバいってっ・・・・・。」
苦悶の表情をした優弥が、一節ごとに間を置きながら、ようやく言葉として吐き出した。気がつくとリオの呼吸も乱れ、高揚した自分を感じとっていた。
優弥の手がリオの胸に触れているからではない。下の方からどくどくとこみ上げてくる不思議な昂り・・・・・。リオはもう、自分を抑えきれない。
(欲しいよ・・・・・。)
リオが顔を離し、潤んだ目で再び優弥を見上げた。頬を淡く上気させ、懇願するように瞳を揺らす。優弥はすぐにその意志を読み取った。
「入れて欲しいの・・・・・?」
昂りで充血した目で問われ、リオが躊躇いがちに小さく頷く。そして優弥に導かれるままに、その硬い体に覆いかぶさった。
優弥の指が、熱を帯びたリオの体の芯をなぞると、抱きしめたリオの柔らかな肌に、小猫のような鳴き声が小さく振動した。
「これ、何・・・・・?まだ、何もしてねぇーよ・・・・・?」
今にも滴り落ちそうな温もりを指先に感じ、優弥の声は干上がった喉で擦れていく。
「俺の咥えて・・・、欲情しちゃった・・・・・?」
撫でるように自分を弄るその指のせいで、リオはなかなか言葉を返せない。羞恥心に煽られ、顔は火を噴くような熱さだ。
「・・・・・知らない・・・・・よぉ・・・・・。」
拗ねた子供のような呟きに、優弥が微かに笑った。だが、そんな余裕はすぐに姿を消し去った。
さらさらと落ちて来るリオの長い髪をかき上げ、優弥は目の前の濡れた唇に下からしゃぶりついた。
滑らかな舌で激しく舐りながら、重なった唇の隙間から溜息とともに優弥は漏らす。
「あぁぁ・・・・・・・・・・リオ・・・・・・・・・・。」
喘ぎながら、リオの下半身を纏った邪魔なものを素早く剥ぎ取った。
「かわいい・・・・・・・・・・。」
そして、耐え兼ねたように、リオが欲していた優弥自身の塊を、一気に貫くようにして与えた。
それから・・・・・、リオが苦痛に歪んだ顔で泣き出すまでに、そう時間はかからなかった。
「はあぁっ・・・・・、優弥ぁ・・・・・・・・・・好きぃっ・・・・・。」
「・・・・・リオっ・・・・・。」
(優弥、大好き・・・。リオのこと、キライにならないで・・・。ずっと一緒にいて・・・。優弥がいなくちゃ、リオ、だめなの・・・・・。)
髪を振り乱して呻いているリオに、優弥はリオの耳に口を押し付けて、息を弾ませながら言った。
「リオっ・・・・・、お前、サイコー・・・・・。」
意識が朦朧とする中で、リオはやっとそう聞き取った。数秒後、リオが短い悲鳴をあげて果てると、一瞬遅れて優弥も追いついた。
ぐったりとベッドに体をもたげたリオは、目を瞑ったまま声を出さずに、閉じた口だけでうっすらと笑った。
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