17・・・嵐のあと
次の日、リオは朝から入っていたバイトを休んだ。頭痛がしていたのもあるが、何よりも気分がすぐれなかった。携帯のふたを開けると優弥からメールが入っていた。
『体大丈夫?俺は不調だったけどバイトに出た あとで電話する』
この『体大丈夫?』とは一体どの体の部分のことを言っているのだろう。リオは何だかすっきりしない。そして優弥にメールを返信した。
『別に電話はいらない』
眠くもないのにリオはただ一人で寝ていたかった。
午後四時過ぎになってリオのマンションのインターホンが鳴った。リオが画面を見ると、案の定、バイト帰りの優弥の姿がモノクロに映っていた。リオが「優弥?」と出ると「うん」と静かに返事をする。仕方なくリオはオートロックの解除ボタンを押した。
優弥は部屋に入るとリオに促がされてリビングのソファーに腰掛けた。今日も外は気温が高いようだ。優弥の額にはうっすらと汗が光っていた。リオはリビングのエアコンのパワーをハイにした。
今日の優弥は、ところどころに穴の空いたボロボロのブルージーンズに何かのロゴの入ったぴったりとした黒いTシャツという出で立ちだった。何か付けて来たのか、かすかにミントのような匂いがする。優弥は髪をかき上げながら額の汗を拭うと、「おみやげ」と言ってバイト先で買ってきた箱を差し出した。そういえばリオは、起きてから何も食べていない。リオが黙って箱を開けると、今日はマンゴーが乗った黄色くて丸いケーキが入っていた。夏季限定の商品だ。これなら二日酔いでも食べられそう、そう思ったがリオはケーキの箱をテーブルに置くと、「シャワー浴びてくる」と言って優弥を残したままリビングを出て行ってしまった。
頭にタオルを巻き、Tシャツと短パンという姿でリビングに戻ると、優弥の座っているソファーと違うソファーに腰掛けた。髪の毛をタオルでごしごしこする。優弥はそんなリオの姿をじっと見ているが、相手は優弥に目を合わせない。髪を拭き終えてリオがタオルを置くと、優弥が口を開いた。
「体調は?」
数秒の間を置いてから、無表情のリオが下を向いたまま答えた。
「大丈夫。」
優弥は静かに立ち上がるとリオの隣に腰掛けた。そして、ゆっくりの動きでリオの肩を抱くと、恐る恐るリオの頬にキスをした。
「昨日は、ごめん・・・。」
優弥はリオの頭の側面に自分の額を付けながら、目を閉じてそう言った。リオからの返事は無い。しばらくすると、濃いまつ毛に縁取られたリオの茶色い瞳が涙で潤んだ。そんなリオを優弥は困ったように見つめる。優弥はそっとリオを抱きしめると、もう一度、「ごめん」と言った。リオは微動だにせず、そのまま優弥に抱かれていた。
このあと何の予定も無かったが、しばらくすると優弥はケーキも食べずにリビングのソファーから立ち上がった。何となく自分の居場所がないような気がしたのだ。帰りに玄関のドアを開ける前に、もう一度リオの、今度は額にキスをしてから帰って行った。
マンションを出ると、灼熱の太陽の下でセミが大合唱をしていた。
優弥は肩を落としながら、駅までのまっすぐの道をとぼとぼと一人歩いた。リオの無言の圧力が胸に痛かった。
昨日自分がしたことは分かっている。だが、細かいところは全く憶えていないということを、リオにはとても言えなかった。
それから一週間、リオは優弥に対して寡黙に接した。バイトは普通に通った。でも、優弥がキスをしようとすると、リオはさりげなく顔を背けた。仕方なく優弥は、横を向いてしまったリオの頬にキスをした。帰り際、優弥が自分の家に寄らないかと誘っても、「いい」と断わられた。どこかに寄ることもせず、そうやって毎日普通に帰宅した。そんなリオに優弥も黙って合わせた。
そうした状態のまま、カレンたちとプールに遊びに行く日がやってきた。
カレンと早坂ペアにリオと優弥ペア。場所は夜九時まで営業しているウォーターパークだ。そこに日差しの落ち着きかけた午後四時に入った。屋内と屋外それぞれ遊ぶところがって、流れるプールやスライダー、さらに温泉もある。
