15・・・みんなで夏ライブ
八月のある金曜日の午後三時、ライブハウスの前には高校生が群がっていた。七割以上が黒い服を着て明るい色の髪をした女子高生だ。入り口の黒板には本日の出演、Bloody Dolls、LIVELA、 HYENA、 チェリッシュとある。出演の順番は表記の逆からだ。リオはライブの当日になってLIVELAも対バンだということを知った。LIVELAは隣の日の出台東高校で倉田晃が組んでいるバンドだった。
バックステージでは四バンドが合同で一つの空間でひしめき合っている。といっても、五バンド以上で共演するときもあるので、今日は居場所があるだけマシだった。それぞれがバンドごとに固まって打ち合わせをしたりメイクをしたりしている。リハも終わって一番目に出演のチェリッシュは支度に大忙し。今日は学校ではなくライブハウスということもあって衣装にも気合が入っている。カレンはどうしてもおニューの水着が着たかったらしく、ビキニの上にシースルーのブラウスとデニムのミニスカートという出で立ちで男の子たちの視線を集めていた。さつきと美羽も動きのあるミニスカートにキャミソールと夏らしい格好だ。リオはといえば今日もジーパンにTシャツ。スカートだと女女していて気に入らないし、キャミソールの様にぴったりしたものは体の線が目立って嫌なのでリオは両方とも普段から着ない。愛里もドラマーという都合上、下は必ずパンツだ。上にはタンクトップ。
チェリッシュがステージに上がる直前、怜が「がんばれよ」と言ってリオの頭をポンと叩いた。リオはわざと悪がきのようにニカっと笑って返す。その光景をリオから三歩離れた場所で見ていた優弥は不機嫌に目を細めた。
怜とリオは以前からこんな感じだった。いつも怜はリオを「妹だから」と言っては妙に兄貴面をして構ってくる。リオはリオで妹になりきって勝気な子供ぶった態度をとる。優弥はこの兄妹ごっこを、怜が高校にいたときからいつも苦々しい思いで見ていた。
リオに怜と同じセリフを言うのは優弥のプライドが許さない。優弥はリオに歩み寄ると正面に立ってリオを見据えた。そして「なあに?」と目で問うリオを無視してリオの顎を軽く掴むと、人目もはばからずチュッと音を立ててキスをした。それを見ていたカレンと愛里が口に手をあてて小さく「きゃ〜」と騒いだ。彼氏のいないさつきと美羽には刺激が強いのか気まずそうに下を向いた。怜は一言、「おーやるなー、高校生」と自分のバンドのメンバーと一緒にはやし立てた。
(自分だってついこの間まで高校生だったくせに。)
優弥は怜に向かって冷ややかな一瞥を投げると、ポケットに手を突っ込んで肩で風を切るように客席のほうへ消えていった。リオは笑ってごまかしながらギターを抱え、下を向いて急いでステージに上がった。
チェリッシュのSEはオルゴール音のディズニー音楽だ。それが鳴り終ると愛里のスティックのカウントが聞こえ、ガーンという音で演奏が始まった。と同時に「チェリ〜ッシュ!!」というカレンの甲高い叫び声が響く。観客はほぼ100パーセント埋まっていた。
その日のチェリッシュは大塚愛とYUKIのコピーで合計五曲を演奏しステージを降りた。客の半分以上は怜のバンドBloody Dollsが目当てで来ている女の子ばかりだったが、売れ線の知名度の高い曲が手伝ってか、チェリッシュのライブはかなりの盛り上がりを見せた。
次の番は優弥がボーカルのHYENA。優弥は黒いジーパンに豹柄のシャツ、頭には同柄の布を鉢巻のように額に巻いているのが茶色い長髪によく似合っていた。首にはシルバーのロザリオがぶら下がった皮のチョーカーを付けている。優弥はマイクスタンド片手にアクションを決めつつ、得意のハイトーンボイスをハコ一杯に響かせた。カレンがドラムの早坂に向かって「りく〜!!」と叫んでいる。リオは優弥めがけて拳を振っている。その横で、「優弥くーん!」と叫んでいる小さく可愛い女の子。薄ピンクに花柄の、胸からふわっと広がったミニのワンピースを着ている。麻里江だ。
(だれだ、この子・・・。)
優弥の名前を呼ぶ麻里江にリオは一瞬怪訝そうな目を向けたが、そのあとすぐにライブに集中し麻里江のことは瞬時に忘れた。
三番目のバンドはLIVELA。晃の姿を見ると、リオは先日の女と絡み合っている晃を思い出して再び心臓をドクンとさせた。全身を黒で統一し異常に低くベースを構える晃の姿は、尖った自己主張を感じさせる存在感があった。それにベースもうまい。ギターと背を合わせ絡んでいる。ギターは晃がいつも一緒に組んでいる中村春斗だった。リオは春斗ともライブの打ち上げで話をしたことがあった。春斗は黒っぽいイメージの晃とは別のタイプで、見た目も中身も無邪気で爽やかな少年という感じだ。ギターキッズという言葉がぴったりな春斗とリオはやはり似たもの同士なのか、ギターの話を始めるといつも止まらなかった。
