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18・・・ナイショの時間
 朝、リオはリビングでテレビを見ながらママと一緒に朝食をとった。今日はママの作ったレタスがベースのサラダと、野菜がいっぱい入ったトマト味のスープ、それにリオが学校帰りに買ってきたマフィンだった。リオはそのマフィンを一個とお玉一杯分くらいのスープを口に入れ、おしまいにオレンジジュースを飲んだ。

 ママがコーヒーを飲みながらリオに言った。
「今回の中間テスト、あまり良くなかったわね。」
 リオはギクっと一瞬硬直して、ジュースを飲む手を止めた。
 学年で153位・・・。確かに150位以内に入るというママの課すノルマのぎりぎりラインを少し超えてしまった。でも、三番くらいなら見逃してもらおうとリオは思っていた。
 最近、勉強をする時間がほとんど無い。バイトも日曜と平日の週二回は続けている。バンドの練習は週一回。その他の平日は全て優弥と一緒に過ごしている。
 門限までに帰宅し、そのあと入浴して寝るまでの間ずっとギターを弾く。テレビもほとんど見ない。それでも寝るのは十二時頃になってしまう。そのあとに勉強しようなどという気にはとてもなれなかった。バイトはやめてもいいが、その分の時間は結局優弥と過ごす時間に替わるだけだというのは、リオにも簡単に予測できた。

「ギターばっかり弾いてちゃだめよ?」
 ママは低血圧なので、気だるそうに言った。四十歳だというのに、まだ三十代半ばくらいにしか見えない。笑っていないときは皺が無いので、さらに若く見える。そんなママの静かなお小言に、リオは「うん」と短い返事をする。

(ギターじゃないんだよな・・・。)

 リオは秘かにそう思う。リオの時間を拘束しているもの、それはリオと優弥だけの、みんなにはナイショの時間だ。

 リオが初めて優弥と体を重ねてからもう二ヶ月が経とうとしている。あれからリオは、何度優弥と交わったのか・・・・・。あの日から二人の生活は一変してしまった。二人きりになりさえすれば、優弥は必ずリオの体を求めてくる。それでも最初の二週間はそれほど頻繁ではなかった。それが次第にエスカレートして行き、今では毎日そんなことをしている。

 バイトやバンドの練習で放課後会えない日は、学校でこっそり愛し合った。朝早く二人でばらばらに登校して、誰もいない視聴覚室で手早く済ます。
 十七歳の優弥の性欲は果てしなかった。金曜日にリオの家に泊まるときは、最低でも必ず三回は求めてくる。そしてリオもそんな優弥の要求を拒めないでいる。

 リオの体は早い速度で変化を遂げていた。最初の頃とは明らかに何かが違う。回数を重ねれば重ねるほど、その行為に飲まれていく自分を実感した。
 覚えたばかりの禁断の果実の味は、優弥とリオを中毒にさせ、毎日の生活にじわじわと侵食していった。でも、リオも優弥も何も考えなかった。ただ、毎日二人でいれば楽しかった。世界は二人だけのためにあったのだ。

 リオは歯磨きを済ませると、鏡で全身をくまなくチェックして色の無いリップを塗ってから家を出た。出掛けにママからまたしても「今日は遅くなるから夕ご飯適当に自分で食べて」と言われた。
 ヘッドフォンをさして今度チェリッシュでコピーすることになっている浜崎あゆみの曲を聴きながら電車に揺られ、学校の最寄り駅で降りる。駅からまだ人気ひとけの無い通学路を一人歩いて学校に到着し、視聴覚室のドアを開けたのは午前七時二十五分だった。まだ朝練のある運動部の生徒しか登校していないので、校内は閑散としている。
 リオが視聴覚室の中に入っていくと、両手をポケットに突っ込んで窓際に立っている優弥の横顔が見えた。リオに気付くと、優弥は頭を軽く振って前髪をけながら、行儀良く並んだ白い歯を覗かせた。
「おはよう。」
「おはよう。」

 八時十分。大半の生徒たちが登校し、校内がざわざわとし始めたころ、再び視聴覚室のドアが開き、中から髪をかき上げる優弥の姿が現れた。さりげなく周囲を見回しながら廊下に出て、早い足取りで二年A組の教室に向かう。リオはまだ視聴覚室に残って一人髪をとかしていた。あと十分もしたらここを出て行く。まだ、体中がのぼせた様に熱くて気だるい。優弥はすぐに元に戻るのに、リオは少し時間が掛かる。
(早く、リセット、しろ。)
 リオは自分の体にそう言い聞かせる。もうすぐホームルームが始まる。
 