大きな浮き輪に乗って四人は大いにはしゃいだ。やっと新しい水着が着れて、カレンは満足そうだった。リオのほうは、自分の肌があまりにも白いので、買った水着の「豹柄が似合わない」と言って少し落ち込んだ。でも優弥は、「似合ってる」と言って気まずそうに目を逸らし、下を向いた。そんな優弥の耳が、少し上気していた。
プールで最後まで遊んだあと、四人はモスバーガーに寄ってから駅で別れた。
優弥はリオの自宅の最寄り駅でリオと一緒に電車を降りた。リオが優弥に「うちに寄ってけば」と言ったのだ。一週間前のあの日以来、ろくに話もしていない。キスもしていない。リオの家に寄るのもあの日以来だった。四人でいたときは普通にはしゃいでいたリオも、優弥と二人きりになると何もしゃべらなくなった。黙って並んでひたすら歩く二人。
「ほんとに寄ってもいいの?」
優弥が遠慮がちに言った。一応、今日はリオのママがいないのは優弥も知っていた。リオは「うん」と一言、歩きながらぶっきらぼうに答えた。
優弥の胸に黒い影がかかる。
(まさか、別れ話・・・?)
優弥は重い足取りでマンションのエントランスをくぐった。
部屋に入ると、リオはコンビニで買ってきたペットボトルのポカリスエットを小さなテーブルの上に置いた。優弥はリオのベッドに寄りかかりながら座った。
「ちょっと疲れた?」
優弥が聞いた。
「べつに。」
どんよりとした面持ちでリオが答えた。リオはテーブルを挟んで優弥の正面に座っている。
リオはしばらく黙って下を向いていたが、突如優弥のほうに向き直ると、少し怒ったような顔をして口を開いた。
「ゆるして、あげることにした。」
その言葉に、優弥は目を丸くして意外そうにリオを見た。
「えっ・・・・・。」
リオは立ち上がって優弥のほうに歩み寄ると、まっすぐ優弥を見据えながら目の前に膝立ちした。そして、優弥の頬に両手を添えると、唇を尖らせて軽くキスをした。目を閉じたまま、思わず優弥が溜息を漏らす。
リオはすぐに口を離した。そして、額と額をぺったりと付けたまま優弥を見つめると、
「してもいいよ・・・・・。」
擦れた声でそう言った。
優弥は時が止まったように目の前の顔を食い入るように見つめていたが、すぐにガバとその華奢な体に抱き付いた。しばらく動かない。そして、
「もう、だめかと思ったっ・・・・・。」
リオのうなじに顔を押し付けたまま呻くように言った。語尾が少し涙声になっていた。リオはそんな優弥の頭を包み込んで、メッシュの入った頭をくしゃくしゃに撫でてやった。
二人はそのまま長いキスを交わし、崩れ落ちるようにしてベッドに沈みこんだ。久々のキスで、優弥もリオもそれだけで酸欠になりそうだった。
リオの服を脱がそうとした優弥の手が、ぶるぶると震えてうまくいかない。この前のほうがよっぽど段取りが良かった。
「優弥、今日が初めてみたいだね。」
リオが無邪気に笑った。それを聞いて、優弥は苦笑した。
そう、優弥にとっては記憶のある限り、今が「初めて」だったのだ。
見覚えがあるような、でも初めて見るようなリオの裸体に、優弥は眩しそうに目を細めながら深い溜め息を吐いた。
「キレイだ・・・・・。」
仰向けになったリオが、頬を染めて顔を背けた。
優弥は、何をしたらいいのか考える間も無く、リオの真珠のような肌に無意識に唇を這わせていた。全身くまなくそうすると、恐る恐る交わり、たどたどしい動きで無我夢中で腰を振った。リオの手がぎゅっと優弥の腕を掴んだ。
そして優弥は最後に、振り絞るようにして小さく叫んだ。
「リオ・・・、好きだっ。」
優弥の燃えるような熱を感じながら、リオは虚ろに開いた瞳から一筋の涙をこぼした。
今度のはこの前の涙とは違う、幸せの涙だった。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。