最後はBloody Dolls。軽くメイクを施した怜の顔は妖艶で美しかった。まさにビジュアル系バンドのギタリストとして適役という感じだ。怜の右手の二の腕には髑髏と薔薇のタトゥーが入っており、ソフトに付いた筋肉がそのタトゥーを一層引き立てていた。リオはそんな怜にしばし見とれた。そして怜の華麗なタッピングフレーズ。マーシャルからうなり出たその壮絶な調べはリオをしびれさせた。
(やっぱり怜のギターはかっこいい・・。)
リオは、自分も怜と同じステージに立って一緒にギターをかき鳴らしたいという強い衝動に駆られ、思わず身震いした。
ライブが終了し着替えが済むと、皆で打ち上げに向かった。会場は近くの座敷のある居酒屋。四バンド分の人数から出席者は総勢十七名。まだ酒の飲み方が分からない経験の浅い若者たちは、あっという間にめちゃくちゃになる。歌う者あり、暴れる者あり、人に絡む者あり・・・・・。リオはそんな中で一人ちびちびとビールを飲んでいた。
優弥は離れたところで晃と何やら真剣な面持ちで話し込んでいる。カレンと愛里はBloody Dollsのボーカルのルイとバカみたいに奇声を発し合っていた。さつきはLIVELAのドラムと何やらしっとりとイイ雰囲気。皆思い思いに誰かと盛り上がっていた。
「リオちゃん、久しぶり。」
そう言ってリオに話しかけてしたのはLIVELAのギター、中村春斗だった。春斗は顔一杯に屈託の無い笑顔をつくりそのままリオの横に座った。そして、今日のリオのギタープレイについて、あの部分はどうやって弾いたのかとかエフェクターは何を使っていたのかといったような質問を次々としてきた。またしてもギターの話が取りとめも無く続いた。そして春斗は最後に、「今度一緒にツインギターでヘビーな音のバンドを組もうよ。」と言った。春斗は高校も三年になったらそろそろ「本気でやるバンド」を組みたいと言う。今の学校で組んでいるバンドでは満たされないとのことだった。正直リオも同じ状況だ。メロディーがあって音がヘビーなロック。リオと春斗の意向は一致した。
(ツインギターだったらリオがリードで春斗がリズムかな。)
リオは勝手にそう設定した。そして、ドラムが誰でベースは誰でという風に頭の中であれこれと考えめぐらし、「ボーカルは優弥だ」リオは秘かにそう思った。
打ち上げが始まって二時間後の夜八時。リオが帰ろうとしたら優弥がいない。部屋を出て探してみると優弥はトイレの前で壁に寄りかかって潰れていた。かなり酔いが回ってしまっているようだ。
「優弥っ。」
リオは優弥の肩を揺さぶり、さらに顔を叩いて目を開けさせると、腕を引っ張り上げて優弥を立たせた。すると優弥はふらふらとリオに寄り掛かったかと思うと、突然背後からリオを抱きすくめた。
「リオ・・・・・、キスしよ。」
そう言いながらリオの首筋に唇を当てた。
「なっ・・・・・、優弥っ」
この状況を誰かに見られたら気まずい。そう冷静に判断したリオは慌てて優弥を振りほどこうと必死でもがいた。でも優弥はタコのように張り付いて離れない。すると、こちらに向かってくるゴム底の擦れる足音。次の瞬間、壁の脇から現れたのは倉田晃だった。晃は揉み合うリオと優弥の姿を確認すると、
「おっと。」
と言いつつ晃の顔は無表情でまるで動じている風がない。リオは身動きが取れないまま、大きく開いた目で晃を凝視する。晃は、
「ごめんね、じゃまして。でも、これでおアイコってことで。」
そう言って口の端を吊り上げ薄く笑った。そして、
「ごゆっくり。」
と言ってリオと優弥の前をゆっくり通りすぎると、二メートル先のトイレに入りバタンと扉を閉めた。
優弥は晃の存在が見えていないかの様に、目を瞑ったままリオの体に巻きついたままだ。リオは、これ以上「ごゆっくり」していたらトイレから出てきた晃とまた対面してしまうと思い、自分に張り付いたままの優弥をそのまま引っ張りながら急いでその場を離れた。歩きながらリオは、今、晃が言った「おアイコ」について考えた。もしや晃はリオが晃の秘密の場面を見ていたことに気付いていたのだろうか。気付いていながらそのまま無視して行為を続けていたのだろうか。だとしたら、
(アイツ、普通じゃないっ。)
リオは、「マジ眠い」と呟く優弥を引きづりながら、悶々(もんもん)とした面持ちで居酒屋を後にした。
*念ための用語解説*
SE→ライブの雰囲気作りのためにCDなどで流してもらう音楽。
エフェクター→ギターの音質を変えるための機材。
マーシャル→皆さんが使っている有名なあのアンプです。
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