2・・・視聴覚室で
三上優弥とリオは、一年のとき同じクラスになり、出席番号の都合で最初から隣の席だった。優弥は、リオが高校生になってクラスではじめてできた男友達だ。リオが人見知りする性格に対し、優弥はクールな雰囲気ながらリオには積極的に話しかけてきた。お陰で、受身のリオも優弥にはすぐに打ち解けた。優弥はリオと同じ軽音楽部で音楽の話もリオと馬が合った。小さい頃からピアノをやっていた優弥は、鍵盤の入ったグループの音楽に精通し、よくリオにお気に入りのCDを貸してくれたりもした。
男っぽくクールな印象の優弥だが、ピアノをやっているという事実がさほど不自然に感じないほど、繊細で最低線下品になりきれない雰囲気もあった。といっても、ワルのイメージのロックミュージシャンを目指す優弥としては、茶色に染めた髪を肩を超えるほど鬱陶しく伸ばし、野生的でルーズなイメージをつくっていた。彼らの好むロックにファッションは重要だ。だが、リオたちが通う高校での校則では、せいぜい優弥のそれが教師の黙認する違反の限界だった。
比較的体格も良くその整った容姿を自分で納得しているのか、優弥はボーカルに立候補しバンドを組んだ。適度に太い声ながらハイトーンも出るというボーカルで、音程も外れることも無くその歌声はなかなかのものだった。
そんな優弥にリオは二年になってすぐの放課後、誰もいない視聴覚室にメールで呼び出された。
優弥はチェック柄の制服のパンツのポケットに両手を突っ込んで、右肩を窓に寄りかかるようにして傾け、窓の外のグラウンドを見下ろしていた。三階にある視聴覚室に入ってすぐ、シンと静まり返った空間に一人たたずむ優弥を見つけると、リオは無意識にテンションを上げる必要性を感じた。
「お待たせ〜。ごめん、遅くなって。」
リオが笑顔を作りつつ、手を大きくふりながら視聴覚室の中に進んで行くと、優弥が振り返った。
「いや、こっちこそ悪い。いきなり呼び出して。」
優弥はふっと口元に笑みを浮かべて言った。穏やかだが、どことなく目が落ち着かない。
「優弥、何組だっけ?」
「A組。」
「あたし、B組だよ?」
「知ってる。当然。」
「・・・・・・・・・・。」
しばし沈黙が訪れる。
(なんか・・・・・、まずいコト、言ったかな?)
リオが言葉を待っていると、三秒くらいして優弥がようやく沈黙を破った。
「・・・だから、付き合わない?」
「・・・・・はいっ?」
リオは、この妙に不自然な雰囲気のナゾがやっと溶けた。メールには何の要件か全く記載されていなかったので、まさかとは思って来たのだが、この突然の展開に思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
優弥は間髪入れずに続ける。
「それとも、実は他の学校に彼氏いるとか?」
目を見開いて、首をぶんぶん左右に振るリオ。腰まである長い髪がさらさら揺れる。
「じゃ、好きなやつは?」
「・・・・・・・・・・。」
一瞬怜の顔が浮かんだが、怜には彼女がいると聞いていた。リオにとって怜は、たまに会えたときに会話できれば十分な存在だったのだが、その怜も先月卒業してしまった。怜の次にその対象となるのは確かに優弥が妥当だろうとリオも思う。リオだって彼氏とか彼女とかいう世界に興味が無いわけではない。だが、リオの生活は音楽で十分満ち足りていた。
ギターを弾いているか、音楽を聴いているか、そうでないときは男友達と音楽の話で盛り上がる。はじめ人見知りが激しかったリオも、軽音楽部で活動するようになってからは、明るくサバサバとした性格を表に出せるようになっていた。
基本的にリオの生活は、ロック一色に染まっている。だから、必然的にクラスの女子の中でも少し浮いしまう。何せ、音楽をはじめ、ファッションも、遊びも、読んでいる雑誌も、見るテレビも、一般的な女子の趣味とはかけ離れてしまっている。そんなリオを周囲の人間も、「バンドやっててそれにどっぷり染まってる人」という妥当な枠付けをしている。リオの趣味に話が合わせられるのは同じ種の男子くらいで、女子はまったくといっていいほどいない。リオの、少しガサツで抜けている性格も、女子よりも単純な男子のほうが付き合い易いというのもあった。
結局のところリオは、彼氏というものがいなくても別によかったのだ。男友達で十分だった。それよりも、優弥が彼氏というものになった場合、他の男友達とどう違うものになるのかと思うと、考えるのも面倒だった。今のままで十分楽しい関係だと思った。
「別に・・。優弥といると楽しいよ?・・友達じゃだめ?・・付き合わなくっても毎日会えるし・・。」
リオは下を向いてぼそぼそと答える。申し訳ないと思いつつもこんな言葉しか出てこなかった。
優弥は、リオの頭のてっぺんにあるつむじを見ながら黙って言葉を探していたが、
「それって、俺じゃ全然友達以上はムリってこと?」
真顔でリオのほうを見ながら言った。
「・・・いや、だから・・・。」
とにかくリオは、この妙に真剣な雰囲気を壊して、いつもの明るい調子に戻したかった。
リオは顔を上げると、優弥に向かって満面の笑顔で元気良く言った。
「そ〜だっ。じゃあ、学校のライブのときステージの上から告ってくれる?僕は、二年B組の 増田リオが好きで〜すって。そしたら付き合っちゃうっ。」
リオがそういい終わらない内に、優弥は少し悲しそうに表情を崩し、すぐに窓の外のほうへ体ごと向いてしまった。
リオはやはり無神経がゆえに、時々少し他人と違う判断をしてしまうことがあった。笑いを取ろうとしたのに予定外の優弥の反応を見て、リオの作り笑いも消えた。これで笑いがとれるわけが無かった。とれるくらいなら告白などされないだろう。そういえばリオは、告白なんてした経験がない。
「ほら、こんな性格悪いヤツ・・・、やめといたほうがいいよ。」
リオはまた、下を向いてぶつぶつと呟いた。それに対し、優弥は窓の外を眺めたまま一言、
「わかった・・・。」
そう言い捨てると、さっさと視聴覚室を後にした。その後ろ姿をリオはやるせない思いで見送った。
(嫌われちゃったかな・・。)
後に残されたリオは、馬鹿なことを言ってしまったと思った。大雑把なリオが、恋する者の気持ちを理解するには早すぎたのか・・。
(友達はやめたくないな〜・・・。)
そんなことを考えながら、リオは窓の外で風に乗って無数に舞い狂う桜の花びらに見とれた。
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