 リオが二年B組の教室に入っていくと、隣の席の松本が話しかけてきた。松本とは二年生になってからの付き合いだが、音楽の趣味が合うことからよく話すようになった。
 松本はバスケ部に入っているが、家ではギターも弾くということだ。バンドは組んでいない。バスケ部員らしく、長身でややがっしりめの体系。細長い上がり気味の目に、骨ばったしっかりとした鼻・・・。色黒でごつごつとした男っぽさがいかにも体育会系という印象だ。短めの濃い茶色の髪はつんつんと上のほうだけを立たせている。

「何かダルそうだなー。」
 松本にそう言われて、慌ててリオが背筋を正した。
「そう?低血圧なんだ、あたし。」
 髪をかき上げながら、平静を装ってリオは答える。
「ふーん?てゆーか、血行良さそうな風呂上りってかんじだけど。」
「・・・・・・・・・・。」

 松本がにやにや笑いを浮かべながら、意味深に言う。でもリオは動じない。まさか、今リオが優弥とあんなことをしていたなんて、微塵も感じていないはずだ。リオと優弥の関係について、松本が遠回しに変な探りを入れてくるのは、いつものことだった。

 松本は優弥と中学が一緒で、優弥とは同じバスケ部に所属する仲だった。そのせいか松本は、優弥をネタにして何かと話題を振ってくる。それが、いつもリオを引っ掛けようとするかのような内容なので、リオも相手の思う壺にならないように、慎重に対応している。

 松本の話だと、優弥は中学時代キレやすく、不良相手にケンカばかりしていたという。そんな優弥を、松本は「群れない問題児」と称した。「そのままグレるのかと思ったら、意外にもこの高校に入ったんでびっくりした」とも言っていた。あまり協調性が無く、部活のときも他の部員と揉めることがよくあったらしい。
「愛想悪いしね、好き嫌いはっきりしてるしね」というリオのコメントに、「言えてる」と松本が同調する。でも、リオはそんな人に媚びない優弥の性格が結構好きだった。リオにもそんな不器用なところがある。でもリオは高校に入ってからだいぶ変わった。いつも口元だけでも引き上げて愛想笑いも頑張っているつもりだ。

「ところで、女子って一時間目の体育何やんの?」
 そう松本に質問されてリオは眉をひそめて答えた。
「バレーボール。突き指したらギター弾けなくなっちゃうよ。マジでやだ。男子は?」
「砲丸投げ。マジ、ダリぃよ。・・・一緒にサボんねぇ?」
「いいね。」

 話はあっという間にまとまり、リオは同じクラスの美羽に「ちょっと昼寝してくる、朝だけど」と言い残すと、目を丸くして自分を見ている美羽をよそに、松本と二人で自販機で飲み物を買って屋上に登った。リオは体育だけは時々サボる。一年のときも優弥やクラスの他の男友達とよく一緒にサボった。二年になってからサボるのはこの日が初めてで、松本と一緒なのも初めてだった。

「あれって聞く?ブレット・フォー・マイ・ヴァレンタイン。」
 屋上のコンクリの上で寝そべりながらリオが言った。
「あー、聞く聞く。BFMVね。ちょっとメタリカっぽいやつ。」
 松本が自分の腕を後頭部に当てて枕にしながら言った。
「そうそう。けっこう好きなんだ。曲いいし、かっこいいし、ついでにヴォーカルの顔も好きだー。」
 リオがそう言うと、
「優弥に似てねぇ?ヴォーカルの顔。」
 と松本がにやにやと笑う。さらに、
「でもアイツ、よく笑うようになったよなー・・・。」

 十月頭の空気はカラッと乾いていて、そよそよと吹く風がリオと松本の頬を心地よくかすめていった。仰向けに並んだ二人は青い空を見上げながら、音楽の話ともうすぐやってくる修学旅行の話に花を咲かせた。

「ところでさー、うちのクラスの岸田ってさーお前と同じバンドじゃん?・・・・・あいつって彼氏いんの?」
 美羽のことだ。美羽とは二年になって運良くリオと同じクラスになった。リオはニンマリと笑いながら横目で松本を見た。松本は「なんだよ」と言う風にバツが悪そうな顔をした。

「いないと思うよ。でも急がないとすぐ売れちゃうよ?何なら修学旅行で一緒の班になるようにしてあげようか?」
「マジ?!してして!こっち男三人くらいだからさー。」
 松本が身を乗り出して言った。断然乗り気だ。
「いいよ。こっちも三人くらいなんだ。多分何とかなるよ。」
「感謝しろよ」と付け加えてリオは笑った。松本は「やったー」と単純に喜んでいる。
 もうすぐ修学旅行。リオたちの県立日の出台南高校は関西に行く。
Bullet For My Valentine (BFMV)→2004年にデビューしたイギリス出身のヘヴィメタルバンド。
『Tears Don't Fall』→
http://www.youtube.com/watch?v=Zszz5KsmSz8
この曲大好き

メタリカ→80年代にデビューしたアメリカのヘヴィメタルバンド。スラッシュメタルの先駆者。



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